雑踏を抜くトリ

安座ぺん

雑踏を抜くトリ

 人混みを歩くのって難しい。出勤ラッシュ時、大勢の合間をぬって通りを進む。ぶつかりそうになるし、時には実際にぶつかる。

 人を避けるのにはコツがあるのだ。紹介したい。一つは、進行方向にいる者の爪先で、相手の進む先を確認すること。あちらが避けようと意識してくれているなら、足先は右か左にずれる。まっすぐこちらを向いていたら、避けなければぶつかる。

 あとは、すれ違う地点を推測して、その付近にある街路樹などの障害物を確認すること。そこの道が狭くなっているようなら、歩くスピードを調整して地点を変えるのだ。

 そこまで考えないと、私はうまく道を歩けない。


 だから、人を躱して歩くのが異様に上手い人を見つけると、羨ましいなって思う。彼らは、右に左に人の間をすり抜けて、踊るように歩を進め、大きく弧を描いて宙を跳び、雑踏を抜く。


 私は彼らのことを勝手に、トリと呼んでいる。初めて見た時は、妖精に違いない、と思ったのだけれど、小太りのおじさんがひょいと大ジャンプするのを見て、その言葉は相応しくないと考えを改め、妖怪とか天狗とか色々思案した末、トリに落ち着いた。

 トリには色んな種類がいるから、若い女性ならハクセキレイの化身みたいだし、太っちょの男性は雄鶏、一度だけ見かけた妊婦さんはコウノトリ、とどんな風貌でもしっくりくる。


 今日もいる。トリの降臨だ。若い男性が、切羽詰まっているのを察せる勢いで、電柱を足がかりに人々の頭上をひとっ飛びした。

 どうやっているのか、気になりつつも目で追うに留まる。スマホで検索してみても、「やたら人混みを避けるのが上手い人がいるけど、あれなんだろうね」という雑談くらいしかヒットしない。

 捕まえて聞いてみたい気持ちはあるが、見かけるトリは一人残らずすごく急いでいるから、そうするのは忍びない。


 きっと、選ばれし人間だけができる軽業なんだろう。でも、追い詰められたら、火事場の馬鹿力的に発揮できたりするの?


 そんなことを考えながら、首だけ振り向いてトリの男性を目で追った。その背中はもう随分と小さくて、本物の鳥に見えた。

 羨ましいけれど急ぐのも苦手だから、私は自分のやり方で道を踏んで、人を避けて歩いていった。

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雑踏を抜くトリ 安座ぺん @menimega

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