The Winding Legacy 巻き鍵の遺産

埴輪

The Winding Legacy 巻き鍵の遺産

 私は師匠のことが好きだった。

 

 師匠が巻き鍵を回すと、自動人形オートマタが動き出す。


 師匠は偉大な人形師。


 私は師匠の一番弟子。


 巻き鍵を受け継ぐことを夢見て、勉強した。


 師匠の一挙手一投足を、全て記憶に刻んだ。


 やがて、師匠は天国へと旅立った。

 

 悲しくて、悲しくて、堪らなかった。


 だけど、私はあの巻き鍵を受け継げる。


 それだけが、心の支えだった。


 ──それなのに。


※※※


 祖父の訃報が届いた時、俺は彼女とベッドの中にいた。


 ──死んじまったのか。


 開封した封筒と、添えられた小包を眺めながら、俺は在りし日の祖父を思う。


 記憶の中の祖父は、常に自動人形に囲まれていた。


 ──ロイド、私は必ず成し遂げてみせるよ。


 子供の頃、引っ越しの前に聞いた言葉が、遺言になってしまった。


 彼女に呼ばれ、玄関から部屋に戻ろうとすると、再び呼び鈴が鳴った。


 覗き窓からは何も見えなかったが、呼び鈴は止まらない。


 扉を開けると、黒いメイド服姿の少女が立っていた。

 

 鮮やかな金髪。


 青い瞳でじっと俺を見上げている。


「返してください!」


 少女は見た目より大人びた声でそう言った。

 

 面倒ごとの予感。


「待ってろ」


 俺は部屋に引き返すと、彼女に服を着て出ていくように指示した。


 彼女は抗議の声を上げたが、俺が黙っていると、諦めたように頷いた。


 彼女が部屋を出ていくと、入れ替わりで少女が部屋に入ってきた。


 ……許可を出した覚えはないんだがな。


 俺はベッドに座り、煙草を吹かす。


「返してください」


 少女は同じ言葉を繰り返す。


「何を?」


「受け取ったはずです。師匠から」


「師匠って、祖父じいさんのことか?」

 

 少女はこくりと頷く。


 俺は小包を解き、現れた小箱を開けると、小さな巻き鍵が入っていた。


 穴の開いた羽のようなつまみを持ち上げ、少女に見せる。


「これか?」


「そうです。それは師匠の後継者が持つものです」


「後継者? 俺が?」


「……師匠はあなたを指名しましたが、私は認めません」


「お前は──」


「師匠の一番弟子です。巻き鍵を受け継ぐのは私であるべきです」


 俺はふむと一考し、首を振った。


「駄目だ」


「どうして!?」


 少女の悲痛な声に、俺は肩をすくめた。


「祖父さんは俺を後継者に選んだんだろう?」


「……あなたは、人形師の技術を持っていますか?」


「いや、まったく」


 職場にも自動人形はいるが、仕組なんてさっぱりだ。


「それなのに、受け継ぐと言うのですか?」


「それが祖父さんの願いだろ? 店や遺産もくれるってんだから、ありがたいね」


「……どうして、あなたのような人が!?」


 少女は俺に向かって歩き出す。


「どうして!? どうして!?」


 迫る少女の勢いに、俺はベッドにひっくり返る。


「おい、落ち着けって」


 少女は俺にのしかかり、顔をぐっと近づけ、鼻先が触れ合う寸前で止まった。


「……さて、どうしたもんかな」


 俺は手にした巻き鍵に目を移し、溜息をついた。


※※※


 俺は彼女と別れ、仕事を辞めた。


 どちらも俺が望んだものではなかったし、まぁ、潮時だろう。


 少なくとも、住む場所と遺産が手に入るのだから、働く理由はない。


 ──だが。


「どうしてですか?」


 ガタゴトと揺れる電車の中、向かいに座る少女が疑問を口にする。


「だから、住む場所と遺産が──」


「そっちじゃないです」


「別れたことか?」


「愛していたんじゃないんですか?」


 青い瞳がじっと俺を見据える。


「都合が良かっただけさ」


 悪くなったら終わり……実に、単純な話だ。


「それは、愛なんですか?」

 

 少女の顔が余りに真剣なので、俺は苦笑するしかなかった。


「純情なんだな、アリスちゃんは」


「どうして、私の名前を?」


 少女……アリスは驚きというより、疑いの表情。


「祖父さんの手紙に書いてあったんだ」


「師匠の……他には、何が書いてあったんですか?」

 

