あの夢を見たのは、これで9回目だった。

@ns_ky_20151225

あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 まるで『九マイルは遠すぎる』みたいな文だな、と思った。だから真似をして考えてみた。

 まず、『9回目』(なお、小説中の文としては九回目という表記のほうがいい)と限定している。二、三回とか七、八回ではない。しかも九はゴサンパチなどと違って適当に出てくる数字ではない。きちんと数えていたんだろう。

 次に、『あの夢』とある。『あの』はいくつかあるうちの一つを限定している。だからこの人物は夢を記録に取っていたと考えても不自然ではない。記録していたからこそ、『あの夢』が『9回目』と分かったのだ。

 また、回数の前に『これで』と付いている。この『これで』は含まれる意味が少しぼやけている。この文の表す時は、夢を見て起きた直後とも、記録している時だとも言える。

 ただ、起床直後だと『9回目』がやや不自然になる。いくら夢を記録していたとは言え、目を覚ましてすぐ、『あの夢』の回数をカウントできるだろうか。だから『これで』は記録をつけ、前の記録と照らし合わせて数えた時だと考えていい。つまり冒頭の文を思った人物は、ノートでもパソコンでもスマホでもなんでもいいが、そういう記録できるものを目の前にしている状態だ。


 ここで『夢』について考える。これがいわゆるdreamを指してるとは限らない。そういう名前とか、そう呼ばれてるなにかとも考えられる。

 昔Eテレの番組で、『音楽ファンタジー ゆめ』というクラシック音楽を使った短編アニメ番組があった。この文の人物はその話をしている可能性もある。つまり、『あの(曲を使った)夢(という番組)を見たのは』(なお、ゆめ、と、夢は表記ゆれ)としても成り立つんじゃないか。Eテレの番組にはかなり濃いファンがついてるので、この人もいちいちこの曲が何回と数えていたとしてもいい。


 ただ、どんなふうに考えても、『これで9回目』とあるので、なんらかの記録をつけていたのは間違いない。心理学で短期記憶の限界としてマジカルナンバー7±2と言うが、九はちょうどその上限にあたる。しかも文の状況からして短期ではない(短期なら『これで』とか『だった』とか書かないはず)。ゆえに記録していないとは考えられない。


 さあ、結論だ。この文から確実に言えることを導こう。


“この人物はなにか記録できるものを目の前にしている。”


 終わり。

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