第二話 年に一度のお祭り

 工場跡と思しき、山中の廃墟。

 砂利を踏みしめる音が、鋼製の折板屋根の下で反響した。


「お久しぶりで~す」

「一年ぶり!」

「元気そうじゃん」

「久しぶりね」


 口々に返事した者たちを、月の光が照らし出す。

 その数、数十――――いや数百。

 いずれも、この場には似つかわしくない装束をしていた。

 と、今やってきた若い女が、その内の一人に声をかける。


「羽布団、売れてるみたいで良かったで~す」

「私の機械は完璧。そのために開発したからね」

「あ、先生が去年言ってた予想ど~りでした。ウチのボス、マニュアル読まずに捨てたそ~です」

「ほらね。たかが布団と軽んじる心理よ」


 腕組みをする美女の、深紅のロングコートが風に揺れる。

 一方、若い女は口を尖らせた。


「だったらなんで、あんなマニュアルを同梱してるんです~? 油断させといた方がラクでしょ~」

「知らせようとした、という事実が重要なのよ。読むか読まないかは個人の勝手」

「どういう意味です?」

「人間のやり方に合わせているの。宣戦布告なしに攻撃したら、私たちの汚点になってしまう」


 諭すような声色の美女。

 対して若い女は、ブンブンと頭を横に振る。


「ぬるいと思うけどな~ 私たち、羽だけじゃなく命まで――――」

「生まれ変わらせてもらった時に聞いたでしょう。復讐心に駆られず、怖がらせるまでで留めるように、と」

「覚えてますよ。ウチらの最高神かみさま、ノンキだな~って思いましたもん」

「殺戮をすれば同類まで堕ちる。お互いに敬意をもって、共存する事が目標」


 その時、一人の美丈夫が動いた。

 指についた岩絵具を落としながら前に出る。


「いい人達もいるよ」

「入谷さん、裏切りですか~」


 目の据わった若い女に、彼は背後から大きな袋を取り出した。

 そして繊細な手つきで封を切っていく。


「違うよ。例えば、これを作っている人」

「ひなあられ? ペレット状とか……前世の食事に引っ張られすぎてません?」

「皆も食べてよ。七代続く老舗だけある」


 しかし誰も手を伸ばそうとはしない。

 様子を見かねてか、袋を持った彼が周囲に呼びかける。


「ここの店主は信心深い人でね、殺生も極力しないようにしているのだとか」

「鶏は?」

「食べないって」

「じゃ~味方か~」


 と結論付けた若い女。

 以降しばらく声は途絶え、あられを頬張る音だけが廃墟内に鳴っていた。


「種に関係なく、良い奴も悪い奴もいるってことだよ」

「ほとんどは優しいわ。仲良くできるのが最善ね」

「でも~ いつになったら神さま、出てきてくれんだろ~」

「たしかに。そうは言ってても僕も、早く元の姿に戻りたいよ」


 若い女と美丈夫の愚痴を皮切りに、周囲の人影もつぶやき始める。

 騒然となった空気の中、赤いコートの女がたしなめるように声を張った。


「それもこれも最高神が決めること。私たちはできることを続けましょう」


 まるで鶴の一声。

 静寂とともに、群衆の心が一つにまとまる。


「じゃあまた来年、この場所で」

「閉会しましょう。ご唱和ください」


 全員が大きく息を吸う。

 そしてタイミングを合わせ――――


「「「トリ最高神の降臨まで、共に!」」」




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そして一つの線になる [KAC2025-5] 咲野ひさと @sakihisa

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