 アリスの期待に満ちた顔に、俺は肩をすくめて見せる。


「忘れちまったよ。捨てちまったしな」


「そんな、師匠……」


 うつむくアリスに、俺はコホンと咳払いを一つ。


「まだ名乗ってなかったな。俺は──」


「ロイド」


「なんだ、知ってたのか」


「ええ。絶対に忘れません」


 ──俺は電車が駅に着くまで、ずっとアリスに睨まれ続けた。


※※※


「懐かしいな」


 駅前の広場を見渡した時、思わず声がこぼれた。

 

 それほど田舎というわけではなく、人の賑わいもある。


 だが、都会と比べるとささやかなものだ。


 見覚えのある噴水に、記憶にない喫茶店。


 変わらないものと、変わってしまったもの。


 肌に触れる風だけでなく、時すらも緩やかに感じる。


「道案内してくれるか?」


 アリスは何も言わずに歩き出す。


 俺はトランクを片手で持ち上げ、その後に続く。


 道すがら、俺は道ゆく人の姿を眺めていた。


 ──自動人形の数が多い。


 別段、気にするようなことでもないが、気になるようになったのは、大人になったからかもしれない……そんなことを思う。

 

 やがて街路樹を抜け、こじんまりとした木造の店の前に辿り着く。


 年季の入った看板には「Jeppet's Dollhouse」と書かれている。


「こんなに小さかったかな」

 

 外装はガラス張りだがカーテンが引かれ、店内の様子は伺い知れない。

 

 アリスが店の扉の鍵を開ける。


 アリスに続いて店に入ると、薄暗い店内は空っぽだった。


 俺はトランクを床に下ろし、店内を見渡した。 


「……自動人形はどこにいっちまったんだ?」


 記憶の中では、所狭しと大小の自動人形が並んでいたというのに。


「全て買い取られました。師匠の自動人形は人気ですから」


「なんで店を畳まないんだ?」


「奥にアトリエもありますから。人形師にアトリエは必要でしょう?」


「……一から始めろってのか?」


「そうです。嫌ならいつでも代わってあげますよ?」


 うまい話には裏がある、ということか。


 人形師なんて、店番しながら寝ていればいいだけだと思っていたのに。


 俺の表情を見て脈ありと感じたのか、アリスはにこりと笑った。


「遺産は全て差し上げますよ? 私が欲しいのは、巻き鍵だけですから」


「そんなに人形師になりたいのか?」


「もちろんです!」


 アリスのまっすぐな眼差しは、嘘が付け入る隙もなさそうだった。


「わかった」


「じゃあ──」


「勘違いするな。俺が二代目になるってことだ」

 

 アリスから笑顔が消え、険しい視線が俺に向けられる。


「どうして!? 自動人形に触れたこともないのに!?」


 ──ふと、過去の記憶が蘇る。

 

 子供の俺が、手を伸ばした先には──俺は首を振り、肩をすくめる。


「まぁ、どうにかなるさ。案内ご苦労、帰っていいぞ」


「私の家はここです。あなたが諦めるまで、離れませんから」


「お前なぁ……」


 俺は頭を抱える。


 祖父さんの願いとはいえ、面倒ごとの予感しかしなかった。

 

 ……まぁ、考えても仕方がない。


「じゃあ、留守番を頼む。俺は飯を食ってくるからさ」

 

 俺はアリスにトランクを預け、店を出た。


 うんと伸びをしてから、駅前で見かけた喫茶店に足を向ける。


※※※


「ロイドさん、起きてください!」


 ぼんやりと目を開けると、アリスが俺を見下ろしている。


 俺はソファーの上に身を起こし、大欠伸を一つ。


 柱時計に目を向けると、時刻はまだ6時だった。


「……勘弁してくれよ」


「何を言ってるんですか! いつまでもダラダラして!」


「いつまでって、まだ三日ぐらいだろ?」


「それだけ休めば十分です! さぁ、今日から始めますよ!」


「始めるって、何を?」

 

「もちろん、お勉強です」


「……俺に自動人形の作り方を学べってことか?」


「そうです! あなたは人形師なんですよ?」


 アリスにそう言われても、俺はピンと来なかった。


 俺が人形師だなんて、たちの悪い冗談にしか聞こえない。


「勉強が嫌なら、巻き鍵を──」 


「嫌とは言ってないだろ? 面倒なだけさ」 


 俺はテーブルの煙草に手を伸ばし──ん、どこへいった?


