誰が殺した佐藤春香

秋犬

犯人を探せ

 俺のクラスメイトが死んだらしい。佐藤春香さとうはるかって奴。


 別に知り合いだったわけじゃないし、何ならクラス替えした5年生になってから一緒になって一度も登校していないんだから、俺の知ったことじゃない。その佐藤春香が今朝マンションの屋上から転落死しているのが見つかったってことで、学校中がザワザワしていた。


「5年3組の子でしょう?」

「なんか、いじめられてたんだって」

「あれでしょ、柳河やなぎかわさんたち」

「中学受験組だもんねー」

「それとも春香ちゃん、すごく可愛かったから嫉妬しちゃったのかな?」

「ひえー! 最悪!」


 ヒソヒソヒソヒソ。学校中の視線を浴びながら、俺たち5年3組は文字通りお通夜みたいな顔して席に座っていた。それから担任の長沼ながぬまがやってきて、「佐藤さんが亡くなったから通夜と告別式にクラスで参加する」みたいな話を始めた。いつもはよれよれのジャージなのに、今日だけ何故かピッとしたスーツを着ている。ネクタイまでしゃんとして、違和感抜群だ。


 俺は隣の席の柳河さんの顔を覗き込んだ。クラスの女子の中で一番活発で明るくて勉強ができる、ツインテールが似合うとってもかわいい子だ。なんなら少しいい匂いがする。その柳河さんも顔を青くして、呆然と座っている。


 確かに柳河さんはちょっとキツい性格をしている。女子の軍団を引き連れた女王様、と言っても別におかしい話でもない。でも俺はそんな柳河さんのことが好きだったし、こいつが佐藤春香をいじめてそいつが勝手に自殺したからって、俺まで落ち込む必要なくない? と開き直った。こういうときは前向きな奴が勝つって、母ちゃんがよく言っている。俺まで馬鹿正直にお悔やみモードになってたまるか。


 だって知らねえ奴が死んだんだぞ。どうお悔やみ申し上げればいいんだよ。


 今日は俺たちのメンタルがどうこうとかで、クラスにやってきたおばちゃん校長先生が「いのちのたいせつさ」とかを語っておしまいになるそうだ。心の中で「やった!」と思いつつ、どうせ家に帰っても暇だよなーと思って今にも雨が降りそうな空を見ていた。すると、校庭をどう見ても怪しい男が猛然と走っているのが見えた。やべえ、不審者だ。


「先生、不審者です」

箱崎はこざき、大事な話をしているんだ。静かにしなさい」


 長沼は俺をスルーした。ふん、どうなったって知ったことか。また校長の「いのちだいじに」というドラクエみたいな話が始まったところで、廊下をどんどん走ってくる音が聞こえた。そしてうちのクラスのドアがガラっと勢いよく開いて、さっきの不審者が教室に飛び込んできた。


「春香のクラスはここか!?」


 それは高校生くらいの男だった。悲鳴が飛び交う中、誰かが「佐藤春香の兄ちゃんだ」と言ったのが聞こえた。


「君、落ち着きなさい!」

「うるせえこの能無し税金泥棒が!!!」


 佐藤春香の兄ちゃんは黒板の下にあったデカい三角定規を持って、長沼の鳩尾を突いた。「君、止めなさい!」というおばちゃん校長を兄ちゃんは蹴りの一発で吹っ飛ばした。やばい、こいつ強え。


「てめえが長沼か!? あ!?」


 首にかけているネームプレートを引っ張って、兄ちゃんが大声を上げた。俺たちはやべえやべえって教卓と反対方向に固まって、長沼と兄ちゃんから距離をとった。起き上がった校長が何とか俺たちと兄ちゃんの間に入ってる間に、刺股を持った教員たちがやってきた。


「てめえがうちの妹を、よくもうちの妹を!!」


 そう言いながら佐藤春香の兄ちゃんは、長沼をボコした。長沼は顔面ボコボコにされた挙句、鳩尾の三角定規がいい感じに突き刺さってあちこちから血を流しまくって、せっかくのスーツが台無しになっていた。


