忌み数

Bamse_TKE

忌み数

「あの夢を見たのは、これで9回目だった。」


 朝日が昇る中、ベッドの中で作曲家が呟いた。20年ほど前からとあるタイミングで必ず見る夢、この作曲家はその鮮明な夢を忘れたことは無かった。





たんと伝わる 昔の話






嘘か誠か 知らねども






昔々の 事なれば





誠の事と 聞かねばならぬ






 古来より縁起担ぎや故事にちなんで忌避される数字があるそうな。その数字には何の罪も因果も無いはずなのに、必ず避けられてしまう。そんな気の毒にも思える数字が存在するらしい。


 その数字は国や文化によってまちまち、よく知られているのはキリスト教圏における【13】という数字であるそうな。これは知らぬ者を探すのほうが骨が折れるほど、その由来も数字も有名であるとか。


 そのほかにも欧州では【88】という数字が嫌われ、一部の国では背番号などからも避けられる数字である模様。


 本邦にも嫌われる数字はあるようで、よく知られているのは【4】と【9】であろう。【4】は【死】に、【9】は【苦】に通ずると考え、忌み嫌う風習がある。【4】は漢字文化圏では【死】と同じ発音であることが多く、他国でも嫌われる。【9】は外国の漢字の読みでは【苦】にならないことから、嫌われているのは日本だけと言われているらしい。であるが日本以外にも【9】が嫌われる業界もあるとも聞く。





 冒頭の作曲家は汗にびっしょりと濡れたシーツからどうにか体を引き剥がし、先ほどまで見ていた夢を反芻していた。初めてあの夢を見たのは確か彼がまだ28歳の時、大成功の興奮冷めやらぬ中眠りについたベッドで彼はあの夢を見た。


 彼が産まれる前に亡くなった偉大なる音楽家、楽聖とも呼ばれるその人が彼の前でピアノを演奏し、彼に微笑みかけてきた。そこで彼は目が醒めた。


 その後30代で三回同じ夢を見た。正確には夢の始まりが一緒で、それから少しずつ夢のストーリーは進んでいた。かの楽聖はピアノの演奏を終えて立ち上がり、その次の夢では立ち上がった後テーブルにあったコップに手をやった。この夢は徐々に物語が進行するように、作曲家の彼には思えた。


 8回目の夢は彼が47歳の時、夢の始まりはいつもと同じ、楽聖が弾くピアノに始まり、そして今回はとうとう楽聖が彼の目の前まで来たところで目が醒めた。作曲家の彼はこれを警告であると信じた。【第九交響曲】を作ってはいけないという警告と。何故なら楽聖と呼ばれた偉大な音楽家は【第九交響曲】を書き上げ、大成功のまま初演を終えた二年後、その命を失っていたから。


 彼は次の交響曲からは【交響曲】という名前を消した。【第九】の言葉も使わなかった。そして新しい曲の初演は成功裏にその幕を閉じ、その夜彼の夢に楽聖は現れなかった。彼は【第九のジンクス】と呼ばれる、【第九交響曲】を作りその演奏会を開いたものは死ぬという、そんなジンクスを打ち破ったものと信じた。


 その後彼はジンクスを打ち破った安心感と新しい交響曲を作りたいという内なる衝動から、【第九交響曲】を作成する。そしてその初演を終えた夜、冒頭の夢を見た。楽聖は夢の中でしっかりと彼の肩に手を置き、そして彼の才能を称えた。


 夢から覚めた作曲家はため息をつきながら、楽聖からかけられた賛辞を反芻していた。そして確信した。この満足を得られたならば、我が人生に悔いなしと。





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