「煙草なら処分しました。資材に匂いが移ってしまいますから」


「禁煙もしろってか?」


「嫌なら──」


「巻き鍵をってんだろ?」


 俺は立ち上がると、部屋の扉に足を向ける。


「どこへ行くんですか?」


「便所だよ。戻ったら教えてくれ。自動人形の作り方をな」


 廊下に出て扉を閉めると、俺は溜息をついた。


 ……彼女に付き合って吸い始めた煙草。


 別に好きでもなかったが、これほど吸いたいと思ったのは初めてだった。


※※※


「違います! 何度言ったらわかるんですか!」


 アトリエ中に、アリスの叱責が響き渡る。

 

 作業着に着替えた俺の前には、自動人形の腕がドンと置かれている。


 アトリエでもメイド服姿のアリスに言われるまま、アルミニウムの骨組みを組み立て、肘に球体関節を取り付ける。


 上腕、関節、前腕を合わせて70センチほどの腕は、我ながら上出来だと思ったが、アリスの目にはそう映らなかったらしい。


「腕の可動域は0度から120度です。あなたの腕は45度までしか曲がらない。ボールがソケットに上手くはまってないからです。もう一度、やり直しです!」


 アリスは自身の腕を伸ばして「0度」、曲げて「120度」と実演する。


 俺は自分が作った自動人形の腕を持ち上げ、肘の関節を曲げてみた。


 ……確かに半分も曲がらず、動き方もぎこちない。


「やり直す前に、休憩させてくれ」


「さっき休憩したばっかりじゃないですか!」


「さっきってお前、何時間前の話だよ」


 勉強を始めた時は明るかった外も、今はもう真っ暗闇だ。


 アリスは俺の顔を覗き込み、にっこりと笑った。


「今日はこれが完成するまで、終わりませんからね」

 

 ──目がマジだ。


 俺はごくりと唾を飲むと、自動人形の腕を手に取った。


 人形師、か。


※※※


「やればできるじゃないですか!」

 

 俺の作った腕の出来に満足がいったのか、完成品の関節を何度も曲げ伸ばししながら、アリスがはしゃぐ。


 その姿は見た目に似つかわしく、愛らしいものだったが、ここまでの道のりを思うと、俺はそれを微笑ましく眺める心境にはなれなかった。


 完成するまで終わらないと言ったアリスも鬼ではなく、休憩、食事、睡眠、便所、風呂の時間は与えてくれたが、ここに至るまでは実に三日もかかった。


 片腕、それも一部分だけでこれほど時間がかかるのに、自動人形の全身を完成させるとなれば、どれだけの月日が必要になるというのだろうか。


 アリスは自動人形の腕をテーブルに戻すと、俺に向かって頷いて見せた。


「でも、まだまだです。諦めたら、いつでも私が引き継ぎますからね!」


 一向に諦める気配のないアリスを見て、俺は肩をすくめる。


「どうして、そこまで人形師になりたいんだ?」


「もちろん、師匠のように素晴らしい自動人形を作りたいからです!」

 

「自動人形を作るのが好きなのか?」


「ええ!」


 アリスは胸を張って答える。


 その自信に満ちた表情に釣られ、俺は言葉を続ける。


「これまでに、どんな自動人形を作ったんだ?」


 アリスが硬直し、その表情から見る見るうちに自信が失われていく。


「どうした?」


「……その、私はまだ、作ったことがないんです」

 

「自動人形をか?」


「ええ。師匠の技術は完全に受け継いでいるのですが」


 消え入りそうな声。


 俺はアトリエを見渡す。


 用途が分からないものだらけだが、道具も資材も揃っているように見える。


「なら、作ってくれよ。お手本にさ」


「駄目です! 自動人形を作っていいのは、人形師だけなんですから!」


「そうなのか?」


 初耳だったが、資格が必要というのは、納得できる話だった。


「はい、師匠が言ってました!」


 ……祖父さんが、ね。 


 俺はアトリエの時計に目をやった。


 早朝から作業していたので、まだ昼前である。


 俺は立ち上がると、アトリエの出入り口へと向かう。


「ロイドさん、どこへ行くんです?」


「散歩。合格点が出たんだ、休憩ぐらいいいだろう?」


「……まぁ、今日ぐらいはいいでしょう。でも、煙草は吸わないでくださいね? 隠そうとしても、匂いでわかりますから」


 犬かよ……と思いつつ、俺はアトリエから外に出て、図書館へ向かった。


※※※

 