「ちが、これはちが、血が」

「黙れこのロリコンが!!」


 ようやく他の教員たちに取り押さえられた佐藤春香の兄ちゃんと、やってきた救急車と警察とでもう俺たちはパニックだった。クラスメイトが死んで、その兄ちゃんが急に担任をぶっ殺しに来るなんてマジ意味不明だ。なんていうか、俺は気持ちが事態についていかなかった。


 柳河さんを見ると、すごく泣いていた。柳河さんだけじゃない、他の女の子も何人も泣いていた。え、そんなに佐藤春香が死んでみんな悲しいの? 俺は去年別のクラスだったから、関係ないと思ってたけど、それなら俺も泣いておこうかな……。


 兄ちゃんがどっかに連れていかれて、長沼が担架で運ばれて行って、俺たちを守っていた校長がようやく呟いた。


「いいですか皆さん。命は大切なんです。自分のも、他人のも」


 女の子が一斉に大声で泣き始めた。その泣き声はその後行われた通夜の間も、告別式の間もずっと続いた。俺は柳河さんが泣いていてとても悲しくなってきた。そして遺影になった佐藤春香をじっと見ているうちに、更に悲しくなってきた。


 佐藤春香はとってもかわいい子だった。どうしてこんな子が死ななきゃいけなかったんだろう。佐藤春香の親父さんは「うちの娘にお別れを言いに来てくれてありがとう」と言った。出会ってないのに、お別れだなんてあんまりすぎるじゃないか。


 告別式には警察に連れられた佐藤春香の兄ちゃんが特別に参列していた。そして誰よりも泣いていた。佐藤春香、お前兄ちゃん犯罪者にしてこんなに泣かせてんなよ。バーカ。俺はお前なんか大っ嫌いだからな!!


 それから新しい担任がやってきて、俺たちは何ということはなく小学校を卒業した。何となく女子だけ集められる機会が多かった気もするが、あまり触れてはいけないのだろうと俺たち男子は知らないふりを続けた。なんか女の子って面倒くさいなあ、とその時は思っただけだった。


***


 ずっと後になって、俺は長沼がお気に入りの女の子を集めたクラスを作っていたという話を聞いた。去年から受け持っていた佐藤春香は特に長沼のお気に入りで、かなり酷いことをされていたようだ。遺書に長沼の名前を見た兄貴は我を忘れて、まだ佐藤春香の担任を続けていた長沼をボコりに来たらしい。「娘さんを心配して家庭訪問に来ました」とかよく家に上がって、佐藤春香の部屋に入っていたのが許せなかったんだと。クソ虫野郎じゃねえか。


 俺は長沼を心底汚ねえ奴だと思う反面、あの時女子が一斉に泣き出した理由について思い当たることがあり、どうして俺は何もできなかったのかと苦しくなった。あの時柳河さんは、佐藤春香が死んだ理由を知ってたんだろう。だから泣いたんだ。それは他の女子も一緒で、その時泣いた女子は、みんな、きっと、そうなんだ。


 佐藤春香の兄ちゃんは傷害罪で実刑を喰らったらしいけど、長沼はわいせつ行為について刑事の方は証拠不十分でおとがめなし、佐藤春香の両親からは前年度からの担任だったことで民事で訴えられて賠償金の額が確定した。しかし今も支払わずに、どこかでまだ先生をやってるらしい。


 俺も結婚して、嫁さんのお腹に赤ちゃんがいる。女の子だとわかって、俺は佐藤春香のことを思い出さずにはいられなかった。ああ、俺は本当にガキだった。今ならあの兄ちゃんの代わりに、俺があいつに止めを刺してやるって言うのに。


 今になって俺は佐藤春香の墓参りに行きたくなったけれど、あれからすぐに引っ越しをしてしまって彼女の家も墓もどこにあるのかわからずじまいだった。柳河さんも私立中学に行って、それから一切のことがわからない。俺は佐藤春香の冥福と、柳河さんがきちんと生きているといいなと心から思うしかなかった。


<了>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

誰が殺した佐藤春香 秋犬 @Anoni

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説