みーたんと赤鬼

黒羽カラス

第1話 みーたんは可愛い

 朝陽が降り注ぐ中、小さい身体で大きく腕を振って歩く。チェック柄のスカートの裾がたまに翻る。やや上下に弾んでいることもあって背負った鞄がカチャカチャと音を立てた。

 多和田おおわだ美子みこは真っすぐ前を見て元気に突き進む。数十秒で集中は途切れ、団栗眼どんぐりまなこをきょろきょろさせた。

 民家の庭の紫陽花に目が留まる。突き出た葉の上にカマキリがいた。生まれて日が経っていないのか。人差し指くらいの大きさだった。

 美子は立ち止まってカマキリをじっと見つめる。無風の状態で揺れ始めた。付き合うように美子も上体をゆらゆらと動かす。

 同じ中学校に通う二人組の女子が含み笑いで言った。

「なにあれ?」

「境界じゃないの」

「マジでありそう」

 蔑むような横目で通り過ぎていった。

 そこに大柄な男子が走ってきた。学生服のボタンを嵌められないのか。法被はっぴのような状態ではためかせ、のんびりと歩く男子の集団を突っ切って美子の背中に抱き着いた。その衝撃で頭部が激しく前後に揺さぶられる。

「みーたん、おはよう。今日も最高に可愛いね」

「あの~、後ろからドーンはやめて」

「じゃあ、明日は横からドーンにするね。ほら、高い、たかーい」

 全く話を聞いていない。小柄な美子の腋の下に手を入れて軽々と持ち上げた。左右にも振って両脚がブラブラと揺れる。

 遅れてきた男子の集団は目を合わせないように速足で歩く。中の一人は鼻で笑って言った。

「アイツも頭がおかしい類いか」

「バ、バカか!? やめろ」

「お前、知らねぇのかよ」

 悪態を吐いた男子を仲間が焦った表情で取り囲む。

「だから、誰だよ」

「転校生の赤間あかま龍星りゅうせいに決まってんだろ。高校生のヤンキー三人を殴り倒した、あの赤鬼だ」

「あれが……」

 男子は怯えたような表情で視線を逸らし、仲間と一緒に足を速めた。

「みーたん、一緒に学校に行こうね」

 掲げたまま龍星が歩き出す。美子はその姿で言った。

「なんか子供っぽく見えないかなぁ」

「そんなことないよ。これは素敵な女性にする『お姫様抱っこ』だよ」

「美子の想像と違うんだけど。普通は横向きに抱っこするんじゃないの?」

「そんなことしたらチューしたくなるからダメだよ」

 本来の厳めしい顔を緩め、妙にくねくねしながら歩いた。

「会ったばかりだし。あのね、腋の下が痛くなってきたから違うのにして」

「ブランコ抱っこにしよう」

 龍星は美子を下すと素早く自身の指を組み合わせ、後ろからすくい上げた。

「落ちるといけないから俺の両腕に腕を回して」

「ブランコに乗ってる気分になる~」

「俺のてのひらが喜んでるよ。焼きたてのパンみたいな感触が最高だね」

「パンは揉まないと思うんだけどぉ」

 美子は座り漕ぎをするように両脚を揃え、前後に振り始めた。

 他の生徒達は道を譲るように離れていく。

「さっきチューの話が出たけど、どんな感じなのかな」

「生温かいナメクジが口の中を這いずる感じだね」

「それはイヤだなぁ。今、龍くんとチューしたらそんな感じなんだよね」

「違うよ。今なら生煮えのたこ焼き味だね。今日の朝ごはんだから。みーたんは何味?」

 かれた美子は右手で鼻と唇を覆って息を吹き掛けた。

「納豆サバみそ味だよ」

「和風だね。愛らしいおかっぱのみーたんらしいよ」

「おかっぱじゃなくて、セミボブらしいよ。ママが教えてくれた」

「じゃあ、セミボブのようなおかっぱでいいよね」

「うん? そうなのかなぁ。そうそう、美子のこと、きょうかいって女の子が言ってたんだけど、意味わかる?」

 瞬間、龍星の鼻筋に皺が寄った。三白眼は周囲の人間を酷く怯えさせた。

「みーたんがマリア様のように慈愛に溢れた人物に見えたんだよ」

「教会のことなんだね。マリア様はおおげさ~。そんな美人じゃないし」

「可愛いは美人を超越するんだよ。だからみーたんは誇ってもいい」

「龍くんはホント、おおげさだよね。そんなこと、誰にも言われたことないよ」

「俺が言ってるんだから信じてよ。学校の正門が見えてきた」

 正門の近くにはジャージ姿の教師が立っていた。八時半を超えても門を閉めることはないが推薦入試に響く。累計るいけいで三回、遅刻すると欠席扱いになるので龍星は美子を抱えたまま走り出した。

「こ、このブ、ブランコは、ス、スリル、い、い、いっぱいだ、ね」

 走る振動で吃音きつおんのようになった。龍星が正門を駆け抜けると教師が何か言いたそうにしてやめた。校則に違反する部分が見つからなかったようだ。

 美子は身体を斜めにして後ろに目をやる。

「先生、なにも言わなかったね」

「当然だよ。『可愛いみーたんを胸に抱えて走ってはいけない』という校則はないからね」

「そっかー。龍くんは頭、いいよね」

「そんなことないって。ネットのIQテストだと135だよ」

「美子は81で、わからないことだらけだよ」

「好きなことはがんばれるよね。あとイヤなことはわからなくていいよ。それって最高に幸せになれる素質があるってことだよ」

「うん、わからないけど、そうだね」

 美子と龍星は笑って教室に向かった。

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