万里と英琉の放課後ミステリー

棚霧書生

光る鳥の妖精を追え!

 給食を食べ終え、休み時間に入った相川万里あいかわばんりは図書室で借りた文庫本を読むために机の中に手を入れた。本の在処を手探りで探しながら、ぼんやりと窓の外を眺めた。昨日は春の突風が吹き荒れて時折、雨も降っていた。だが今日は青い空、白い雲、輝く太陽の三つがそろっている。ドッジボールなどの外遊びをするのには最適な天気だった。事実、校庭では多くの生徒たちが楽しそうな声を上げて走り回っている。

 しかし、万里は当初の予定どおりに本を読み始める。天気が良かろうが悪かろうが、相川万里は好んで校庭で駆け回るタイプではなかった。小学校低学年の頃は、万里も自分自身の性質を理解してはいなかったので、中休みの時間に校庭に出て遊ぶこともあった。だが、この春に最高学年の六年生となった万里は頼まれでもしないかぎり、外に出はしない。ドッジボールも氷鬼もそんなに好きではなく、こうして教室内で静かに小説を読むのが万里の性に合っていた。

 しおりを挟んだページを開き、さあ物語の世界に入ろうかというところで、慌ただしい足音が万里の席のほうへと向かってくる。

「バン、ビッグニュースだよ! 略して、ビッグバンだよ!」

「俺の名前とビッグニュースを一緒くたにしたうえで略す意味ある?」

「ビッグバンって響きがカッコいいよね!」

「宇宙の始まりだかんね。そりゃカッコいいんじゃないの」

 万里は開こうとしていた本を閉じて、友人の佐原英琉さはらえいるの話に意識を向ける。英琉が服を後ろ前に着ていることに万里は気づいたが、よくあることなので指摘はしなかった。

「ビッグニュースってやつの中身を教えてよ」

 万里は英琉が興奮気味になって持ってきた話をまず聞きたかった。今までの経験からすると通学路に大きなカマキリがいたとか、近所の人が犬を飼い始めたとか、それくらいのスモールニュースを英琉は一大事のようにビッグニュースにして報告してくるのが常だった。そして、相川万里は佐原英琉ニュースキャスターの大げさな語り口を結構気に入っていた。

 英琉は人差し指を上に向けて、バーンと拳銃を撃つマネをしながら言った。

「良いニュースと悪いニュースがある!」

 先週の日曜ロードショーは洋画だったのかもしれないと万里は思った。

「良いニュースから聞こう」

「学校の裏山に妖精が出たらしい!」

「ふーん、妖精ね……。じゃ、悪いニュースは?」

「えっ? えー、えーと……学校の裏山に妖精が出たらしい!」

「良いニュースと悪いニュースの内容、まるっきり同じじゃん……」

「物事とは表裏一体なのだよ、バンソンくん」

「誰だよ、バンソン」

 万里は頬を緩ませた。英琉は雑ななりきりのまま話を進める。

「つまりだね、裏山に妖精が出た。これは良いことでもあり、悪いことでもあるのだよ、バンソンくん」

「良い面と悪い面をそれぞれ言ってみ」

「…………つまりだね、うぅーん、妖精はいたら面白いけど、でも、まだいるってわかったわけじゃないからいなかったらガッカリかな〜」

「グダグダだな」

「頭よさそうに喋るのって難しいんだよ」

 英琉が不服そうに腕を組んで、そっぽを向くポーズをとったが、次の瞬間には目を輝かせて万里の顔をのぞき込んでいた。

「妖精さがしに行こう、バン!」

 勢いよく前のめりになった英琉のおでこと万里のおでこがぶつかる。頭突きをかまされる形になった万里は、痛むおでこを擦りつつ文句も言わずに静かに頷いた。



「まずは聞き込み! これが捜査の基本!」

「ってのはわかるけど、なんで俺を盾にしてんの?」

 万里が英琉に連れてこられたのは隣のクラスであり、そこは英琉の所属するクラスでもあった。英琉のほうがホームであろうその教室で、彼は他クラスの万里を先頭にして、背中に隠れている。