 久々に訪れた図書館は、記憶のままの外観だった。


 店の時もそうだったが、小さく感じるのは俺が大きくなったからだろう。


 本を借りるつもりはなかったが、貸出券の発行手続きをすることにした。


 受付のカウンターにいたのが、自動人形だったからだ。


 必要事項を記入した用紙を差し出すと、自動人形は「拝見します」と受け取る。


 自動人形は女性型で、都会でもよく見かけるメーカー製だ。


 スムーズな手さばきに、思わず見入ってしまう。


 「こちらがロイド様の貸出券になります」


 俺は貸出券を受け取り、まじまじと自動人形の顔を眺める。


「何か他に御用でしょうか?」


 俺は首を振り、本棚へ向かう。


 お目当ては自動人形に関する本だ。


 本棚にぎっしり詰まった本の中から、一番簡単そうなものを手に取る。


 『誰でも作れる自動人形制作入門』


 パラパラとめくると、小型の自動人形の作成手順が記載されていた。


 冒頭には自動人形についての概要が記載されており、目が留まる。


『自動人形三原則』

 

一 自動人形の巻き鍵は人の手によって回さなければならない

二 自動人形は自動人形を作ることはできない

三 自動人形は永遠に動くことはできない


 俺はパタンと本を閉じ、本棚に戻した。


※※※


 ──店に帰ると、店内は少女の泣き声で満たされていた。


 泣きじゃくる少女の傍らには、母親らしき女性が困り顔。


 アリスは屈んで少女をあやそうとしている。


「……どうしました?」


 俺が声をかけると、女性は恐縮そうに少女と俺を見比べた。


「いえ、この子の自動人形が……ほんの、小さな玩具なのですが、壊れてしまって、修理を依頼しに来たのですが──」


「ごめんなさい。今はまだ、開業できる状態じゃなくて」


 俺より先に、アリスが女性に答える。


 女性は首を振り、少女の方に手を置いた。


「大丈夫です。ほら、他のお店に頼みに行きましょう?」


「やだ~! おじいちゃんに直してもらうの~!」


 少女はいやいやと首を振り、手にした自動人形をぎゅっと抱き締める。

 

 ……祖父さんの客ってわけか。

 

 俺の頭には『誰でも作れる自動人形制作入門』が浮かんでいた。


 誰でも作れるなら──俺は女性に頷いて見せた。

 

「わかりました。お預かりします」


 アリスが息を吞んだであろうことが、見なくても伝わってくる。


 ……俺だって怖いさ。


「いいんですか?」


 遠慮がちな女性に、俺は再び頷いた。


「ええ。祖父と同じようにとはいかないかもしれませんが」


「あなたはジェペット先生の……良かったわねミーナ、このお兄さんがイライザを直してくれるって」


「……おじいちゃんじゃない」


 栗色の三つ編みを揺らしながら、そっぽを向くミーナ。


 俺は片膝をつき、ミーナと目線の高さを合わせる。


「俺はおじいちゃんの孫だよ」


 ミーナは俺に向き直る。


 目を赤く腫らし、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだが、それでもなお可愛げがあった。


「……まご?」


「家族ってことだ。俺じゃダメか?」


「……いいよ!」


 ミーナは手にした自動人形……イライザを俺を差し出した。


 波打つ銀髪に真っ赤なリボン、エメラルドグリーンの瞳。


 フリルがたくさんついたドレスは、ミーナとお揃いだった。


 俺はイライザを両手で受け取り、「ありがとう」と呟いた。


 店を出て見送る俺に女性は何度も頭を下げながら、ミーナも何度も振り返りながら遠ざかっていく。

 

「……ロイドさん、どういうつもりですか?」


 隣に立つアリスの言葉に、俺は素直に答える。


「アリス、手伝ってくれないか」


「修理だって、人形師じゃないと──」


「どう直せばいいか、教えるのも駄目なのか?」


「……あくまで、手を動かすのはあなただと?」


 俺が頷くと、アリスは顎先に右手を添えて思案する。


「……まぁ、それなら。そうと決まれば、早速始めますよ!」


「ちょっと待て、せめて昼食を──」


 構わずアトリエに向かうアリス。


 俺は溜息をつくと、アリスの背中を追った。


※※※


 ──修理は大変だった。


 まずはイライザの背中の鍵穴に、人形師の巻き鍵を差して回してみても、カチカチと音が鳴るばかり。


 アリスはそれだけで「ゼンマイが緩んで、動力が伝わってませんね」と原因を特定したのだが、イライザの体の中からゼンマイを取り出すことも、緩んだゼンマイを巻き直すことも、絶妙な力加減が要求された。


