幕間 仏滅神殺の三つ巴―機天―

 続き

――――――――――――――――――――――

 時は【猟犬】が裂け目の中に消えた辺りまで戻る。


 【猟犬】が裂け目を開き中へと消えた事で標的を見失った【穢流】構成員三人は、立ち尽くす事無く、彼の仲間である【粉擬】等へと対象を切り替えて襲い掛かろうとする。


 鎖によって僅かな休息を得られた【Dr.アレク】が何をやってんだと呆れた様な表情で、【九頭竜】の三人が戦闘の為に構えて……唯一人・・・、其の存在に気付ける【蘇芳】が彼等の背後に出現した、空色の回転する歯車と魔法陣の合成図の様な其れを《門》にして現れた五人目・・・を見て瞠目する。


 其の人物は、特殊部隊の様な軍人の様な印象を受ける他四人とは異なり、黒と白を基調とした金糸の刺繍が施されたシスター服に赤褐色のペストマスクと云う戦場に似つかわしくない奇妙な出で立ちをしていた。


 手は白い長手袋、脚はブーツに包まれて完全に露出の無い其の人物の頭上には、現れる時に出現した空色の複雑な紋様の歯車の様な【光輪ヘイロー】を冠し、伴う様に浮かぶ大小様々な歯車が機械的に回転している。


 【蘇芳】の他に、【穢流】構成員を含めて五人目の存在に気付いた様子は無い。


 「あの三人の後ろに五人目が出て来た!!何か鳥みたいなマスク着けて、水色っぽい魔法陣みたいなのある!!」


 【蘇芳】の五人目の登場を告げる言葉に、【粉擬】等三人に緊張が走る。


 【蘇芳】が五人目に向けて【FN SCAR-H PR】を発砲するのと、【穢流】構成員の前に、障壁の様に複数の噛み合う様に回転する歯車が展開されたのはほぼ同時だった。


 直ぐ目の前に展開された故に、【穢流】構成員の三人は止まる事が出来ずに、空色の歯車陣の壁に接触し、銃弾も同様に到達する。


 「「「イ、ガァアアアアアアアアアアアアァ!?」」」


 空間が回転する歯車に引き摺り込まれる様に渦巻いて歪み、銃弾は音も無く消失して【穢流】構成員は血飛沫一つ無く、断末魔の絶叫以外出す事無く摩り下ろす様に削られ消えていく。


 「「「アアァ……」」」

 「クッ!!【脱兎】下ろして!!」

 『分かったッ!!』


 【穢流】構成員の断末魔すらも削り去った歯車を顕現させた五人目は黙って佇み、展開していた空色の歯車の障壁を消失させる。


 【蘇芳】は撃ち切った弾倉を素早く換装すると、【脱兎】の肩を叩いて背中から降りる。


 【FN SCAR-H PR】を構えて一歩右へと移動して気付く。


 (見られているッ!!)


 ペストマスクの曇ったレンズに遮られて見えないが、確かに視線が自身に向いている事を直感的に感じ取る。


 引き金に掛かる指が無意識に力が籠もる。


 後少しで銃弾が発射される迄動いた指が、鼻を衝く死臭によって止まった。


 自身の前に死臭と黝い靄を漏らす裂け目が開いていく。そして、五人目にとって其れは最も優先すべき対象だったらしい。


 裂け目へと空色の歯車陣が展開されて、其の隙間を無理矢理こじ開けようとするかの様に縁を削りながら回転する。


 裂け目の中で何かあった事を示す様に突如として、【イゴーロナク】と【手取り足取り】を縛る【特異】の鎖が砕け散り、破片が空気に溶ける様に消えていく。


 歯車の回転によって削り広げられる裂け目から黝い靄の流出が止まり、【蘇芳】は先程の鎖の消失を含めて嫌な予感を覚える。


 其の時、ゾクリと背筋を震わせる様な怖気が走り、裂け目の奥から尋常ではない気配、其れこそ【イゴーロナク】の比では無い程に強大な存在が突如として顕現した様な、具現化した死の気配を本能が察知し、戦場では致命的な硬直を【蘇芳】に与える。


