鵜飼のおじさん、ウショウさん。

解体業

鵜飼のおじさん、ウショウさん。

 鵜飼のおじさん、ウショウさんは今夜、十羽の鵜を連れて鵜漁をします。ウショウさんは鵜漁のために、平底の小舟の舳先で篝火カガリビを焚いています。そして、近くの村の子供たちや大人たちが鵜漁の様子を見に、集まってきています。月明かりのない、新月のことです。


 鵜漁の準備が整ったようです。ウショウさんは乗組員に船を漕がせて、川の下流へとゆっくりと進みます。それに合わせて、村の人たちは移動していきます。


 舳先の篝火で水面を照らし、驚いた鮎を鵜に素早く捕らえさせます。ウショウさんは紐で繋いでいる複数羽の鵜を巧みに操り、鮎を丸呑み、つまりは鵜呑みした鵜を引き上げて船に乗せました。そして、鮎を吐き出させます。鮎がそのまま吐き出されたのを見て、村人たちはみんな、大人も子供も「おーっ」と唸りました。ウショウさんはそれに構わず、鵜を再び水に戻します。


 大人も子供もみんな、「いいものが見れた。来てよかったな」などと言って帰っていきました。


***


 月が雲隠れしている暗い夜、ウショウさんはまた鵜漁へと繰り出します。前回よりももっと下流の方です。今夜も、近くの村人たちは鵜漁の様子を見に来ています。おや、今夜は新人の鵜がいるようです。


 新入りの鵜が、もがきながら鮎を吐き出そうとしています。しかし、村人たちが目を凝らして見守る中、船底に落ちたのは丸ごとの鮎ではありませんでした。


「おや……?」

 誰かが言いました。


 吐き出されたのは、鮎の尾の部分だけでした。それが鮎の尾だと認識できず、それが何であるのか考える村人たち。


「こりゃ、不慣れでうまく丸呑みできなかったんだな」

 ウショウさんはそう言いましたが、誰も聞いていません。村人たちは、「切りとられた情報」から考えたことを口々に言い合います。



「今年の鮎に何かおかしなことが起きたのか?」

「これは何かの前触れか?」


「これは、人骨の一部なんじゃないのか?」



 不安げな顔をする者、興奮したように話す者、ただ面白がって笑う者――思い思いの反応が広がります。


 そんなざわめきをよそに、新入りの鵜は再び水へと放たれました。そして、また鮎を捕らえます。


 今度こそ、きれいに吐き出すか?

 そう期待して見つめる村人たち。


 鵜が首を振り、のどから押し出したものは――

「……マグロ?」

 誰かがぽつりと声に出しました。


 いや、そんなはずはないのです。けれども、そこにあるのは間違いなくマグロ。ぴかぴかと無駄に黒光りし、何というか、悪趣味さが前面に出ていました。


「ハリボテだ!」

 ウショウさんが言いました。

「ほら、手で押せば潰れてしまっただろ? これは鵜が吐き出したただの作り物だ」


 ですが、あいにく、村人たちは人の話を聞くだけの「聞く耳」を持ち合わせていませんでした。村人たちは「虚構の情報」から、推理したことを主張しています。


「マグロを吐き出す鵜なんて、初めて見たぞ!」


「いや、これはきっと神の使いだ!」


「これは奇跡の鵜漁だ!」


 声はどんどん大きくなり、興奮は伝染するように広がっていきました。村人たちは、「面白いものが見れた。来てよかったな」などと言って帰っていきました。


***


 数日後の曇天の闇夜。小雨が降っているにもかかわらず、鵜漁見学には前回の倍以上の人が集まっています。誰もが新入りの鵜が次に何を吐き出すのかを見たくてたまらないのです。篝火がゆらめく中、期待に満ちた視線が異常なほどに一点に集中していました。


「さあ、今夜は何が出る?」

「今度はハンマーヘッドシャークか?」

「いや、もっと珍しいものが出るかも!」


 村人たちの熱気の中、新入りの鵜が水へと放たれました。そして――


「……ただの鮎だ」


 そう、鵜が吐き出したのは、いつも通りの鮎でした。

 しばしの静寂。


 しかし、その静寂の中でウショウさんは新入りの鵜を見つめ、にこりと微笑みました。

「うまくなったな」


 鵜の首元を優しくなでながら、誰にも、その鵜にすら聞こえないような音量で呟きました。


 けれども、村人たちは不満げに顔を見合わせます。

「なんだ、つまらない」


「期待して損した」


「こんなのなら、来なくてもよかったな」


 村人たちは、「何にも面白いものは見れなかった。二度とくるか」などと言って帰っていきました。


 鵜漁の場にいた「大人」はウショウさん、ただ一人なのでした。

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