さあ、妖精の国へ

東雲弘治

第1話

 あんまり太くない木の枝に足を乗せる。揺れて落ちそうになり、ぼくはうつ伏せになって枝にしがみついた。

 下ではともだちのコウタが心配そうに見上げている。

「危ないよぉタケルくん!」

「だいじょうぶだって、あとちょっと……」

 ぼくは右手を伸ばしてボールに触れる。枝の先の方でひっかかっていたボールがとれて、コウタくんの足下に落ちた。

 やった、と思った瞬間、べきりといやな音。枝が根元から折れてしまう。

「うわっ!?」

 ぼくは地面に背中から落ちてしまった。すごいショックが来て、息が止まりそうになる。

「だ、だいじょうぶ!?」

 ボールを抱えたコウタがあわてて近寄ってくる。

「平気……、それよりボール取れてよかったね」

 コウタを心配させたくなくて、痛くないふりをしたけど、本当はとても痛かった。

「……タケルくんは勇気があっていいなぁ」

 ぼくはその言葉を聞いてうれしかった。

 勇気。

 アンパンマンやライダーみたいになりたい。そう思ったぼくは困っている人を勇気を出して助けようと決めていた。

 それからコウタとボール遊びをしていたら、5時のチャイムが鳴ったので帰ることにした。

 夕日でいっぱいのオレンジ色の帰り道。ぼくは電柱のかげに何か光るものがあると気づいた。

 気になって近づくと、そこにはお人形が落ちていた。見た目は女の子だけど、背中からは4枚の羽根が生えていて、それが夕日できらきらと光っていた。

「誰かの落とし物かな……」

 ぼくは、仰向けに寝ていたそれを拾い上げて手に乗せた。サイズはぼくの手のひらと同じくらい。緑色の布に穴を開けて頭から被ったような服を着ている。

 この前動画で見たピーターパンに出てきた妖精みたいだ。

 長いまつげの下の目は閉じている。と、その目がゆっくりと開いた。

「うわっ!? 生きてる!?」

 お人形は立ち上がろうとしたけど、つらそうな表情で座ってしまった。

(た、たすけて……みんな、あいつに殺されてしまう……)

 頭の中に声が響いてくる。びっくりしたけど、その声は鈴の音みたいでとってもきれいだった。

 それに、聞こえてきた内容が気になって仕方なかった。

「殺される、って……誰に?」

(魔王オーベロンが、妖精の国を襲って……私は逃げられたけど、うぅ……っ)

 その話を聞いて驚いた。ぼくの手のひらにいるのは、本物の妖精なんだ。

「名前はなんていうの?」

 すると、妖精さんはぽかんと口を開けたまま固まってしまった。伝わらなかったとかと思って、先に自己紹介する。

「えっと、ぼくはタケル。妖精さんのお名前は?」

(ん……名……、きの、キノセーよ……)

「キノセー、妖精の国ってどこにあるの? ぼくが行って魔王を倒してあげる!」

 こんなに小さくて可愛らしい妖精さんをいじめるなんて許せない。ぼくが守ってあげなくちゃ。

 キノセーは少しだけ笑顔になると、ぼくの頭の中へ嬉しそうに話しかけてきた。

(タケル、あなたは……勇気があるのね。わかったわ。案内するから私の後をついてきて)

「わかった!」

 キノセーがきれいな羽根をはばたかせ、ふわりと浮き上がる。飛んでいく姿にちょっとの間だけ見とれていたけど、すぐにキノセーの後をついていった。

 おっかけているとき、ぼくの胸はずっとドキドキしていた。

 ぼくもヒーローになれる。悪いやつをやっつけて、困っている子を助けるんだ。

 そうして着いた場所は、コンクリートの崖だった。下は少しだけ坂になっているけど、ほとんど垂直だ。へりに立っているだけでも落ちそうで怖い。下を走っている車がミニカーみたいに見える。

「ほ、本当にここ……?」

(そうよ。私はこの下から出てきたの。見えないけど、空中に妖精の国への入り口があるのよ)

 ぼくの住んでいる地区は、元々は山だって学校で習った。だから、こういうすごく高いところがある。

「いや、でも……」

 足がガクガクと震える。木から落ちただけでも、すごく体が痛くなった。

 これだけ高いところから落ちたらきっと、すごくすごくすごく痛い。

 ごくり、とつばを飲み込む。後ろに下がろうと足が勝手に動く。

(どうして行かないの……? わたしたちを助けるのは、ウソだったの……?)

 だけど、ぼくの顔の横で不安そうに見つめてくるキノセーを見ていたら、勇気がわいてきた。

「待っててね、キノセー! ぼくが絶対みんなを助けてあげるから!」

 ぼくは足を踏み出す。そして宙へと跳んだ。

 まばたきする間に、一気に地面が近づいていく。

 そんなとき、耳元でキノセーが──絶叫した。

 鈴の音じゃなく、和太鼓みたいなガァンと頭を揺らすような声で。


「我、木の精なり──汝、我が痛み思い知るべし!」


 何のことを言っていたのか気づいたときにはもう、遅かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さあ、妖精の国へ 東雲弘治 @sauto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