「切り込み隊長だよ。僕はしんがりを務めよう」

「ああ、そう……。で、どいつに聞けばいいわけ?」

「僕の情報によるとあの子だよ」

 英琉が指さした先には、ピンクの服を着た女子生徒がいた。服の袖にはフリルのようなひらひらがついていて、長い髪を上の方で結んでポニーテールにしている。他の女子と談笑を楽しんでいるようで、こちらの視線には気づいていない。

「俺だってあそこに入ってくのは、結構勇気いるんだけどなぁ……」

 万里はぼやく。他クラスの女子に話しかけるなんてそうそうないことだった。男子が女子にわざわざ他クラスから来てまで話しかけるのは、小学校では一大イベントである。万里は妙なうわさが立たないよう祈りながら、自然さを心がけ、なんでもないことのように女子に声をかけた。

「ちょっといいかな」

 ポニーテールの彼女は一緒に話していた子の顔を見て、どうしようかな? と声に出さない相談をしてから、万里に視線を戻した。話してはくれるらしい。

「……なに?」

 不審に思っているのを隠さない応答に万里は少しだけ傷つく。

「妖精の話を聞きたい」

「やだ、誰から聞いたの?」

 彼女が不快そうに眉を寄せたのを見て、万里は後ろを振り向きそうになる首をなんとか正面でとめたままにする。

「まあ、誰ってか、誰でもいいじゃん。風のうわさだよ。君が裏山に妖精がいたって話をしてたって聞いてね」

「もううわさになってるの? 早っ! まだ昨日見たばかりで、ほとんど誰にも話してないのに……。ああ、見たって言っても、ちゃんと見たわけじゃないの。鳥と見間違えただけかもしれないし……」

「ふぅん、鳥に似てたんだ」

「形はそう、鳥っぽかった。ハトくらいの大きさで空飛んでたし……」

「なんでそれが妖精だと思ったん?」

「光ってたから」

「光ってた?」

「そう! 首のところがね、緑色に光ってて、変な鳥が飛んでるなと思ってたら今度は光が緑から赤に変わったの! そしたら、その鳥、急に苦しみだして、ふらふらして……最後には木の中に突っ込んでっちゃった」

