第十八話

 紫が目覚めて数ヶ月経ち、リハビリも終えて以前通りとはいかずとも歩けるようになった頃、海炎は大きな箱を持ってきた。机に誘われて促されるまま座り、じっと見ていると、海炎は紫の目の前にその箱を置いた。

「…?」

疑問を覚える紫に海炎は何も言わず、そっと下がった。自分で開けろということだろうか、と手を伸ばす。蓋は意外と軽く、簡単に開けることができた。

「これは…!」

中身を見た瞬間、紫は思わず声をあげた。そこには、肌色に塗られた鉄の腕があった。そして肩に近いところにはベルトが付けられており、どのような用途で使うものか明確だった。

「義手です。リハビリを必要としますが、本物の腕と同様に使えます。」

紫は顔をキラキラと輝かせ、そっと義手を撫でた。まるで本物の腕のように見えるが、関節にはやはり切れ目が入っているし、硬い。

「ありがとう、海炎。それと、元革命軍のみんな。」

さっと振り返ると、後ろには紫の反応を楽しんでいる元革命軍の仲間たちがいた。どうやら気づかれていることに驚いているようだが、紫の気配察知能力が並外れていることを忘れているのだろうか。

「計画したのは、薬屋?」

なかなか名前を教えてくれない薬屋に問いかけると、薬屋は苦笑して首を振った。その場にいる全員が首を振る。

「早く、早く!」

一つ下の階から、誰かを急かす声が聞こえる。首を傾げていると、急かしている人と急かされている誰かが姿を見せた。

「狂衣血…!夢じゃ、なかったんだ…」

居心地悪げに立っていたのは、あの日紫が革命軍から追放した参謀だった。愕然として声が出ない紫をチラリと見て、狂衣血は帰ろうとした。

「待って!」

慌てて紫が引き留めると、狂衣血はぴたりと止まって振り返った。少し不安がっているように見えるのは、やはり紫が二度と姿を見せるなと言ったからだろう。

「はい。」

紫は立ち上がり、ゆっくりと狂衣血に近づく。下から見上げると、あの時よりも随分と老けた顔が見えた。随分と苦労してきたのがわかる、しわが深い顔だ。

「あの時はごめん。もう忘れていい。」

俯いている狂衣血は、驚いたようにぴくりと肩を揺らした。紫はその反応を眺めながら、緊張からか冷たくなっている手を握ってにっこりと微笑んだ。

「お前の名前は狂った衣の血ではない、ただ一つ響く、響一だ。」

響一はハッと顔をあげて、紫を見つめた。紫はあの時のように作った微笑みではなく、心から笑っているように見えた。響一は、視界が滲むのを感じた。

「ところで僕は最近、共に旅をしてくれる頭のいい人を探しているんだが…」

少しふざけた口調で言ってみると響一はぐしぐしと目を擦り、笑顔で答えた。

「優秀な参謀をお探しなら、私を推薦いたしますが?」

紫も笑顔で返した。

「それじゃあ、頼もうかな。」

窓から日が差し込み、二人をキラキラと照らし出した。

 数年後、国内外で旅をする救国の聖女に似ている美しい女性と、茶髪に茶色い瞳の男性が旅をしている姿が見られたという。

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誓いがもたらすもの【完結済】 華幸 まほろ @worldmaho

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