 同時に裂け目が黝い靄となって輪郭が崩れる。然し、其れは霧散して消えるのでは無く、寧ろ何処かから新たな靄が供給される様に其の量を増大させていき、噴き出す様に溢れ出た黝い靄が【蘇芳】と五人目の間に渦巻く様に滞留し濃度を増していく。


 気配を感じる。其れは先程感じた死の化身の様な存在の残滓に近い物にも思えるが、其れ以上に短い時間とは云え、協力者として共に行動していた男の物と何となる理解していた。


 靄が右側だけ晴れる。其処には、左半身を纏う靄と同質の人ならざる存在の物へと変異させた【猟犬】が、五人目に立ち塞がる様に悠然と立っていた。

――――――――――――――――――――――

 【猟犬】は、裂け目から抜け出る為に靄化させていた身体を右半身だけ元の人間の物に戻しながら、侵度が深まった黄金の眼でエントランス内を一目で一望する。


 (【穢流】3ロスト、恐らく死亡。【イゴーロナク】と【手取り足取り】の拘束解除。味方4生存。【Dr.アレクアイツ】は動いている。【九頭竜】の行動。そして――)


 120°以上の角や曲線で囲われた空間や、魔術的保護が施された場所を除き、一定範囲内の全てを死角無く目視出来る【ティンダロスの眼】がエントランス内の状況を一瞬で【猟犬】へと伝達する。


 「【白瀬】、五人目は何処に居る?」

 『目の前、正面!!』


 【猟犬】は【蘇芳】の二言を聞き、人の物へと戻った安全靴が床を打つと同時に、深く身体を沈めて床を蹴り、黝い靄を背後へとたなびかせて前へと飛び出す。


 五人目は【猟犬】の直前の問い掛けから、自身を捕捉出来ていないと判断して真っ直ぐに突っ込んでくる【猟犬】の進路上に空色の歯車を歯を並べて展開し、次に自身を唯一視認出来る【蘇芳】を排除しようと【猟犬】から意識を外す。


 「《間開の路引き》」


 【猟犬】を挟む様に黝い靄の轍の如き二条の直線が真っ直ぐに奔り、空色の回転する歯車の歯とぶつかる。


 無理矢理空間を左右に開き進路をこじ開けようとする力に抗っている事を示す様に、ガリガリと削り軋む音を立てる空色の歯車は、然しこのままであれば回転が減衰しても、空間諸共に触れた物を削り去る壁としての役目を果たして【猟犬】を迎え撃つだろう。


 だから繋げる・・・・・・


 「……【Roll pray祈り転がせ】」


 呟く様な言葉と共に【猟犬】の左脚が床を強く打つと、足元から黝い靄が湧き水の様に噴出する。左右に奔る路の境界によって内部に留められた黝い靄は、瞬く間に【猟犬】の姿を覆い隠す程に溢れて路の中を満たす。


 煙幕の如く溢れた黝い靄を留めていた路を開く轍が歯車に、存在を維持する耐久値を削り取られたかの様に、直線から噴き上がる靄が勢いを急速に落として内部の靄が外へと漏れ出す。


 まさか歯車に気付かずにやられてしまったのか!?と焦る【蘇芳】とは対照的に、当然だろうと思考から【猟犬】の存在を消そうとして、――直後に微かな違和感を覚えて引き戻す。


 歯車に到達するには速度と距離の計算が合わない。


 気付かずに加速して自滅した?

 ――否、一度権能を見た以上はよほどの愚者でも無い限り、普通は警戒する。


 《魔術》を解除して左右どちらかに進路を変えた?

 ――否、視覚情報に其れらしい存在は見えていない。靄に紛れるにしても、其れらしい動きは……?


