鋼鉄妖精

蒼河颯人

鋼鉄妖精、現る。

 星暦4X25年。

 ここは、地球にて嘗てYOKOHAMAと呼ばれた土地。

 神奈川県東部に位置し、東京都に次いで人口が最多の市で、政令指定都市だった場所だ。日本有数の港湾都市であり、商工業都市でもあった。


 ある日、突然地球外生命体が人類に侵略攻撃を仕掛け、日本は半分壊滅状態になってしまった。日本だけではない。アメリカ、中国、ロシアと言った欧米諸国もほとんどが謎の生命体によって支配されてしまい、多くの犠牲者を出した。


 彼らを人は〝ガノスペルミア〟と呼んだ。

 彼らが一体どこから来たのか、まだ誰も知らない。

 ただ分かっているのは、彼らはこの国を乗っ取ろうとしていること、それだけだ。

 何とかして、彼らを止めねばならない。

 各国の政府も、ガノスペルミアに対し反撃を試みたのだが、それを上回る勢力を持って跳ね返されてしまい、成す術もない状態だった。

 

 来る日も来る日も、戦いに明け暮れる日々。

 各国は軍隊を派遣し、抵抗しては、何とか勝機をつかもうとし、このガノスペルミアの対策組織として設立されたのが〝スターリフェーヤ〟だった。しかし、一体誰が所属しているのか、どんな人間が所属しているのか、一部の者を除き、あまり知られていない。噂で良く聞くのは、普通の人間が持たない〝特殊能力〟を持っていると言うことだけだ。


 そんな中、一人の青年が銃器を手に、瓦礫の山と化した市内を駆け回っていた。


 アダム・スペンサー。黒い短髪で、迷彩柄のスーツを身に着けた彼は〝ブラック・フェザー〟の異名を持つ、若手のスナイパーだった。以前所属していたグループがガノスペルミアによってあっという間に殲滅状態となり、それ以降、単独で調査・追撃戦を繰り返す日々を送っていたのだ。


「くそっ! このままでは、この街があいつらに乗っ取られてしまう!!」


 アサルトライフルのマガジンを交換し、いつでも狙撃出来る準備をしながら、見失った標的を探していた彼は、異変に気が付いた。シュルシュル、ズズズズッと、何かを引きずっているような、妙な音が聴こえてくるのだ。彼はその場に立ち止まり、全神経を耳に集中させた。


 ──変な音……? ──


 背後で何かが裂ける音が響いたと思った瞬間、地面がぱっくりと大きな口を開けた。


「な……っ!!」


 慌ててその場から飛び退ると、その大きな穴から赤黒い色をした、巨大なタコの足のような物体が、何本もアダムに向かって、上から飛びかかってきた。それは全長五メートル位で、ぐねぐねと動きまわっている。吸盤のようなものの中央には、ギラリと光る刃物のようなものが見える。ヤツラの武器と言えよう。この足に絡め取られるか、この刃で切り刻まれたら一巻の終わりである。


「危ない!」


 彼は慌てて身を翻すが、ギリギリ二・三センチメートルの範囲内で避け切れている状態だった。ビリリッと、何かが裂ける音がしたと思いきや、右腕の袖元が引き裂かれているのが見えた。このままだと、身体がずたずたに引き裂かれるのも時間の問題である。


「……くそ! コイツを何とかして止めないと……!!」


 アダムはアサルトライフルを構えようとしたのだが、標的は、自分を目掛けてぐねぐねと攻撃してくるため、焦点を定めることすら難しい状態だ。どこを狙えば良いのかも判別しにくく、息をつく間もない。


「……!!」


 すると、目の前にまばゆい光が辺りを白く染め上げた。太陽が目の前に落ちてきたのでは? と勘違いしそうな位の眩しさだった。やがて、つんざくような音が周囲に鳴り響き、巻き起こる爆風によって身体が後ろに向かって吹き飛ばされた。


「!? !? !?」


 アダムは受け身の姿勢をとり、地面に叩きつけられる衝撃を最小限にした。遠くで大空に向かって空気が引き裂かれるような悲鳴が上がるのが聞こえる。誰かがヤツを斃したのだろうか?