 その結果……「もっと優しくしてください! 外装が壊れますよ!」「ゼンマイを巻きすぎです! それだと逆にバネが弱って……ダメ、いったんストップ!」「ああん、もう! 無理やり押し込んじゃダメだってば!」……などなど、アリスは大騒ぎだったが、どうにかこうにかやり遂げて、あとは起動するだけとなった。


「……いくぞ」


 俺はイライザの背中にある鍵穴に巻き鍵を差し込み、時計回りに回していく。


 カチカチという音に、チリチリと擦れるような音が混じる。

 

 最初はくるくる回るが、だんだん、抵抗が強くなっていく。


 これ以上回らないというところで、止めて鍵を抜く。


 ──動かない。


「……ダメか」


 俺が溜息をつくと、アリスが首を振った。 


「名前を呼んであげてください」


 ……そうだ、自動人形を起動させるには名前が必要だった。


 俺は固唾を呑んで見守るアリスを一瞥し、口を開いた。


「おはよう、イライザ」

 

 カチリと小さく音が鳴り、イライザは立ち上がった。


 周囲を見渡し、俺達を見上げる。


「……ミーナは、どこ?」

  

 涼やかな声音。


「明日には会えるよ。君は壊れていたんだ」


 俺の言葉に、イライザは深々と頭を下げる。


「人形師さん、直して頂きありがとうございます」


 頭を上げたイライザは、アリスを不思議そうに見上げる。


「アリス、コーヒーを淹れてくれないか?」


 アリスは怪訝そうに俺を見返しながらも、頷いた。

 

「……いいですけど、イライザをちゃんと寝かしつけてくださいね」


 アトリエを出てアリスを見送り、俺はイライザに向き直る。


 イライザは人差し指を唇の前に立て、小首を傾げる。


 俺が頷くと、イライザはくるりと回転し、背中を見せて座った。 


「おやすみ、イライザ」

 

 俺はイライザの背中に鍵を差し、一回だけ半時計周りに回し、ロックをかける。


※※※


「イライザ~!」


 イライザと再会を果たしたミーナの喜びようは凄かった。


 何度も飛び跳ね、頬擦りし、くるくると回ってと忙しい。


 なすがままのイライザも、微笑みを湛えている。


「お兄ちゃん、ありがとう!」


 キラキラとした笑顔。


 そして、ミーナの母親から渡されたのは、キラキラとしたお金。


 二人を見送り、店の中に戻ると、アリスが俺に声をかけた。


「どうですか、人形師は?」


「まぁ、悪くはないかな」

 

 俺は率直にそう答えた。


「決めました」と、アリス。


「ん?」と、俺。


「私はあなたを一人前の人形師に育てます。独立した後、巻き鍵をください」


 俺はアリスの言葉を吟味した上で、こう答えた。


「それは、俺に巻き鍵を託すってことか?」


「あくまで、ロイドさんが一人前になるまでです」


「それで、アリスが俺の師匠になるのか?」


「そうです! 私の人形師の技術や知識を、全部教えてあげます!」


「人形師じゃないのに?」


「……いいじゃないですか、細かいことは」


 アリスは拗ねたように唇を尖らせる。


 俺は肩をすくめたが、それも悪くないなと思えた。


※※※


 自動人形店「Jeppet's Dollhouse」は、修理専門で営業を再開した。

 

 アリスの助言……というより、言いなりになって依頼をこなす日々。

 

 習うより慣れか、俺の自動人形への理解は少しずつ深まっていった。


 そんな中、演劇の舞台に使う自動人形の修理依頼が舞い込んできた。

 

 身長170センチ程の自動人形であることに加え、納期も短い。


 正直難しいと思ったが、アリスが良い勉強になるし、今のロイドさんなら大丈夫だと判断してくれたので、俺はその依頼を受けることにした。


 ……だが、自分が思っていた以上に、それは困難な仕事になった。


 故障の内容は右腕が動かないというもので、原因はゴム紐が劣化で切れていることと、歯車のズレであることをアリスがすぐに突き止めたが、修理の依頼は小さい自動人形が多かったこともあり、その大きさが作業の妨げになった。


