『旅の妖精』
宮本 賢治
第1話
ふ〜、満腹だ。
打ち合わせが長引いて、昼メシを食べ損なった。
いきつけの食堂、『春の屋食堂』
ダメ元でいってみたら、見習いの若いコックの子がいれてくれた。
今日のランチは煮魚定食だった。
メバルの煮つけ。
甘辛の味つけで、新鮮なメバルは身もやわらかく、うまかった。
同じ煮汁で煮た木綿豆腐と小松菜もゴハンにピッタリ。
思わず、ゴハンをおかわりしてしまった。
副菜の芽キャベツのソテーも絶品だった。絶妙な甘酸っぱい味つけ。
バルサミコ酢とハチミツのソースだといってた。
あの見習いのコック、若いのにセンスあるな。
彼がランチを仕切ってるらしい。
明日のランチはオックステールスープとロコモコ丼らしい。
なんて、多彩なメニュー。
思わず、明日のランチのキープを頼んだ。
外回りのサラリーマンはランチがエネルギー源だ。
今日はあと1軒お得意さんを回らなければいけない。
幸い、晴れ渡った空。
でも、薬で抑制してるとはいえ、花粉症持ちとしては、今、目の前にどれだけの花粉が飛散してるのかと思ったら、身の毛がよだつ。
交差点の横断歩道で青信号を待つ。
隣には子ども乗せ電動自転車3人乗り。
ハンドルの前の買い物カゴにはエコバッグ。
ハンドルの後ろには子どもの乗るシート1組目。ヘルメットをかぶった小さな男の子が乗ってる。
ペダルをこぐのはお母さん。
同じく、ヘルメットをかぶっている。
荷台には、子どもの乗るシート2組目。ヘルメットをかぶった小さな女の子。
前に乗った男の子よりはお姉さんだ。
パワフルだな。
率直な感想。
今、つき合ってる彼女。
こんなパワフルなお母さん像は想像できない。
母親になると強くなるのか、生まれ持ったたくましさなのか、おれには判別できなかった。
青信号になった。
ドン!!!
自転車が何かをはねた。
小さな人間。
小人。
身長は20センチくらい。
トンガリ帽子にポンチョ。
ベタンと地面に突伏している。
そのかたわらには、木の枝。
枝の先には布を丸めて結んだ荷物。
旅人のイメージ。
何だ、あれ?
···スナフキン!
そう、スナフキンだ。
でも、体型はずんぐりむっくりしている。
人間の大きさではない。ずんぐりむっくりした小人のスナフキン。
『旅の妖精』
そんなワードが頭に浮かんだ。
隣を見ると、大惨事。
3人乗り自転車が転倒していた。
車道にははみ出てはいないけど、横倒しになった自転車。自転車に乗ったまま倒れたお母さんと、子ども2人。買い物カゴからこぼれたエコバッグの中身が散乱している。
「大丈夫ですか?」
思わず、声をかけた。
「···何かにぶつかった気がします」
お母さんが答えた。
その何かは突伏したままだ。
おれの視線をお母さんが追う。
無反応。
どうやら、見えてないらしい。
お母さんは自転車ごと倒れたままの男の子をシートからすくい上げた。女の子はシートから自分で起き上がった。
おれはオレンジ色のフレームの自転車を起こした。
「あ、どうも、すいません」
お母さんが礼をのべた。
強い子たち、誰も泣いていない。女の子は自分で、服についた砂を払っている。
お母さんは若かった、幼い顔をしていた。
スケボー選手みたいな丸いシルエットのヘルメット。
スケボー選手ですって、いわれても不思議に思わない。
もう一度、突伏していた小人を見た。
いない。
気のせいだったのか、それとも、バックレたのか。
「あ、ジャガイモ!」
そういって、女の子は地面に転がっていたジャガイモを拾った。
エコバッグから散乱した荷物。
食料品。
ビニール袋に小分けされていた野菜が袋の口から飛び出して、辺りに転がっている。
あわてて、みんなで拾った。
ジャガイモ、玉ねぎ、ニンジン···
今日の夕食はカレーかな?
ビンゴ!!
純然たる甘口のカレールー発見。
赤缶の小さなカレー粉も落ちてる。
子ども用と大人用、それぞれ辛さを変える作戦だな。
3メートルは離れたとこにジャガイモ。
あんなとこまで転がっている。
拾おうと手を伸ばしたら、他の手に拾われた。
スカートスーツに白いブラウスのOL風のお姉さん。
気づくと他にも、ブレザー姿の高校生の男の子、おれと同じようなダークスーツのサラリーマン。
通りすがりの人たちも、回収作業に協力してくれていた。
世の中、捨てたもんじゃない。
素直にそう思った。
だいたい、回収が終わると、ヘルメットお母さんが回収の成果が入ったエコバッグを確認。
「あれ、アボカドがない···」
司令塔の発言にみんな辺りをキョロキョロと捜索再開。
ヘルメットお母さんはあわてて、いった。
「あ〜、皆さん、別にいいんです! ここまで、していただいて、本当にありがとうごさいます!」
そうはいっても、乗りかかった船。みんな、捜索をやめない。
けど、ないな···
ツンツン。
何かに足元をつっつかれた。
足元を見ると、アボカドが2個置いてあった。
「あ、あった!」
おれが声を上げると、歓声が上がった。
でも、キレイに置かれていたアボカド。変だな?
気配を感じた先を見ると、さっきの小人がタッタッタと走っていた。スピードは速くない。コミカルな動き。
小人が振り向いた。
こちらが様子を見ていたことにビックリしてる。
小人は再び走り出した。
旅の妖精。
どこにいくのかな。
でも、律儀なやつ。
落とし物を届けてくれた。
おれはアボカドを拾い上げた。
自転車の買い物カゴのエコバッグにそれを戻す。
回収隊は解散した。
ヘルメットお母さんはしきりにお礼をいってる。
「あ、トリ!」
すでに、自転車の前シートに座っていた男の子が空を見上げてる。
「ホントだ、変なトリ!」
後ろシートの女の子もいった。
「え、どこ?」
ヘルメットお母さんには見えないみたい。
でも、おれは見えた。
カラス?
黒くて丸い、ずんぐりむっくりしたトリ。
空を滑空したトリが少しいった先で降り立つ。
怪しいトリの降臨。
そのトリにあの小人が乗った。
トリが飛び立つ。
ずんぐりむっくりライダー。
小人を乗せたトリが飛んでいく。
不思議な体験だった。
子どもたちが見えるのはわかるが、
なぜ、おれにもあの不思議な連中が見えたのだろう?
あらゆる意味で、
世の中、捨てたもんじゃないな。
思わず、笑みがこぼれた。
『旅の妖精』 宮本 賢治 @4030965
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