夢は夢のままであれ

夏生 夕

第1話

あの夢を見たのは、これで9回目だった。8回目でも10回目でもない。

何故はっきり分かるかといえば、日記に書いてあるからだ。

朝起きて、日記帳の最初のページを開く。一覧にしてある夢リストから『落ちる夢』の項目の、正の字に一本足し日付を添える。


『落ちる夢』。体調不良の前触れだと言われることもあるが、信じていない。

夢は記憶の整理だからだ。

そもそもわたしの見る夢で落ちるのは、わたしではない。人ですらない。原稿だ。

先輩の、もとい野々宮先生の原稿が、落ちる夢。

夢は記憶の整理だ。

つまり、先生の何かしらの挙動が、原稿が落ちる前触れとして現在積み重なっており、わたしが記憶している。無意識のそれを、寝ている間に脳が整理し夢として表出している。


かつて経験した〝あの一回〟が、トラウマとなって脳裏に焼きつき、何度も夢に見ているだけかもしれない。しかしもしそうならば、なおさら繰り返してはならない。わたしよりももっと大きな傷を負ったのは、他でもない先生だ。

傷付き、その負い目に報いるためにその傷さえ利用しようと無理に抉じ開け、結果的にさらに傷を深くしてしまった。おかげで痛々しい痕が残った。なんと生き辛そうな人なのかと目を覆いたくなる。

しかしわたしが目を逸らすことは許されない。

先生はわたしから目を逸らさなかったからだ。出会った頃からずっとそうだった。現実からはよく目を逸らすが。


ではわたしはどうするか。


ともに受け止めると肝に銘じた。

並んで、そばにいると心に決めた。

歩幅が小さくても歩みが遅くとも、時には止まってしまっても、ただそこにいる。先生が助けを求めたいとき、手を伸ばしたら届く場所にいる。

でもあの人は不器用なので、手を伸ばすことに思い至らない。

いいだろう。ならば引っ張ってやる。

強引にでも引っ張り上げて、それをどんどん繰り返し、それが当たり前だと骨の髄まで染み込ませる。根気よく、続けるしかない。


さて、昨夜の夢だ。9回目。

三度目は定の目、の三巡目。意味がある数字なのか思い過ごしなのか。

それこそ恐らく意味のないことを考えてしまうくらいには、焦っているし混乱している。次にまた同じことになれば、あの不器用で優しい人がどうなるか分からない。なんだか妙に嫌な予感がする。

わたしの力がどれだけ及ぶだろう。今何が出来るだろう。先生と、先生の作品と、その先で待つ読者のために。


ここでじっと考えていても仕方ない。

とにかく先生のもとに駆けつけよう。話はそれからだ。

だめだ、不安に押し潰されそうだ。もはや神頼みでもなんでもいい。

そうだ御守りをいただいてこよう。

わたしの代わりにどうか、あの人を助けてくれますように。

御守りが、助けを求めることを思い出させる存在になるように。

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