夢の買い取り致します

ろくろわ

夢の買い取り致します

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 という隼人はやとの言葉の意味を僕は理解することが出来なかった。きっと相当間抜けな顔をしていたのだろう。隼人は笑いながら慌てて言葉を選び直した。

「いや、悪い悪い。言い方が悪かったよ。正確にはとびの見た夢。トリの降臨だっけ?その夢の内容を聞くのが9回目だったって事。だからちゃんと言うと、その夢の話を聞いたのはこれで9回目ってことになるな」

 言い直した隼人の言葉を聞いてもやっぱり僕には理解できなかった。

「どうゆう事だよ?つまり僕の前にもこの夢の話を売りに来た奴がいるって事かい?」

「そうだよ。翔で9人目だ。しかも内容は全く一緒。トリの降臨だ。まぁ折角、夢の話を売りに来てくれたんだ。ちゃんと買取はしてやるよ」

「……ありがとう」

 そうは言ったものの、全く同じ夢を違う9人が見るってそんな事があるのだろうか?

 科学は日進月歩で進化している。人々の娯楽も多種多様となった中、今一番人気があるのがAIには作り出せない、人が創る小説であった。とりわけ、夢は現実的で、非現実的で、未来的で、過去的なもの。そんな夢からインスピレーションを得た小説は特に人気だった。更にこのご時世、夢を見れる人は圧倒的に少なく貴重だった。だから僕は隼人の言葉がどうにも信じられなかった。

「なぁ隼人。その8人ってどんな奴だったんだ?」

「それは個人情報の保護ってやつだ。教えられないよ。だけどこれだけは教えてあげられるかな。その8人ともこの街の人間だよ。それと分かってると思うけど俺は翔の夢を買ったんだ。夢の内容は内緒にしておいてくれよ。そうじゃないと俺の書く小説のネタバレになちゃうからな」

 隼人は暗に夢の内容さえ話されば同じ街に住んでる8人を探す事は止めないと言った。

 これはまた随分と難しい事だと思ったが、僕は隼人に別れを告げ、自分の見た夢のトリの降臨を思い返していた。そもそも夢とは普段の生活で起きた出来事や印象深かったこと等の情報を整理するために見るものだと言う説がある。とすればだ。僕達トリの降臨の夢を見た9人は、何かしら近い所で同じような経験や体験をしているはずだ。僕はその推理を元にその足で知り合いが経営している近所の飲食店『トリ王子』に向かった。ゲームじゃないが、飲食店と言うのはいろんな情報が集まる。もしかすると夢を見たと話す人を知っているかも知れなかった。


 ◇


「へい、いらっしゃい!」

 威勢のいい声が店内に響き渡り色黒の大男が出てきた。

「すみません、斉藤さいとうさん。お客じゃないんだ」

「おい!客じゃないなら帰りな翔」

 斉藤は明らかに不機嫌そうな顔をした。僕は少し申し訳なくなったがすぐに本題を切り出した。

「斉藤さんまた今度きっちりと食べにきますんで勘弁してください。それで今日は斉藤さんに聞きたい事があるんです」

「全く仕方ねぇな。それで何だ?」

 面倒臭そうな態度をしているが、しっかりと話を聞いてくれるのが斉藤さんの良い所だ。

「最近、斉藤さんの店で夢を見たって人の話を聞かなかったですか?」

「夢を見た?どんな夢だい」

「トリの降臨です」

「トリの降臨?内容は?」

「それは言えない約束なんです」

「なんだそれ。そんなんじゃあ、分からねぇじゃないか」

「そうですよね。でもそのトリの降臨って夢を見た人が僕も合わせ9人いるらしいんですよ」

「9人?同じ夢をか?」

「そうです。僕はそれが気になって仕方がないんです」

 斉藤は口髭を触りながら少し考え込んだが、直ぐに頭を掻いた。

「悪りぃな。やっぱり心当たりがねぇ。まぁ俺の方でもお客に聞いてみるよ。トリの降臨って夢を9人の人が見ているって話だな」

「すみません斉藤さん。よろしくお願いします」

 僕は斉藤さんに頭をさげ店を出た。欲しかった情報は得られなかったが心強い味方はできた。その後、僕は他の飲食店やコミュニティーで同じように聞いてみたが、皆の返事はどれも同じ、心当たりは無いだった。


 ◇


 あれから数週間が過ぎた。

 僕は残りの8人を探すことを諦めていた。斉藤さんや僕が8人の夢を見た人を探している話は人伝ひとづてに広がり、9人が同じ夢を見たと言うことを知らない人は居ないくらいに広がっていた。更に夢の詳細が語られない為に、噂は大きくなっていた。

「9人が同じ夢を見たらしい」

「どうにもトリが出て来る話らしいよ」

「何者かに操られた9羽のトリが出てくるんでしょ?」

「世界を救う9人の賢者の話でしょ?」

「いやいや、どうやら飛べないトリがこの世に生まれる話らしいよ」

 そんな風に。そうして噂だけが広がり8人の正体は謎のままになると思っていた。

 しかし僕は一冊の小説が発売され、爆発的な売り上げを叩き出したことで、8人の正体を知ることになった。


 小説のタイトルは「トリの降臨」

 著者は隼人だった。


 それは、今まさに街中で話題になっていたものだった。噂となっているトリの降臨がどういうものなのか、その興味を満たすため人々は次々に買い求めたのだ。

 トリの降臨。僕の見た夢。それは翔べないトリが、一切その場所から動かずに時には人を。時には渡り鳥を。時には天候を操り、9つの島の王へと降臨する冒険譚。そんな夢。

 隼人はこの夢を僕から買い取り、同じことをしたのだ。僕は隼人トリの思惑通り、存在しない8人を探すために街中を駆け回り、トリの降臨というキーワードをばら撒き、そしてそれは隼人の小説の宣伝となり、売上に貢献させられたのだ。


 まさか自分の見た夢を利用されるとは。僕は思わず笑ってしまった。うまく騙され利用されたものだ。


「トリの降臨」この小説の本当の面白さを知っているのは僕だけだ。



 了

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