この夢を見るのは、10回目だったろうか。
藤光
この夢を見るのは、10回目だったろうか。
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
毎年、春になるとやってくるあの夢はもちろん、わたしが小説家となって本を出版する夢である。枕が涙で濡れていて、わたしは今年もあの夢を見たことを知った。
わたしが小説を書きはじめたのは、9年前の春だった。これまで小説など書いたことはなかったし、学校でも作文の課題は大きらいだったけれど、わたしは小説家になれるという根拠のない確信があった。
わたしをばかにしたり、いないもののように扱ってきた学校の先生や同級生、職場の同僚たちを小説家になって見返してやる。書店でわたしの著作を見つけた時の彼らの顔を想像するだけで胸のすく思いがした。
1年経ち、2年が経ってもそれは夢のままだった。この頃のわたしは小説家になるのは簡単ではないと気づいていた。ただ、自分が小説家になれるという確信は揺るがなかった。
3年目、4年目と月日が経つうち、わたしの夢はかすみはじめた。自分ではよく書けたと思う小説が思ったより評価されない。自分がおもしろいと感じる小説が、そうでもないと評価されるのは、直接ばかにされるよりもっとみじめだと知った。
5年目、6年目。同じサイトで小説を書いてきた仲間たちが次々と本を出版した。同じ夢を見てきた仲間たちが夢を叶えていく様子を見るのはほんとうにうれしかった。書店で仲間の本を見つけたときの誇らしさはなんと言い表せばいいだろう。
7年目、8年目。わたしのみる夢は変わらない。わたしはいくつも年をとり、時代も移り変わっているのに、わたしの夢は変わっていなかった。わたしは自分が時代においていかれたように感じていた。それはわたしの夢が遠くなってゆくことを意味していた。
9年目。わたしは相変わらず小説家にはなれず、冴えない会社勤めを続けるただの人である。いまのわたしではない何者かとなる夢は、わたしが年を重ねると共に遠のいてゆき、9回目の今年となってはおぼろげな輪郭を残すだけである。来年の10年目には、いったいどんな夢になっているだろう。まだ夢を見続けているだろうか。それとも二度と夢を見なくなっているだろうか。それは夢を叶えたからだろうか。夢を見れなくなったからだろうか。
この夢を見るのは、10回目だったろうか。 藤光 @gigan_280614
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