雪の中のつぼみもいつか花開くときが訪れる

結末に関わる重大なネタバレしかありません。ご注意ください。

描きにくいところを描いてきたな、と思いました。
奏太の拓真に対する想いは、恋愛感情だと思って読んでいたのですが、読んでいくうちにかなり強い〝甘え〟を感じ、これは幼さの表れなのではないか、と思いました。幼馴染みとして居心地の良い関係を変えずにずっと続けていたい、というような。
「男だからそばにいられる」「女になったら側にいられなくなる」というとらえ方は、輝帆への配慮はもちろんあるのでしょうが、同性同士でいまのような密な関係を続けていったら同性同士の恋愛に行き着く、という視点が奏太に欠けているからなのではないかな、と。
性転換に対しても、拓真との関係が変化することへの恐ればかりが強くて、自身の性に対するアイデンティティが希薄に思えました。
ただ、拓真に拒否されることをものすごく恐れている。いまの関係が壊れることが怖くて、怖くて、仕方なくて、信頼しているのに打ち明けられない。言えなくなってしまう……そういう感情がひしひしと伝わってきました。

だからこれは、幼さを残したまま成長してしまった人間そのものを描いているのではないか、と思いました。
これは自分に盛大なブーメランが突き刺さって痛いのですが、この作品の根底にあるのは人間としての未熟さだと感じています。
いつもながら、冬寂さんはあまり表に出したくない内面をじっくり描かれますね。

本作では人の善意や気遣いといったやさしさがキーになっていると思うのですが、その多くが相手を思いやるあまり、自身のその強い感情に無自覚で、結果的にひとりよがりになっていると感じました。相手を思いやっているのは確かなのだけど、そこに自分がそうなって欲しいからという感情を乗せていることに気づいていない、とも言えます。
やさしさが圧を持って迫ってくるので、なかなかの地獄が描かれていたと思います。
個人的には、「いまやっていることは奏太をだしにして、自分が気持ちよくなりたがっているだけだぞ」と言ってくれるキャラがいて欲しかったなぁ、と思います。
唯一、「自分のようになって欲しくない」と言う舞子先輩だけがひとりよがりに自覚的で、彼女はそれでもなおひとりよがりを押し通したので、奏太とあらたな関係を築けたのだと受け止めています。

そして、そうしたすべてが生々しさをともなっていて、ときに気持ち悪さもありました。気持ち悪さに関しては、読者自身の価値観と奏太の価値観が相容れないところだったり、奏太を通して読者自身の心の未熟さを再認させられるからからだったりします。

奏太に限らず、登場人物の多くから、特定の相手に対する強い執着心をまざまざと見せつけられ、冬寂さんが言うところの〝泥〟がまさに〝泥〟と言うほかないのだな、と感じました。
また、この踏み込み方からは『青い花』を思い出させられました。

奏太が極度の受け身体質のため作中でほとんど自ら動かず、周りがお膳立てをしてしまうので、主人公に共感しにくい部分はあるのですが、TSという題材をシリアスなドラマとして成立させていたと思います。
変わることから逃げ続けて、なにも選ばずに来た奏太は、性転換によって選ばなければならなくなったことで、ほんの少しだけ変わりました。ただ、そのほんの少しが奏太にとっても周りにとっても、大きな大きな変化で、ずっとつぼみだった花がようやく芽吹くほどのことだったのだと思います。

実感のこもった雪国の描写とそこから離れるという舞台の変遷もふくめて、タイトル回収が美しい作品だったと思います。

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