 ゴム紐という響きは可愛いが、実際は2メートルほどの長さがあり、その張力を均等に保ちながら張り直すのは、技術的にも、体力的にもしんどかった。


 歯車の調整にしても、一つの歯車を調整したら、別の歯車がおかしくなるということの繰り返しで、うまくいったと思ったら歯車が欠けて……と一進一退。


 アリスは的確に指示してくれるので、その点は心強かったが、単純に俺がそれについていけていないというのが、作業の遅れに直結していた。


 納期が目前に迫る中、俺は徹夜で作業を進めていた。


 だが、徹夜も二日連続となると頭はズキズキと痛み、指先も思うように動かず、濃いコーヒーを飲んだところで、眠気も拭いきれない。


「無理はしないでください」


「するしかないだろ」


 アリスの気遣いすら非難にしか聞こえず、返事の語気が強まってしまう。


「ロイドさんは頑固ですね」


 ……お前ほどじゃないさと思いつつ、俺はアリスを振り返る。


 その輪郭が霞んで見え、目元を指先で摘まむ。


「どうして、私に助けを求めないんですか?」


「人形師じゃないと、人形を修理しちゃいけないんだろ?」


 いや、それだけではなかった気もするが……ダメだ、頭が回らない。

 

 カップに残っていた泥のようなコーヒーを、一気に飲み干す。


「それでも、あなたを放っておくわけには──」


「俺が頼めば、俺のせいにできるってことか?」


「大義名分は必要ですから」 


 アリスは悪戯っぽく笑う。

 

 ……そうだ、アリスならこんな作業は造作もないだろう。


 意地を張っていたのだろうか? ……そうかもしれない。


「わかった。続きを頼む」


「はい! 後は私に任せて、ゆっくり休んでください!」


 俺は返事も返さず、アトリエのソファーに沈み込んだ。


※※※

 

 ──っ!


 馬鹿か、俺はっ!


 飛び起きた俺は、時計に目をやった。


 寝ていたのは、一時間か、二時間か。


 俺はふらつきながら立ち上がり、「アリスっ!」と叫んでいた。


 ──アリスは停止していた。


 上げられた両手は微動だにず、ただ、自動人形を見つめている。


 作業が何一つ進んでいないことは、明らかだった。


 アリスはゆっくりと俺に顔を向ける。


「……ロイド、さん? 私、嬉しかったんですよ?」


 ぎこちない笑顔に、俺は歯を食い縛る。


「やっと、自動人形に触れられる、師匠の技術を試せるって」


「アリス……」


「それなのに! 手が! 動かないんです! なんで!? どうして!?」


「アリスっ!」

 

 俺はアリスに駆け寄ると、その手を握った。


 その感触は柔らかく、温もりすら感じられるようだった。


「ロイド、さん?」


「……時間がない。俺がやるから、指示を頼む」


 アリスは頷き、俺は作業を再開した。


 ──それから数時間、なんとか納期までに修理を終えることができた。

 

 依頼者に自動人形を引き渡し、店内に戻ると、俺は椅子に腰を下ろした。


「……なんとかなったな。アリス、数日は休んでいいよな?」


 返事がないので、俺は首を巡らせてアリスを見た。


 アリスは店内でじっと立ち尽くしている。


「まだ、気にしてるのか?」


「だって、私……私は──」


「こんにちは~!」


 店のドアを開けて飛び込んできたのは、ミーナだった。


 もちろん、その腕にはイライザが抱かれている。

 

 睡眠不足の頭に、ミーナの元気な声がガンガンと響く。


「……どうした? また壊れたのか?」


「ううん! おでかけできたから、これをわたしたくて!」


 ミーナが差し出したのは、青いリボンだった。


 それと同じものが、ミーナとイライザの髪を彩っている。


「新しいリボンを、買ってもらったのか」


「うん! それでね、にあうとおもって!」


 ミーナはアリスに駆け寄ると、青いリボンを差し出した。 


「はい、これあげる! にんぎょうのおねえちゃん!」


 アリスはリボンを受け取り、「ありがとう」と呟いた。


「どういたしまして! じゃあ、おかあさんがまってるから! またね!」


 手を振り振り、店を出ていくミーナ。


 ──沈黙。


 さて、どうしたもんか。


「私、自動人形なんですか?」


 アリスが手にしたリボンを、ぎゅっと握り締める。


「ああ」


 ──自動人形は自動人形を作ることはできない。


 そう、本には書かれていた。


「そっか。だから、師匠は私に自動人形を作らせなかったんだ」


 アリスはリボンを床に投げ捨て、座り込んだ。


「ごめんなさい……停止してください、私、このままじゃ……」


「アリスっ!」


 俺は立ち上がり、アリスに駆け寄った。


「早くっ! お願いだからっ! ロイドさんっ!」


 俺は巻き鍵をアリスのうなじの鍵穴に差し込んだ。


「こ、壊れちゃう、助けてっ! ロイドっ!」


「くそっ!」


 俺は巻き鍵を逆に回した。


 ──カチリと、アリスは動きを止める。


 俺は尻餅を突き、天を仰いだ。


「……祖父さん、とんでもないことしてくれたもんだよ」


※※※


 ロイド。

 

