つながらないキミが好き

笹 慎 / 唐茄子かぼちゃ

***

 はぁ……


 はぁ……


 はぁ……


 なんでこうなっちゃうんだろう。これじゃ冬馬くんの二の舞じゃん。ほんと無理。私はただ応援していただけなのに。


◇◇◇


 その雑居ビルのエレベーターはいつもストロベリーっぽい甘ったるい安い芳香剤の香りがする。いつも気分が悪くなる。

 息を止めて、六階に着くまでとにかく我慢。ようやく扉が開いて、私は息を大きく吸い込んだ。


 とりあえず、物販列に並んで推しのブロマイドを十枚購入。百円ショップで買ったハガキサイズのプラスチックケースに入れ、開演前のざわざわとしているロビーをきょろきょろと見渡す。

 すでに顔見知りとなっていたイベントスタッフを見つけると、私はこっそりと声をかけた。


「もし、公演終わりに陽斗はるとくんの残ってたら全部買いたいです」

「じゃあ、いつも通りに終演後の列はけるまで待ってて」


 演技も歌もダンスもファンサも全然だった頃から応援してる陽斗くんも最近は少しずつチェキ券やブロマイドが売れるようになってきている。

 だから、あんまり残らないかもしれないけど、それはそれで推しがスターになっていく姿を見れるのが嬉しいので、あまり気にならない。


 同じ対象を推すファンを嫌がる、いわゆる同担拒否な子たちが大多数な界隈だから、私はよく不思議がられている。


 でも本当に推しにはステージの上で、たくさんのファンに応援されて、キラキラと輝いていてほしい。

 それに私は推しに認知されたくないのだ。なのに……。


、いつもありがとう」


 チェキのツーショット撮影の直前に、陽斗くんから教えていないはずのSNSアカウント名を言われて、私は固まった。なんで? どうして……。


 その後、出来上がったチェキにサインをもらっている間にした会話のことはよく覚えていない。私は推しに認知されたくない。


 自宅に帰りつく頃には幾分か冷静になれたので、なぜ名前がバレたのか、私はSNSを漁り始めた。


 少し前に、とある公演で陽斗くんのブロマイドが買えなかったと嘆いていたアカウントに、そのブロマイドを譲ってあげたことがある。DMからそいつのホームへ飛んだ。


『マジ、アリサさん女神すぎる! 譲ってもらえた!』


 該当の投稿はすぐに見つかった。写真付きの投稿。手に持ったブロマイドの向こう側にピントのズレた私の顔が写っている。ピントがズレているのと、顔が見切れているせいか、スタンプなどは押されていなかった。


 やっぱり、こいつだ。気がつくと、親指の爪を噛んでいた。私は慌てて歯から爪を離す。


 アカウントを作り直すか、しばし悩んだけれど、もう陽斗くんには顔もバレているし、アカウントを作り直しても現場に行く限り無意味だ。


 今回の声がけはタダのファンサービスだろう。確かに私は毎回、彼の出演する公演には行っているし、彼にバックがあるようなグッズも在庫が残らないようにたくさん買っている。

 古参ファンへのファンサービス。以上。


 私は結論づけると、SNSアプリを閉じた。


◇◇◇


 数日後、DMの通知を開く。


『こんにちは。陽斗です。いつも応援ありがとうございます。まだ情報解禁前なのですが、次の舞台は人気俳優さんと一緒なので、チケットが少し取りにくい可能性が高いです(箱そんなに大きくないので)。

 僕は小さな役なので出番は少ないですが、もしよろしければ僕の名義でチケットご用意します。最初の頃から応援してくださっているアリサさんには、ぜひ来てほしいので!

 あ! もちろん無理にとは言いません! お返事待ってます!』


 営業。これは営業だろう。こういう個人営業をかけてくる駆け出しの俳優さんは多い。それにチケットの確保の心配をしないで済むのはありがたい。何重にも誰に向けたか、わからない言い訳を脳内で重ねる。