 彼は閉じていた目をそっと開け、光の中心となった部分を見ると、中から銀色の球体が現れた。人間一人が余裕で入る位の、大きな球体だった。それが、縦に開くと、再びまぶしい光が周囲に満ちあふれ、目を瞑らざるを得なくなった。


(どうやら、あのガノスペルミアを斃したのに、この球体は関係してそうだ。一体何だろう? )

 

 気のせいか、その光は少しずつだが、アダムに向かって手を伸ばすかのように近付いてきた。何だか奇妙な光景である。


「……何だ……? この光、俺に何か用でもあんのか?」


 少し引き気味に様子をうかがっていると、その光は次第に弱まり、やがて、その中心にいるものが姿を現した。


 流れ星を集めたような、光り輝く長い銀髪。青空をそのまま映し込んだような、大きな青い瞳。それは長いまつ毛で縁取られており、アダムをまっすぐに見つめてくる。整った顔立ちは、愛くるしい人形のようだ。陶器のように美しい色白の肌を覆うのは、ブルーの差し色の入った、真っ白なパイロットスーツ。


 そして、驚くべきことに、その背中には、大きな羽のようなものが生えていた。羽は薄く、良く目を凝らさないと視えない位で、透明に近い色をしている。太陽の陽を反射すると、七色の虹のような色合いへと変化する、それは不思議な色をしていた。あまりにも非現実過ぎる光景に、アダムは思わずほうとため息をついた。


「……まさか、ここは天国……とか言うんじゃないよな……」

「……あなた……ひょっとして、これ・・が視えるの?」


 その美少女は、自分の背中でふわりふわりと動く羽を指さし、その美しい青色の瞳を更に大きく広げた。その様子は、まるで珍しいものを見つめているような雰囲気である。


「……ああ、その通りだ。ところで、先ほどのタコの足モドキは……!?」

「あれは、大本である母体をつぶさなければ、何度でも繰り返すだけよ。先ほど私が全て破壊してきたから、もう気にしなくて大丈夫」

「そっか……ありがとう。おかげで命拾いした。ところであんた、名前は何て言うんだ?」

「私は〝鋼鉄妖精スターリフェーヤ〟所属のイブ・マクスウェル。あなたを助けに来たのよ。アダム」

「え!? あんたがあの噂に聞く〝スターリフェーヤ〟……って、それよりあんた、どーして俺の名前を知ってるんだ!?」


 口をあんぐりと開けている青年の言葉はさらっと流され、銀髪の美少女は目をきらきらと輝かせていた。


「細かいことは気にしなくて良いわ! そんなことより、話を戻すけど、あなた、私のこの〝プーフ〟が視えたと言ったわね?」

「あ……ああ」

「それ、本当に?」

「そうだが? こういうことで嘘を言ってどうする?」

「他のことはさておき、私にとっては、そのことの方が、何十倍も何百倍も重要なの!」

「……そ……そーですか……はぁ……」


 妙に鼻息の荒い美少女の圧に押し負けた青年は、そのまま仰け反っている。どうやら、彼女にとってアダムに〝羽が視えた〟ことは大変重要なことのようだ。しかし、彼にとっては理由が全く分からない状態である。


「私達の〝プーフ〟は、普通の人間には視えないものなの」

「はあ……そーですか……」

「この〝プーフ〟が視えるのは、私達、鋼鉄妖精スターリフェーヤ〟の運命の相手だけなのだから」

「はあ……そーですか……って……えええええっっ!?」


 寝耳に水状態のアダムは、突然素っ頓狂な声をあげた。彼女の顔から、大きな花が咲くような、満面の笑みが溢れかえってきている。


「〝アダム・スペンサー〟。あなたこそ、私がずっと探し求めていた〝花婿ジニーフ〟様────!!!!」

「はああああっっっ!? 」


 鋼鉄妖精より前から突然抱きつかれ、アダムは一気に目が点になった。豊満な胸による柔らかい感触を受け止めるのは悪くないのだが、初対面の相手からいきなり「運命の相手」だの「花婿」だの言われて、驚かない方がおかしい。


 この日、サドンデスと背中合わせのみだった環境から一変して、騒々しい日々が始まることとなった。


 ──完──


 

 

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鋼鉄妖精 蒼河颯人 @hayato_sm

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