 この手紙が届いた時、私はもうこの世にはいまい。


 私はこの人生に満足してるが、一つだけ心残りがある。


 それは、アリスのことだ。


 ……そう、私はついに成し遂げたのだよ。


 最高の自動人形を作り上げたのだ。

 

 これまでのどんな自動人形より、アリスは人に近い。


 言葉も、動作も、心も。


 だが、それ故に予期せぬことが起こった。


 アリスは自分を人だと思っているのだ。


 私の後を継ぐと言い出すまで、気づかなかった。


 私は愚か者だ。


 自動人形は自動人形であるべきだったのだ。


 私のエゴが、アリスに重荷を背負わせてしまった。


 本来なら、私が全てを責任を負うべきだろう。


 アリスを停止させる、それが最善かもしれない。


 だが、私にはできなかった。


 愛する娘を、どうしてこの手で止められようか。


 だから、頼む、アリスの支えになってもらえないだろうか。


 突然の申し出に当惑していることだろう。


 だが、君は私の自動人形を好きだと言ってくれた。


 今の君は立派な成人だろうが、私の中ではあの時のままなのだよ。


 おっかなびっくり、私の娘に触れてくれた、あの日のままなのだ。

 

 これは君にとっても大きな重荷にもなるだろう。


 アリスを停止したとして、私は君を責めることはない。


 遺産も迷惑料だと思って、自由に使ってくれて構わない。


 ただ、願わくば私の娘をよろしく頼む。


 頼めるのは君しかない。


 アリスの名付け親になってくれた、君しかいないのだ。


※※※


 ──祖父さんの手紙。


 読んだ時はそうとわからなかったが、これは致命的だ。


 アリスは人形師になりたかった。

 

 自分が自動人形だなんて、夢にも思わなかっただろう。


 だが、その夢が叶うことはない。


 絶対に、だ。 


 俺はどうすればいいのだろう。


 店は畳んで、売り払ってしまえばいい。


 ──いっそ、アリスも。


 酷いようだが、それしかないようにも思う。


 起動したら一時的に落ち着くかもしれないが、ショックは変わらない。

 

 このまま眠り続けることが、アリスにとっても幸せかもしれない。


 俺はそこまで考え、頭を振った。


 今まで、何かをしたいなんてことは、考えたこともなかった。


 言われるまま、生きていればよかった。


 誰かのためになんて面倒だ。


 それが、自動人形のためともなれば、なおさらだ。


 名付け親になったのだって、別に何てことはない。


 祖父さんが作っていた自動人形が、ただ……そう、ただ可愛いなと思って、何かを贈りたかっただけだ。


 だから、俺は決めた。


※※※


 ──私は自動人形だった。


 その思いだけが、ずっと頭を駆け巡っていた。


 ショックだった?


 それはそう。


 でも、思いとは何だろう?


 自動人形の私が、何か思えるのだろうか?


 思った振りをしていただけ?


 そうかもしれない。


 だけど、私は確かにショックを受けた。


 何がそんなにショックだったのか。


 人形師になれないこと?


 自動人形だったこと?


 いや、どれも違う気がする。


 そんなこと、今となっては些細なことだ。


 もう彼に会えない、そう思うことに比べたら。


 思いを伝えることができない。


 それが何よりも辛く、悲しかった。


 私もう、目覚めることはあるまい。


 でも、もしその時が来たら──


※※※


「おはよう、アリス」


 椅子に腰かけたアリスの目が開き、俺を見上げた。


 次いで、周囲をぐるりと見渡す。


「これは……?」


「どうだ、立派なもんだろう?」


 店内には、所狭しと大小の自動人形が並んでいた。


 全て、俺が作ったものだ。


 ここまでの道のりは、決して楽なものではなかった。


 祖父さんの遺産を使って、人形師の学校に入って五年。


 人形師に弟子入りし、修行しながら働くこと五年。


 独立し、人形師として自動人形の制作を始めてから五年。

 