 五人目の違和感が強くなる。


 溢れ出る靄の流出が止まっていない。立ち止まっている?だとすれば、中で何をしている?……もしや、身を隠すだけの・・・・・・・煙幕では無い・・・・・・……?そもそも、発生源は……ッ!?

 

 ――カラカラカラン・・・・・・・


 五人目の■■■脳内にけたたましく警鐘が鳴り響くと共に、発生源が・・・・不明の固く軽い・・・・・・・小さな複数の面・・・・・・・のある物が跳ねて・・・・・・・・転がる様な・・・・・音が二つ聞こえた・・・・・・・・


 音が止まると同時に、【00・・と云う数字が・・・・・・イメージとして・・・・・・・浮かび上がる・・・・・・


 焦燥に駆られるままに袖から伸びる両腕を鴉の様な黒翼に変化させて飛び上がった五人目は、上から黝い靄の中にいる筈の【猟犬】を見付けようと眼を凝らして、――其の奥に潜む【何か・・】と眼が合った。


 無尽蔵の憎悪と殺意を湛えた群青・・の磨き上げられた宝玉の如き双眸が、見下ろす五人目を視線で刺し貫く。


 其の下で割れた弧を描く赫は、見据えた獲物を噛み砕かんとする飢えたる捕食者の顎から覗く口内だと、吐き出される息に流される靄が伝える。


 五人目はエントランスからの離脱を選択しようとして、エントランスを封鎖する結界を思い出して即座に其れを破棄して次善策を考えて――。


 ――カラカラカラン。


 再度、何かが転がる音が鳴る。


 ――ピシ、パキ、ガシャァン!!


 奥に恐るべき脅威が覗く煙霧から五人目の周囲の空間へと高速で亀裂が奔り、直後に大量の硝子が同時に割れる様な音を立てて破砕する。溢れ出す黝い靄を内から貫き現れるは、五人目へと収束する弾雨の包囲。


 五人目は全て受けては堪らないと身を捩り、翼で胎児の様に丸めた身体を包み落下する。


 ――カラカラカラン。

 ――カラカラカラン。

 ――カラカラカラン。


 転がる音が幾つも鳴り響く。其の度に自身が向かう未来への分岐する道筋が一つ一つ断ち切られて強制的に一つの結末へと進まされている様な予感を感じていた。


 視線が己から離れた瞬間を、黝い靄の中から虎視眈々と見ていた者は見逃さない。


 瞬間、擦れる空気が鳴らす音すら貫き、口内から放たれた赫い一撃が一直線に伸びる。


 当然、五人目とて隙を見せれば靄の奥に潜む存在が動く事は理解していた故に、自身を転移させる為の歯車を真下に展開し、直ぐに起動する様に力を込めて活性化させる。


 が、背後に空間が開く気配が発生すると同時に、狙いすました様に歯車諸共空間が歪み砕け散って破片の中を通り過ぎる。


 其れはさながら踏み出した先にある筈だと思っていた段差が存在せずに虚空を踏んだ様な、想定外の事態が起きた事で、五人目の思考に一瞬の空白が生まれる。


 捕食者は獲物のそんな間隙を突く様に放った物――先が鋭く細長い舌が軌道を曲げて、身を包む黒翼を容易く貫いて胸部を正確に穿つ。


 貫通して背中から抜けたりはしない。何故なら、其れでは意味が無いから・・・・・・・・・・・


 【ティンダロス】の種族にとって、舌とは敵対者の急所を貫き仕留める武器では無い。脅威、或いは目障りは虫螻を排除したいならば肉体を構成する腐毒や爪、《魔術》等を使って叩き潰せば良い。


 では何の為の物かと答えれば、【ティンダロス】にとって舌とは獲物の精神の根源と血液を啜る為の捕食器官である。


 胸部を突き刺す管状の舌が、落下した事で狙いが外れた銃弾の一部が身体の端を穿ち抉られた五人目の■■■心臓から容赦無く精神の根源を吸い上げる。


 精神を吸われると云う魂の総量を簒奪される行為による欠落の感覚に不快感を覚える間もなく、背部に回していた黒翼を深く抉られる激痛が、五人目に別の脅威の存在を■■■に伝える。


