Brain

カゲナシ

 魂の重さを計測した者がいる。

 

 彼によると、人が死ぬと、その質量は21g減少するのだそうだ。それ故、魂の重さは21gなのだと。

 

 ──人の魂が、たった21g。

 

 その中には、愛や憎しみ、幸せや悲しみ、各々の記憶がある筈だ。その総量が、紙切れのように軽いのか。

 

 僕の計測結果は、1204.2gだ。それでも軽いとは思う。

 

 僕は新藤継美しんどう つぐみ、二十一歳フリーター。


 大学中退後、その場しのぎの暮らしを続けている。


 ◆◆◆◆


 十一月九日


 公園で、家族連れを見かける。父親には影がない。文字通り、足下に影が存在しない。


『さて、ハンバーガー食べに行こうか』


「お母さん、博物館行こう?」


「けい君、すいぞくかんがいい!」


「ふふっ、ほらジャンケンして?」


 二人の男児は、母親とだけ会話している。


 ベンチに、高齢の夫婦が腰かけている。二人の足下にも、影はない。

 

 ──"カゲナシ"。僕はそう呼んでいる。

 

 ◆◆◆◆

 

 最初にカゲナシを見たのは、祖母の通夜の席だ。三歳の時だ。

 

 棺に眠っている祖母が、もう一人現れた。

 

 幼い僕は泣き叫んだ。

 

「ばあばのゆうれい!!」

 

 もちろん、母にはこっぴどく叱られた。

 

「お祖母ちゃんの幽霊なんて、何を言い出すの!!」

 

 親類の高齢者たちは、『小さい子には見える事がある』と母を宥めたが、スピリチュアル否定派の母・明子めいこは聞かなかった。

 

 住職が加勢しても、無駄だった。


 僕は児童精神科に連れていかれた。


 家に帰ってこれたのは、半年後の事だった。


 ◆◆◆◆

 

 あれ以来、影を持たない、生者と関われない者たちが、ずっと見えている。


 幻覚にしても生々しい。カゲナシを連れた友人に家族の事を訊くと、必ず死別していた。その家族の特徴は、カゲナシと一致する。


 ──見えたところで、それだけだ。幽霊などいない。


 この世に未練がある死者が幽霊になるなら、今頃生者と死者の数は逆転している。


 僕に見えているのは、脳が造り出した虚像だ。


 肉体が死ねば、魂の入れ物も死ぬ。その中で起きる現象──精神は停止する。


 バックアップのないデータなど、消滅するだけだ。


『お兄ちゃん、ねえねえ』

 

 よく付きまとう、女児のカゲナシだった。

 

『見えてるんだよね?』


 何歳か知らないが、よく喋る。

 

 僕は自販機でコーラを買う。

 

『ねーえってばぁ』

 

 缶を飲み干し、回収ボックスへ放り込む。

 

『おにーちゃーんってばぁ!!』


 ぴょんぴょんと跳び跳ね、僕を呼ぶ。

 

 公園を出て、僕は今日のバイト先へ向かう。

 

『あたしの脳みそ返してよー!!』

 

 知るか。


 <了>

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異物が侵食する日常:不条理が描く忌まわしき物語集 玄道 @gen-do09

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