たどり着けて良かったと思う。二人が生きていけるその場所へ。

深夜散歩。歩くことが目的なので、行き着く場所はどこだっていいわけですが、それが人生であるならそうもいかないでしょう。

千代と夜見。
集団自殺の集いをきっかけに出会った二人は、ともに「死んでしまいたい」という思いを抱いています。
決定的にことなるのは、千代がそう思うのは現在の境遇、言ってしまえば生活環境そのものに起因し、この問題は現在進行形で彼女を苦しめます。しかも、千代は未成年であり、親が深く関わる問題なので、切実であり逃げられません。
いっぽう、夜見は過去の出来事に対する悔恨が彼女をそうさせています。また、彼女は成人して生計を持っている大人であり、極論心の持ちようで抜け出せそうではあります。

そうしたところから、最初から最後まで一貫して、夜見が千代の手を引くように行動をしていて、それが物語で描かれる範囲では6月から3月に渡る長期間であるのは、夜見は千代に自分の足で歩けるようになってほしかったからでしょう。だからこそ、あえて時間を掛けて、慎重に、事を運んだのだと思います。
完璧ではないけれど、大人として子ども(千代)と接していた誠実さがかいま見えました。

この物語には、千代を助けようとする同い年の友人の智が出てきますが、彼女の動機は幾ばくかの後悔と自己満足に根ざしています。じつは、それで千代を救えるのであればそれでもよかったのですが、それでは千代を救えないのです。
千代を物理的に母から切り離すだけではダメで、精神的にも引き離す必要がある。しかも経済的な問題も解決しなければいけない。未成年の難しいところです。本編では描かれていませんでしたが、家出少女である智がバイトをするにあたっては、あんまり人には言えないことや言いたくないことをしなければならなかったと思います。そうではなくても、智だったから通れた道で、千代には通れないであったかもしれません。
そして、もうひとつ。
智は結局、千代を力尽くで自分のほうに引き込むことをしなかったし、薄々気づいていながら母親と対峙することも選ばなかった。十七歳の家出少女にそれを求めるのは酷ですが、その一歩を踏み出す覚悟がなかったからこそ夜見に本心を看破されて引くしかなかったのでしょう、
また、邪推ですが、彼女には背景にモデルとなった人物の存在を感じたので、そのエピソードとの兼ね合いもあったのかもしれません。

ここで少し、感情移入をした物言いをしますと、この作品で度し難いと感じたのが榊でした。ある意味で、千代の母親よりも質が悪いかもしれません。千代の置かれている状況を在学時から察していながら、そのときも再会後も、本当になにもしなかった大人だからです。
榊が教師でなかったら、ここまでは思わなかったと思うのですよ。でも、彼女は教師でした。実際、榊が行動をしてしまうと、話が変わってしまうのですが、それでも彼女は動くべき位置にいたと思います。
この作品は、それぞれのキャラクタニー「千代に関与したいけれどできない」現実的な理由が存在しています。榊に関しては、それが弱かったな、と思いました。これで、夜見との仲を全面的に応援していて、夜見と連携していたのなら心象が違ったのですが。

本文に関しては、有り体に言って読みづらいです。
読み進めるにつれて、千代の言語センスを反映していることなのだとわかりますが、とくに前半は語られていることを読み取るのに苦労しました。
これは、前半の千代が自分の言葉を誰に伝えたいかが不明確なためで、中盤くらいから伝えたい相手が明確になってくると、文章がチューニングされ、大きく改善されます。
そうしたこともあって、後半はほぼ一気読みで読みました。

テーマについて。
最も重要なのは「死にたいと思っていた千代と夜見の二人が互いを支え合い、それぞれの闇から抜け出して生き抜く」というところだと思うのですが、それと同じくらい同性愛者(あえてこう書きます)のエピソードが描かれていて、ちょっと飽和気味だったかな、と思いました。
夜見の死にたい背景としての女同士関係は不可欠なのですが、千代が夜見を慕う気持ちが最初から恋愛のそれであり、この点に少しとまどいを感じていました。
千代の中で夜見に対して大きかった感情は「やっと自分の言葉をわかってくれる人と出会えた喜び」であるはずなので、同志というか歳の離れた友人のような関係こそ、最初に千代が求めるものではなかったのではないかな、と感じたからです。
この辺のバランス感は難しいですよね。


読み終えて、千代と夜見が生き残って、二人で生きていける場所へたどり着けたのは良かったと思います。
最後に、千代も夜見もこれからはあてどなくではなく、未来へと進む道を選んで歩いて行けるのだと感じました。その道のりが幸多きあるものであることを願いたくなりました。