 五人目は胸を刺す舌から精神を貪られ、背部から首を掴まれた状態から脱却する為に思考し、同時に支援を求めて主人・・へと思念を飛ばす。


 果たして返答は来た。――『殉じようとも自らで己が使命を果たせ』と。


 其れは■■■■を前提に目的を果たせと云う命令。或いは、捨て駒として切り捨てると云う宣言。


 五人目は、【天空:空間】と【虚色:隠鴉】と云う二つの権能を所持している。


 が、其の片割れたる【虚飾】と【色欲】の混合の系譜である【虚色:隠鴉】は一言で云うならば【ステルス能力のある鴉になれる】と云う物故に、エントランスと云う高さはあっても閉鎖空間の中で更に完全に捕捉されている時点で殆ど無意味である。


 ではもう一つの主能力でもある【天空:空間】はと云うと、逃走の為に使うには外部に逃げようにも三方の鳥居によって空間が封鎖されている上に【猟犬】が首を掴める程に間近にいる故に振り払わない限り一緒に移動してしまうし、攻撃しようにも座標指定・・・・による設置・・・・・と云う仕組み故に下手すれば自らの能力で自爆する恐れがある。


 然し、五人目は最後のリスク・・・・・・を許容した・・・・・


 捨て駒?問題無い・・・・。些細な事だ。


 ――【全ては■■■■の崇高な御意志の為に】


 精神が抜け落ちる事で自身の存在が矮小化していく様な感覚の中、頭上の光輪の回転が歯を視認出来ない程に加速させる。


 頸に鋭い痛みが襲い、僅かに視界が上がると、其のまま自分の意思とは関係なく視界が回る。


 (首を斬られましたか……)


 回る世界の中で、胸を細長い赫い舌で刺された脱力していく首の断面から・・・・・・人工血液を零し・・・・・・・無数のコードが覗く・・・・・・・・・身体と、其の背に乗る黝い靄を纏う人間である事を捨てた男を一瞬の間に視界に捉え、近付く、されど未だ到達していない死が己を捕らえる迄の今際で最期の権能を発露させる。


 間もなく、五人目は死ぬし、当初の目的である【【手取り足取り】の奪取】は最早諦めざるをえないだろう。嗚呼、忸怩たる思いだ。


 だから、奪取諦めよう。


 は喰わせた。そろそろ目覚める筈だ。後は結界を壊し、邪魔者共を――。

――――――――――――――――――――――

 因みに、両陣営共にエントランスでの戦闘によって立てていた作戦や計画が破綻した結果、其の残骸を即興で集めた付け焼き刃で殴り合っている状況。


 後、【猟犬】は最初はちゃんと【蘇芳】の側で五人目と戦う予定だったが、あの裂け目への攻撃で相手が【天空】関係の能力と認識して、直前潰す方向に切り替えた。


 ・五人目こと、【機天教団:端末】

 :【機天教団】と呼ばれる組織の末端で、組織の忠実な駒。


 【虛號部隊】や【穢流】とは違い、正式な能力の一部を行使する権利の譲渡によって力を得ており、其の象徴が【光輪ヘイロー】である。……が、質が悪いのが【光輪】に洗脳効果が付与されており、其れによって忠実な駒としている。


 又、最悪なのは、【死んでも使われる】事であり、五人目の場合、二人の駒の屍体を継ぎ接ぎ、機械で補強した上に、【光輪】にAI的な思考能力等を与えて付与している正真正銘の傀儡である。


 因みに、【虚色:隠鴉】は元々生前の二人が持っていた能力の名残が混ざった物。


 【穢流】と協力している理由は利害の一致と、首にナイフを突き付けられているレベルの脅威を持たれているから。

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特事課業務記録書 銀闘狼 @MementomoriR

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