 結局、私は『お願いします』と返してしまった。


 情報が解禁され、しばらく経った頃、チケットが用意できたと連絡が来た。


 都内のカフェで彼を待つ。事前にお礼も兼ねて購入しておいたブレスレットが入ったティファニーの青い紙袋を手に、甘いラテを口に含んだ。


 ティファニーなら気に入らなければ売却もできるし、負担にならないだろう。また誰にしているか、わからない言い訳が何度も脳内をよぎる。


 カフェに入店してきた陽斗くんはキャップを被ってマスクをしていた。


「あ、これは花粉症ヤバくて。あ、普段は全然マスクとかしないよ。誰かに声かけられたこととかないし」


 私の向かいの席に座りながら、自重気味に、はにかむ彼。私は青い紙袋を持つ手に、ギュッと力をこめた。


「ありがとうございます。チケット」


 私はこの場を早く終わらせようと、チケット代を入れた銀行の封筒と一緒にプレゼントを差し出す。彼は最初すごく驚いた顔をして、少し悩んでから「ありがとう」と受け取ってくれた。


「アリサさんって、今日忙しいですか? 実は僕いま悩んでて。少しお話し聞いてほしいなと思って」


 推しから、そんなことを言われて断れるファンがどれだけいるのだろう。もしかしたら、俳優を辞めようか悩んでるのかもしれない。止めなきゃ。


 数時間後、後悔するとも知らずに。



 居酒屋で話をしているうちに、私の職業を伝えてから、目に見えて陽斗くんの雰囲気は変わった。

 私は司法書士をしていて、同年代の子達よりも良い給料をもらっている。見かけにもお金をかけるタイプだからか、よくラウンジ嬢にも間違われるけど。


 一人暮らしだと言うと、ついに彼は私の家に来たがった。もういいや。


 私たちはタクシーで家に向かう。


「冷蔵庫でっか!」


 私の家に入り、カウンターキッチン越しに二つ並ぶ冷蔵庫を見た彼は驚きの声をあげた。


「あ、うん。片方は冷凍専用なんだ。冷凍のお弁当とか、お肉入ってる」


 殺風景な私の部屋を陽斗くんはキョロキョロと眺める。きっと物がなくて不思議なのだろう。気がつくと、無意識に笑っていた。慌てて笑顔を隠す。

 私はキッチンで飲み物を作り、テーブルに座る彼の前に差し出した。


「缶酎ハイしかないや。ごめんね」

「全然、大丈夫! ありがとう!」


 素敵な笑顔で彼はグラスを受け取る。ステージの上でよく見る私の好きな彼の笑顔と瓜二つ。でも、ここはステージじゃない。ライトもない。


 下心のたくさん詰まった普通の男が目の前にいる。こんなの私の推してる陽斗くんじゃないな。

 やがて、動きが緩慢になり始めた陽斗くんを見下ろし、そんなことを考える。


 彼の飲み物には睡眠導入剤を砕いたものを混ぜておいた。薬が効いて眠くて仕方ないようだ。少し揺すってみたが、「んーんー」と言うだけだった。


 さて、と。私は汚れてもいい服に着替える。隣の部屋から使うものを取り出した。軍手をはめ、撥水加工のされたエプロンをつける。まずは、しっかり殺さないと。


 ロープを陽斗くん首に巻きつけると、背後から背負い投げのような姿勢で、私は彼の首を絞めた。さすがに締め上げているうちに、生命の危機を感じたのか少し抵抗されたが、薬が効いているようで、殺し損なうほどではない。


 それにしても、やっぱり殺すのって力仕事。上がった息を整えながら、軍手からビニール手袋に、はめ替える。


 敷いたビニールシートの上に、陽斗くんをなんとか移動させ、大きな調理用バットを首の下に入れて、頸動脈を切り血抜きをする。死体だから、血が吹き出すことはない。


 続いて、服を脱がし、腹を肉切り包丁で切り開いた。内臓を取り出して、災害用のトイレ袋に入れ、凝固剤を振りかけた。いくつかオムツと生理用ナプキンも入れて偽装し、袋の口を縛り閉じる。

 まずは、ここまででいいか。少し休憩。


 ちょうど前の冬馬くんを捨て終わってて良かった。大きな冷凍庫買ったけど、さすがに成人男性二体も入りきらない。

 週に二回、他の燃えるゴミと合わせて、ゆっくり捨てていこう。


 ステージから降りて、ファンと繋がる推しとか、もう推しじゃないし。ゴミと一緒。私はステージでキラキラしてる君にお金を払ってる。


 つながるキミは嫌いなの。


(了)

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つながらないキミが好き 笹 慎 / 唐茄子かぼちゃ @sasa_makoto_2022

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