 十五年……二十五歳だった俺も、今では四十歳のおっさんだ。


「どうして?」


 久々に聞いたアリスの「どうして?」が、俺の耳に心地よく響く。


「この自動人形達のことか? それとも、お前を起こしたことか?」


「両方」


「そうだな……目標ができたから、かな」


「目標?」


「自動人形を作れる自動人形を作ることさ」


「それって……」


「自動人形の三原則に背くことになるから、そう簡単にはいかないだろうさ。俺が生きている間に実現できるかも怪しい。だが、人形師の技術と知識を持ち、適切にアドバイスしてくれる相棒がいれば、いつか実現しそうな気がしないか?」


「私の、こと?」


「ああ。お前なら祖父さんだけなく、俺の技術も受け継ぐことができる。それだけじゃない、いつか俺に弟子ができたら、その技術だって、お前は受け継げる。そうやって技術と知識を積み重ねていけば、きっと三原則だって超えられる。そうすれば、お前も自動人形を作れるように違いない」


 アリスが自動人形を作れるようにする……それこそ、俺が決めたことだった。


「……どうして?」


「愛ですよ」


 ……そんな言葉を恥ずかしげもなく言えるのは、リデルしかいない。


 黒く長い髪と、黒い瞳を持つ、俺が作った自動人形。


「自動人形である私に人の心はわかりませんが、誰かのために何かをしてあげたいと思う気持ちは、愛と呼んで差支えのないものではないでしょうか」

 

「あなたは、ロイドさんの?」


 アリスの言葉に、リデルは頷く。


「はい。リデルと申します。こうしてお会い出来ることを光栄に思います。何しろ、私はあなたをモデルにして作られていますからね。照れ隠しなのか、髪色や瞳の色こそ異なりますが、私は大人のあなたをイメージして作られたことは間違いない。このメイド服が何よりの──」


「おい、リデル! 何を言ってるんだ!」


「私はただ、真実を述べているだけです」


「……あなたの自動人形、面白いわね」


「停止させておけば良かったよ」


「ロイド、私もあなたを愛しています」


 アリスの言葉に、俺は耳を疑った。


「ちょっと待て。私もって、俺の気持ちは──」


「私が代弁してあげたじゃないですか」

 

「リデル!」


 リデルはつんと澄まして、切れ長の瞳で俺を見据える。


「でも、ちゃんと自分の口から言わないと、男らしくないですよ」


 俺は口をへの字に曲げ、頬を指先で掻いた。


「……俺はもう、40歳のおっさんだぞ?」


「アリスは自動人形ですから、何も問題ありません」


「そっちの方が、問題あるような気もするがな」


 俺は別に……いや、もう、何もかもが今更だった。


「ああ、好きだよ。愛してる。ずっと逢いたかった」


 アリスは椅子から立ち上がると、俺に抱きついた。


「おめでと~!」


 そう言って店内に押し入ってきたのは、イライザを抱えたミーナだった。


「お前、ずっと覗き見してたのか!?」


「いや~、何か神妙な雰囲気だったし……人形のお姉ちゃん、お久し振り!」

 

「ミーナ、ちゃん? ずいぶん、大きくなったのね!」


 アリスが驚くのも無理はない。


 あの小さな女の子が、今やもう、あれやこれやが大きくなっているのだから。   


「あれからもう十五年だからねぇ! もうすぐ結婚するし! ……あ、でもお兄ちゃんとじゃないから、安心してね! 私はお兄ちゃんのお嫁さんになりたかったんだけど、お兄ちゃんはずっと人形のお姉ちゃんに夢中だったからさ! でも、私も素敵な旦那様に出会えたから良かったよ! 結婚式、一緒に来てね!」


「ええ、喜んで!」


 ミーナは「やったね!」とイライザと頷き合い、「そうだ!」と顔を上げた。


「いっそのこと、一緒に結婚式する? Wウェディングなんて、素敵じゃない?」


「何言って……おい、リデル! 予定表に余計なことを書き込むんじゃない!」


 ……まったく、賑やかになったものだ。


 だが、そんな雰囲気をまんざらでもなく思っている自分がいた。


 それも悪くないな、と思う。


 ふと右手を見ると、アリスが手を握っていた。


 柔らかく、温かい。


 俺はその手を握り返す。


 ……まぁ、なるようになるさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

The Winding Legacy 巻き鍵の遺産 埴輪 @haniwa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