「鳥が光るって聞いたことないし、ティンカーベルって飛べるし光ってるじゃない? だから、あれも妖精だったのかもしれないと思ったの」

「へえ、そりゃ不思議だね」

「あのぅ……」

 万里がポニーテール女子と話しているところに少し離れた席に座る眼鏡をかけた女の子が遠慮がちに話に入ってくる。

「その鳥、ちょっと前から学校でも見かけますよ」

「え、そうなの!? ちょっと私知らないんだけど!」

「す、すみません……」

 ポニーテール女子の大きな声に気圧されて、申し訳なさそうに眼鏡っ子は謝罪を口にする。女子にも色々なタイプの子がいるなと万里は感じた。

「学校でも見るって具体的にはどこで?」

「ベランダの室外機の上で見ることが多いです」

 万里の問いかけに眼鏡っ子が答えながら教室の窓のほうを指さした。

「はー、全然気づかなかったわ〜。首の光る鳥なんて珍しいんだから、見つけてたなら教えてよ」

「次から気をつけます……」

 交流がないところに会話は発生しないのだから、次もないだろうと万里は思ったが自分には関係のないことなので黙っておいた。

「なるほどね、よくわかったよ。ありがとう。ついでに、裏山のどのあたりに光る鳥が落ちたかも教えてもらえる?」

 少女たちから情報を聞いた万里は、教室を出たあと背中のくっつき虫を引っ剥がし、ちょっと恨みがましくにらんだ。

「全部俺に任せて、一言も喋らんとかズルくないか?」

「後ろを警戒してたから」

「英琉はあの子が妖精の話をしてたってどこから仕入れたん? 積極的に誰かに話してたわけじゃなさそうだったけど」

「朝のホームルーム前に友達と喋ってた」

「のを盗み聞きした」

「自然と耳に入ってきたんだ、盗んでないよ」

「まあ、そういうことにしとくか」

「疑いが晴れたみたいでよかったぁ」

 英琉が大げさな仕草で胸を撫で下ろす。

「確認なんだが、英琉は一度も彼女たちの言う光る鳥の妖精を見たことがないのか、同じクラスだろ?」

「ないね、僕がそんな面白いものを見つけてたらどうすると思う?」

「……俺に話しに来る」

「ザッツライト!」

 万里は自分の教室の席に戻るとノートの空いたページを開き、さっき聞いたことを書きとめながら、情報を整理する。

「彼女が妖精と思ったのは光ってたかららしいけど、なんでそいつは光ってたんだろね」

 万里は聞いたことを箇条書きにしたあと、簡単な鳥の絵を付け加えた。英琉は万里の筆箱から勝手に緑色の蛍光ペンを取り出すと、万里の描いた鳥の首に色をつけ始める。

「鳥の首に蛍がとまってたとか?」

 英琉は思いつきを口にしながら、鳥の絵のそばに「ホタル?」と書いた。

「あの裏山って蛍いるんだっけか?」

「夏はいるよ、今は……春だけど」

 自分で立てた仮説を自分で否定することになり、英琉はしょぼんとしながらホタルの単語の上に二重線を引く。

「妖怪話で鳥が夜に光って飛んでるのを見たって話がある、それは水鳥の体についたバクテリアが光って見えたんじゃないかって結論だったけど……」

 万里が言うのに合わせて、英琉が「妖怪トリの降臨か!?」とネットニュースのような煽り文をノートに書き込む。

「うーん、バクテリアだと……光が緑から赤に変わったのは? 僕たちが知らないだけで変色して発光することもあるのかな?」

「…………わかんね」

 万里も英琉もこれ以上頭をひねっても何も出てこないだろうと早々に見切りをつけた。ふと顔を上げると二人の視線がぶつかる。

「今日の放課後、家にランドセル置いたら正門前に集合だよ、バン」

「オッケー」と万里は食い気味に言った。

 万里は外遊びを好まないが、今日の妖精さがしのためなら放課後といわず今すぐにでも英琉と一緒に外へと飛び出したかった。



 太陽がゆっくりと沈み、あたりが夕焼け色に染まり始めた頃、万里は英琉に帰ろうと声をかけた。

「でも、まだ見つかってないよ! 僕まだやれます、やらせてください、バン隊長!」

「いつ俺が隊長になったんよ……」

「休み時間に切り込み隊長になったでしょ、もう忘れちゃったの?」

「アレ、英琉がムリヤリ任命したようなもんだかんね?」

「もうちょっとだけ探そうよ〜」

「暗くなると危ないからダメ」

「まだ暗くなってないよ」

「暗くなってから帰り始めるのは遅いの。明日また来よう」

「ええ……」

 つまらなそうに唇をとがらせる英琉を無視して、万里は帰り支度を始める。地面に置きっぱなしにしていた虫網を右手に、ハトくらいの鳥が入る大きさの空き箱を左手に持つ。

「英琉、帰んぞ」

「うぅ、妖精……」

 渋々といった体で英琉は万里のあとを追った。土を踏みしめながら、二人は山を下りていく。

「妖精つかまえたら、英琉はどうするんだ?」

「え?」

「色々あるだろ。ペットとして可愛がるとか、ユーチューバーに売り込むとか」

「あんまり考えてなかった」

「なんだ、つかまえるだけでいいの? キャッチアンドリリース方式?」

「つかまえたあと逃がすかはわからない。しばらく観察はしたいからね」

「ふーん。そういえばハトって……食べる国もあるよな」

「……バン、僕らが探してるのは妖精とは言っているけれど、鳥に似た未知の生物だからね? どんな病原菌を持ってるかわからないよ」

「冗談だよ。本気なわけないだろ」

「バンはときどきズレてるよね」

「そうかね。それ言うなら…………ん?」

 万里が途中で話すのをやめる。道の反対側から誰かがこちらに向かってきていた。

「あの人も妖精さがしか?」

 制服を着た男が、万里たちと同じように虫網を持って歩いている。その制服は万里たちが通う小学校とほど近い距離に校舎がある工業高校のものだった。男は歩きながら何かを探すように木の上の方をキョロキョロと見ている。

