書き改め

小狸

短編

「なんかさ、明るい物語書けって、会うたびに言われるんだよね」


「ふうん?」


 女子寮の同室のクラスメイト――そのぞえそそぎは、私の上のベッドにいた。


 小さな灯りが付いているのが見えるから、まだ起きていて、多分読書でもしているのだろう。


 雪の読書量は尋常ではない。異常である。


 私立阿僧祇あそうぎ女子高等学校の広大な図書館の本を、ほとんど読んでしまっているという噂も、あながち嘘ではない。


 私は下である。


 成績も、ベッドの位置も。


 ベッドの下は、天井が木になっているから、比較的暗くなりやすい。


 私は手元にある電気スタンドを消灯していたので、上の灯りが頼りである。


「それは誰に言われたの?」


「えーっと、創作友達――っていうか、文芸部の友達。逆白さかしろ墨香すみか


「ああ、逆白さんね」


 加えて雪は、阿僧祇女子高の、少なくとも同期の名前を全員記憶している。


「それで――どういう経緯いきさつで明るい物語書けって言われたの?」


「うーんと、ほら、私と逆白さんってさ、短編小説書いて、お互いにネットに公開したり、読んだりしてるじゃん」


「しているね。あなたの短編小説、中々面白くて好きよ」


「あ……ありがと」


 突然褒められると照れるものである。


「――それで、この前出掛けて、カフェでお互いの小説の話になったんだけど、っていうか、しばしば墨香と一緒になると、互いの小説の話になるんだけどね、なんか毎回、『明るい物語を書けば』って言ってくるんだよね」


「ふうん。強要されているってこと?」


「いや。強要とはまた違うかな。何となく創作の話になると、私の作風の話になって、それで毎回『暗い』って話に持っていかれるんだよね」


「暗い。作風が、ってこと?」


「そ」


 天井を見ながら、何となくそう言った。


 特に意味の無い会話であるし、明日になったら、忘れているだろう話。


「私の書く小説は、暗いんだってさ。『私みたいに明るい話を書けば』って言ってくる」


「確かに、陰鬱ではあるわよね」


「あ……そこは雪も否定しないのね。私のって、そんなに陰鬱かなあ」


「うん」


「そこまで明確に言われると反論も出ないわ。まあ、女子高ここ来るまで、私は色々あったからねえ」


「そうね。それにあなたの作品は、扱う題材が重いのよ。社会問題、児童虐待、人の生死、まるで、小説の中で辛かった自分を肯定したい、という感情が読み取れるわね」


「わお、読み取ってくれるねえ、心理を。まあ、私が小説書く理由なんて、そんなものよ」


「ちなみに逆白さんの小説は、どんななの? 私、読んだことがない」


「あー、墨香のは、小説ってよりト書きに近いんだよね。自分の中の作ったオリキャラを会話させて、会話劇って言うの? 地の文とかは無くて、キャラ同士に会話させることが主なんだよね」


「ふうん、そういう感じ。じゃあ、全く別のベクトルみたいなものなのね。それで、小説が暗いと言ってくる、と」


「そ。別に強制してくるわけじゃないから良いんだけど――っていうか、良かったんだけど、最近はちょっと言われ過ぎて食傷気味っていうか」


「気にしなければ良いんじゃない?」


 学年一の読書量を誇る才女からのアドバイスは、至極簡潔なものだった。


「そんなの、気にしなければ良いのよ。逆白さんとあなたは、書いている内容も作り方も、恐らく創作の最中に使っている脳の分野も違うと思う。どちらが良いとかそういうことは言わないけれど、逆白さんは脚本的で、あなたは小説的。比較してどうこうという話じゃない。なのにそれを比べて、どちらが優れているだとか、どちらが良いだとか考えること自体が、そうね――粋ではない、と思う」


「粋、かあ」


「そう。それにお互いに真剣に批評し合うにしても『暗い』は抽象的過ぎよね。『明るい物語が読みたい』、とは言っても、明るいの定義は? 逆白さんが決めるの? 色々と細部が適当なのよね。結局創作に対して真剣に向き合うことができていないのは、逆白さんの方なんじゃないかしら。娯楽は確かに娯楽作品として楽しむべきだけれど、娯楽をなら、――もとい向き合うことができなきゃ良い作品はできない。知り合い囲って同人誌出してそれで良しなら良いけれど、あなたは、そうじゃないんでしょう、それだけじゃ、満足できないんでしょう」


「うん――もっと、書きたい。もっと、色々な人に認められて、ちゃんとした小説家になりたい――って思ってる」


 言っていて、心臓がどきどきした。


「だったら、今の路線のままの方が、私は好きね。まあ、私一個人の感想だから、世に出たらまた別の評価になるんだろうけれど。まあ、どんな物語を書くにしても、自分の作品の一番の味方は、自分じゃなきゃ。作家が虚構を肯定しなきゃ、始まらないわよ」


「うん、ありがとう。心構えができた。無理して相手に合わせなくとも良いって、分かった」


「そう、それは良かった」


 13秒後、雪は消灯した。


 しばらく心臓の高鳴りが止まらなかったことは、彼女には言わないでおこうと、私は思った。




(「書き改め」――不実行おわり

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