小さな妹は布団の上で天下無双

渡貫とゐち

三題噺「天下無双」「ダンス」「布団」



「あははははははははははははははっっ!!」



 五歳になったばかりの妹が、天井へ伸ばしたおれの足の裏でくるくると横回転している。

 もちろん、おれが妹のお腹を回しているからだが、その勢いを利用してさらに回転しているのは妹のセンスだ。


 ……下が布団だから落ちても怪我はしないとは言え……、しないよな?

 でもこの勢いで落ちたら怪我をしなくとも首をゴキっとやりそうな気がする……。

 兄として怖いよ。


 回転数が多過ぎて、残像が見えている。

 真下から見ると妹の顔が同時に何個もあるように見えていた。手持ち扇風機の羽を回すと文字が浮かび上がってくるあんな感じにもなってるし……。

 もうそろそろいいんじゃないか?

 台所からこっちを覗く母さんが、心配そうにおれたちを見守っていた。


「なあ、もう気は済んだ?」

「まだーっ!!」

「なにが楽しいんだかなあ……回転してるだけじゃん」


 でも、子供からすればそれが楽しいのだろう。

 妹は笑って、はしゃいで、これをダンスと言い張っているけれど、ダンスじゃないよ。ダンスって言っていいのかこれ?

 確かに、フィギュアスケートやブレイクダンスの回転と同じと言えばそうだけど……。


 地上でも氷上でもなくおれの足の上という舞台を認めれば、妹が魅せていることはダンスとも言える。言い張られたら否定もできない。

 ダンスでなければじゃあこれはなんなんだと言うしかない。回転数を上げればこのままおれと妹が浮かび上がるわけでもなく……、なのでプロペラとも言えないわけだ。


「あははははははははぁっっ!! にーちゃーんーっ大好きーっっ!!」

「…………速度上げる?」

「うんっ!!」


 妹におねだりされたら無視するわけにもいかなかった。……だってさ、拒めるか? 妹が「にいちゃん大好きっ」と笑顔で言ってきて「おねがいおねがい!」とおねだりしてきたら教育上よろしくないとしても手を貸したくなるだろう。

 妹がいれば分かるはず……歳が近いと険悪になりがちだけど(クラスメイト調べ)おれたちのように十歳も離れていれば喧嘩にもならない。

 妹相手にガチ喧嘩は大人げないな……それ以前に兄貴失格だ。


 妹が笑顔になれるなら、足を止める必要はない。



 ――毎日、布団の上で妹はダンスを踊っている。

 布団の上というかおれの足の上で、だけど。


 そして、ダメだと言ってもおれの胸板に乗っかってきて両手をおれの首に回し、耳元でぼそっと「おねがぁい」と甘ったるい声で言ってくる妹には、誰も勝てない。


 おれも、母も、父も――――まさに、今の妹は天下無双だ。



 今夜もまた、妹がやってくる。


「にーちゃん、またおねがーい」


 ……ったく、今日だけだからな?




 …おわり

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