「こんにちは」

 万里が挨拶をすると男はビクッと体を震わせた。探しものに夢中で万里と英琉に気づいていなかったらしい。

「やあ、こんにちは……君たちも虫とり?」

「…………そうです。理科の宿題で虫の観察をしてました」

 万里はとっさに嘘をついた。妖精をつかまえに来たと正直に言ってもよかったが、六年生にもなって妖精がいると信じてると思われるのは微妙な気分だったし、日も沈みかけているので早く帰りたかった。

「そっか、暗くならないうちに帰るんだよ」

「お兄さんは?」

「僕は大人だから大丈夫だよ。僕の探しものは暗くなってからのほうが見つけやすいし」

「何を探しに来たんですか?」

「え、うーん……君たちと同じで虫だよ。暗闇で白い布に光をあてるとそこに虫がたくさん集まってくるんだ」

 万里は男に違和感を持った。男は虫網しか手にしていない。白い布もライトも虫かごも装備していなかった。自分と同じのように嘘をついているのではないかと感じて、万里は男をさらに追及しようとした。だが、後ろにいた英琉が万里の腕を掴んで歩き出したことでそれは叶わなかった。

「早く帰ろう。僕、疲れちゃったよ」

「……あぁ、そだね」

 万里は大人しく英琉についていった。英琉は裏山を下りるまでずっと難しい顔をしていて、万里は気軽に話しかけることができなかった。



 裏山から十分に離れたところで英琉はようやく万里の腕を放した。

「はぁ、怖かったね」

 ふぅと大きなため息を吐く英琉は明らかに疲弊していた。あの男子高校生と会ってから今の今までずっと緊張していたようだ。

「あの高校生さ、やっぱアレかな? ヤバいヤツ?」

 黙って歩いている間に万里はある推理を組み立てていた。おそらく英琉のほうはあの高校生に会った瞬間にそれを組み立て終わっていたのだろう。

「僕らの勘違いであることを祈りたいかな。証拠もないし。確定ではないよ」

「証拠なら……今度、室外機の上に粘着テープを仕掛けとけばいんじゃね? 常習犯ならそれで捕まえられる……って、あっ、初めからそうしとけば、わざわざ裏山まで探しに来なくてもよかったじゃん!」

「それは僕らが妖精の正体に気づいたから、そう思うだけだよ」

「たしかにそれもそうか。にしても夢なかったなぁ、妖精の正体が」

「「盗撮ドローンだなんて」」

 二人の声がそろったところで、万里と英琉はケタケタと笑った。

「あーあ、あそこであの人に遭遇しなきゃ、妖精いるかもって思えたままだったのに」

「まだ虫とりに来てただけの高校生って線は消えてないんだろ」

「まあでも十中八九、墜落したドローンの回収だと思うけどね。昨日は風が強かったし、にわか雨も降った。たぶん、故障かなにかでドローンのコントロールが利かなくなったところをクラスの子が見てたんだ」

「首のところが光ってたのは電気で動いてる機械だから。緑から赤に色が変わったのは状態の異常を示すサインってとこか?」

「室外機の上によくとまるってところで気づきたかった〜」

「ああ、ちょうど閉めたカーテンと棚とのすき間から教室内をのぞき見られる位置だもんな……」

「…………教えてあげたほうがいいのかな?」

「いや、とりあえず、先生に話してみて、判断はそっちに投げよう。気づいてない子が多いなら大人だけで内々に片づけるかもしれん」

「うーん、もやもやする……」

 後日、万里と英琉はカメラ付きに改造された鳥型ドローンを捕獲することに成功し、職員室に持っていった。英琉のクラス担任の先生にドローンを見つけた経緯を説明はしたが、その後大人たちがどのような対応をとったのかまでは子どもの二人には知らされることはなかった。


終わり

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