第5話 赤い帽子




 暗い夜が、一足はやく。

 でっけぇ、でけぇ鳥になって飛んできた。


 そんな風にしか思えねえヤツが、うなり声、いや、さけび声あげて飛んできた。



 悪魔だ。

 妖精なんて、人食い鬼なんて目じゃねぇ。


 赤くもえる夕日のなかへ、地獄から黒い悪魔が飛んできた。




「戦じゃ。

 この土地に三百年ぶりの戦じゃ。

 人死にじゃ。

 この地によどんで腐ってすえた魂がすべてまっ赤に燃えあがる夜じゃ」




 ひっひっひっひっひっひっひ……。




 赤帽子レッド・キャップのふたつの目は、夕日よりもまっ赤にぎらぎら光ってて。

 それだけじゃねぇ。赤い帽子キャップも負けねぇぐらいまっ赤にぎらぎら、まるで流れたての血で染めたみてぇにはっきり光ってて。

 何よりも、赤帽子レッド・キャップの顔がまるごと、まるで地獄の火みてぇにかがやいてた。




 ああ。

 そこでやっと、空におどる黒いそいつの正体がわかったのさ。


 爆撃機ボマーだ。

 ドイツのやつら、頭がイカれでもしたのかよ。こんな北の、ちっぽけな、しけた村へ飛んでくるなんて。

 何がなんだかわかんなかったが、ホントにその飛行機は、頭がイカれてたのかもな。

 たぶん、たったの二つぐれぇだったけど、こんな村へ爆弾おとしてったんだからよ。


 黒い悪魔はそのままぐるりと大回りして、暗くなる空のむこうへ飛んでった。




 赤い帽子レッド・キャップだ。

 みるみるうちに、村は赤い帽子をかぶった。


 たった二つくれぇの爆弾で、なんであんなに急に燃えてひろがったのかもわかんねぇ。

 冬の空気がかわいてたからか。野原も畑もかわいてたからか。こんなとこまで敵の飛行機が飛んでくるはずねぇだろうって、村のどいつもこいつもろくな準備もしてなかったからなのか。


 大むかしから村の土にしみこんだ血があの晩に燃えさかったのか。赤帽子レッド・キャップの言ったとおり、村のやつらが腐ったやつらだったからか。


 それは今でもわかんねぇ。あの晩は、とにかく何もかもイカれてた。




 村が燃える。学校が燃える。

 毎日おれに石ぶつけてきたやつの家が燃える。カバンをドブに捨てたやつの家が燃えてる。ああ、あの火をかぶって走ってるやつは全身ボコボコにおれをなぐったやつだったかも知れねぇな。


 ババアとジジイの家は、そうだ。きっとあの、村にかぶってる赤い帽子の、ほとんどまん中にあるあたりか。

 母さん、父さん、やっぱりこれ、間ちがいだったよ。

 こんな村にきた方がいいって、大ハズレだったじゃねぇか。

 こんな村にきて、どなられて、コキ使われて、殴られて、バカにされて、笑われて。おれ、やっぱりロンドンで、あの家で、みんないっしょにいたかったんだよ。




 さっきよりもたくさんの、でも、あんなに冷たくねぇ、涙で顔がビショビショになって。

 そんなこたぁおかまいなしに、赤帽子レッド・キャップは目と顔と、帽子をまっ赤に光らせて、口を耳まででっかく開けて、とがった歯をぎらぎらぬらして、鉄の靴をガチャガチャ鳴らして。

 きっと二百年ぶりに、大むかしにもどったみてぇに、げらげら、生き生き、でっかい声で笑ってた。


 でっかい声だ。

 まるで二人いるみてぇだ。


 そう思って、ふと気がついたら。

 おれもいっしょに、大口あけて ――― きっと、ふたつの目と顔を、ぎらぎらまっ赤に光らせて。


 燃えあがる村とやつらを見ながら、げらげら、げらげら、でっかい声で笑ってた。



《了》





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【KAC20253】赤い帽子 武江成緒 @kamorun2018

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