広がる苦み

CHOPI

広がる苦み

 苦みを噛み殺しながら紫煙を燻らせた。この苦みが気にならないくらい、あの頃の自分は子どもガキだったのだと思う。あの頃の自分は、自分より少し先を行くあなたの背中を追いかけるのが楽しくて。子どもガキ扱いをするくせに、いつだって最後は振り返ってくれるあなたといられることが嬉しくて。私の頭を撫でるために伸びてくる優しく大きな手が大好きだった。だからひたすらあなたの背中へ手を伸ばし続けた。自分より少し先。そう思っていた距離は、思っていた以上の距離があったことを今更ながら感じているけれど。


 こんなもの。本当はこの苦みどころか、匂いからして大嫌いだった。でもあなたから香るその匂いを嫌なものには感じられなかった。不思議な現象だと思った。それからあなたに追いつきたいと思って、最初はあなたに隠れてコッソリと。少し行為に慣れてからはあなたの前でも。ただ一緒に過ごす時間が少しでも増えれば良いと、その一心で背伸びをして覚えた喫煙だった。……あぁ、悔しい。あなたのために覚えた行為だ。これから先も、紫煙を燻らすたびに頭の中にあなたが浮かぶんだろう。肺へと煙を送るたび、口の中に広がる苦みと共に広がる胸の痛み。いつの日かその痛みさえも愛しく感じられる日が来るんだろうか。


 チリチリと少しずつ短くなっていくそれをぼんやり眺める。と、長く溜まった灰が落ちそうになって慌てて灰皿へと落とした。上手いこと思考が回らない。疲れているんだろう。煙草を口に咥えなおし、息を深く深く吸い込む。と、吸いすぎて思いっきり咽た。いやどんだけだよ、なんて自分自身に独り、寂しくツッコんだ。思いの外止まらない咳に、苦しくて涙目になる。ぼやけた視界の中、あなたの苦笑が浮かんで消えた。

 ――大丈夫かよ

 もう聞こえないその声が、ハッキリと頭の中で再生される。大丈夫じゃない。そう呟いたところであなたはもういないのに。


 短くなった煙草を灰皿へ押し付けて火を消した。灰皿からは相変わらず紫煙が漂っている。この煙をまとわせて微笑むあなたはいつも奇麗だった。その微笑みは時に寂しげで、時に優しくて、時に怪しげだった。私の頭へ手を伸ばして優しく頭を撫でてくるくせに、それ以上の触れ方は絶対にしないあなたが、もどかしくて、だけど大好きで仕方が無かった。


 あなたは今、どこで何をしていますか。なんで何も言わずに。まるで煙のように、なんて。煙草を覚えたきっかけのあなたに対して言うなんて、ね。


 細く長く漂った紫煙は、やがてゆっくり溶けていった。

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