KAC20255 人間は考える葦である。人は弱いが考えて前に進む。
久遠 れんり
ある思い。進むか降りるか。その答えは……
私はその日、ぼーっとダンスを見ていた。
駅前では、パフォーマー達が、思い思いに過ごしている。
あるものは、鍵盤を繊細に叩き。
あるものは、ギターを弾きながら歌う。
そして、目の前の男の子は、ブレイキン(ブレイクダンス)を踊っていた。ブレイキンは2024年パリオリンピックで採用された。元々は、1970年代のアメリカ・ニューヨークのサウスブロンクス地区が発祥のストリートダンスらしい。
器用にクルクルと回り、ピタッと止まり片手だけで体を支える。
「すごいわね」
素直に感嘆の声が、自分から出て驚く。
だけど、かぶっていた帽子が落ちたとき、ふと気がついた。
「あれ? 見たことがある…… ひょっとして吉田?」
その声が、思っていたより大きかった様で、ダンスが止まる。
向こうも、不思議そうな顔でこちらを見る。
「なんだ、誰かと思ったら、大西じゃないか」
そう言って、かれが笑う。
「やっぱり。踊りのじゃましちゃったね」
「いや、休憩をするから」
そう言って笑顔。それは良いけど、隣に座るのね。
「しかし、よく判ったな?」
彼はボトルのストローから口を離すと、乱暴にタオルで汗を拭きながら聞いてきた。
そう、まだ二年しか経っていないけれど、彼はその頃。今の三倍は横に大きかった。
「まあ、なんとなく。一瞬兄弟でも居るのかと思ったわ」
「ははっ、まあデブだったからな」
そう言って、また笑う。
「何時からやってるの?」
「二年前だな。大学に行って、オリンピックで競技種目になったって騒ぎになっただろ。その時に大学でも
そう聞けば、突っ込まずにはいられない。
「モテたの?」
「それ以前に踊れない。回り始めると止まらないんだ。丸いとな」
「
「嘘だ」
そう言ってまた笑う。自虐ネタのようだ。
「大西は、今何やってんだ?」
「うん? 大学生」
横に座っていると、男の匂いというか汗の匂いがする。
少しドキドキするわ。まあ、さっきまで踊っていたし。
「まあ、そうだよな」
「それと、バイクのレース」
そう言うと彼は、飲んでいた液体を吹きそうになった。
「レース? すげえな。まあ高校の時から運動はできるし、かっこよかったもんな」
そう言われて驚いた。
高校の時、仲が良い訳でも無く、接点はなかったはずだ。
「いつ見たのよ?」
「あー放課後。結構こそこそと体育館の裏から。ほら、うちって体操部とかあったじゃん。結構男子は通っていたぞ」
「うわー。変態ばっかりなの?」
「変態じゃねえよ。高校生の男としては正常進化だろ」
「あーまぁ、そうかなあぁ」
そんなことを話しながら、なんだか楽しかった。
「あの首だけで回る奴とか、怖くないの? グキッとか行きそうじゃない?」
「あーまあ、鍛えているし、気合いと根性だな。気合い一発で決めないと逆に怪我をする。ビビると駄目なんだよ」
「へー、かっこよ」
「だろ」
何を思ったのか、私はその日。吉田と連絡先を交換してしまった。何か懐かしさだけではなく、そう彼に惹かれた。
丁度、悩んでいた時だったので、少し変えたかった日常。
弱っていた心。
「女には無理なんだよ。力もねえし」
私の彼。
周りはジュニアからの人ばかりで、かなり苦労していたみたい。
私は遅れること半年。 大学に入ってできた彼氏。
でもその彼は、女だからと事あるごとに下に見る事がある。
祖母、母と旧家に伝えられる伝統が、きっと彼を蝕んでいる。
走行会とか、地方大会とかでちょろっと走ってもドンケツ。
皆は、鬼のように早い。
それでまあ、むきになってコーナーへ突っ込んだら、フロントをロックさせて引っくり返り、骨折。
そしてまた、女だからと、うだうだ言われて落ち込む羽目に。
「あーもうやめようか」
そうぼやきながら、吉田のダンスを見ていた訳だ。
バイクに乗るのは、結構好きなのよね。
でも、宏紀にうだうだ言われるのが、いい加減鬱陶しい。
女には、女だから、女のくせに……
「うざ……」
付き合い始めには、優しくて格好いいと思ったんだけどなぁ。
そうして、日曜日。
私は、なぜか四位を走っていた。
「表彰台に乗れば、女の癖にと言わないかも」
そんな事をぼやきながら、恐怖心と戦いながら突っ込んで行く。
前の人は、曲がり方が違う。
コーナーをまっすぐ走っている。
そう、深くまで突っ込んで、リヤタイヤが一瞬滑っている。
私は、あんな事など出来ない。
シケインの突っ込みで、なんとかすれば、何とかなるかも。
サーキットにはスピードが出ないように、クランク状になった所がある。
前の人は、一つ目を小さく周り、二つめを大きな孤を描きながら加速していく。
一つ目で追いついて割り込み、車体でブロックすれば、多分バイクの性能は変わらないはず。
限界を越えた突っ込み。
『ちょっとくらい無理をしなきゃ、天下無双にはなれないしな』
吉田は、笑いながらそう言っていた。
そう、でも限界を越えた突っ込みは、限界を越えたと言う事。
私は、タイヤが滑ってあわてたために、寝かせていたバイクが跳ね起きて投げ出される。そして空を飛ぶ。
バイクに乗っていて、最悪な転び方。
ハイサイドと言って、危険なのよ。
たまたまバイクは、自分の上に来なかったけれど、私は地面に落ちたとき、背中を思いっきり打って息ができなかった。
死ぬかと思ったわ。
「大丈夫ですか?」
オフィシャルさんの声が聞こえる。
エスケープゾーンに寝転がり、見上げた空は、とても青くて綺麗だった。
そう、私には判っていた。
もう限界を超していた付き合い。
初めての人だから、自身に言い訳をして付き合っていた。
だから辛くて、どうしようも無かった。
その晩、結構すっきりした気持ちで、宏紀に別れを告げる。
何かうだうだ言っていたけれど、ブチッと切り、着信拒否設定。アンドブロック。
布団の上でゴロゴロしながら、しばらく考えて……
私は、吉田の番号をタップした。
KAC20255 人間は考える葦である。人は弱いが考えて前に進む。 久遠 れんり @recmiya
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