オレンジ抹茶コーヒー味って?

不透明 白

女児(幼女)

 世間がゴールデンウイークの波にのまれて浮かれポンチのぽんぽこりんと化してる最中の昼間の出来事である。

 自販機の前で腕を組み、穴が開きそうな勢いで自販機を睨んでいる男がいた。

 男の名前を知るということにあまり意味はないが、ここでは坂本と呼ぶことにしよう。

 坂本は今悩んでいた。

 飲み物三十種の中からたった一つの選ぶだけというのに。


 くそ! たった自販機一つでここまでの決断を強いられることになろうとは‼


 道行く人が、坂本をまるで不審者であるかのようにある程度距離をとってそそくさと歩いて行く。

 しかし、世はまさに大休暇時代‼ 世間の人たちは休みを満喫することしか頭にないのである‼

 故に坂本という存在など一秒後には忘れているであろう。


 『冷たい』が一段目と二段目、三段目はほとんどを『あったかい』が占めている。奇しくも今日の天気は曇り、やや気温は高め……。


 坂本は頭を整えようと自分の持っている財布を取り出した。

 開いて中を確認して一言。

「ひゃくさんじゅう————ごえん……か」

 坂本の財布はあまりにも痩せすぎていた。

 お節介な親戚のいる食事の場であったら、「もっとたくさん食べなさい‼ 若者でしょ‼」と山盛りご飯を出されるレベルである。


 ただ、選択肢が狭まることは無くなった。良いことかはわからんがな。とりあえず気温的に『あったかい』は排除だ。そしてお茶の類は面白みがないからこれもまた排除、となると意外にも自然と決まってくる。


 人は真剣にものを考えているとき、案外、周りが見えていないものである。

 坂本は気づかなかったのだ。女児が近くにいることに。

 さて、女児と書くとなんか見栄えが悪い。

 なので分かりやすくここでは(幼女)と書くことにするとしよう。

 いつの間にかその場にいた女児(幼女)が話しかけてきた。

「お兄さんそんなところで何してるの?」

「ごめんよ、今は幼女と相手している暇はないんだ」

 すると女児(幼女)はほっぺを膨らまして怒った。

「なによ! どいつもこいつも私を子ども扱いして!」

 女児(幼女)はむくれてその場にしゃがみこんでしまった。

 さて、ここで問題です! 自販機の前で悩んでいる男が一人。その傍らにしゃがみ込む幼女が一人います。世間の人たちからどう思われるでしょう?

 流石にゴールデンウイークに憑りつかれた人でもこの不自然さには不信感を抱かざるを得ない! 飲み物ゆっくり選んでる場合ではない‼

 俺は丸くなった幼女に話しかけた。

「すまない……何か癪に触れることを言ってしまったみたいだな」

 俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 そして恥ずかしさと申し訳なさの仮面を付けて口を開いた。

「どちらも悩んでいた。そしてこんな真っ昼間の自販機前で出会ったなんて変な縁がある、話があるなら言ってみな」

 申し訳なさが俺の口を勝手に動かしたみたいだ。

 幼女は(括弧つけるのめんどくさいから外すね)、立ち上がると、赤らんだ目頭をぬぐったと思ったら、木陰にあるベンチを指さした。

「そこに行けってことね。了解」

 俺は黙ってついていくことにした。

 ふぅーーーー‼、一安心だ!

 俺はどっちみち怪しくなることに気付かないふりをした。


 日差しが勢いを増して地面に落っこちてくるのが見て取れる。のどが渇いたな。

 幼女は未だにうつむいている。

 俺は話してくれるまでいつまでも待ってやろうと思っている。

 時間は腐るほどある。毎日がゴールデンウイークみたいなも————いや、これ以上はやめておこう。身を滅ぼしかねないからな。

 俺は幼女を一瞥して聞く耳の準備をした。

「あのね、けんかしたの」

「誰と?」

「おかあさんと」

 思春期真っ只中のよくある悩みだ。

「どんなことでけんかしたの?」

「……………………」

 まぁ、そうだろうな。信用が余りにも足りない。

 俺は今にも蒸発しそうな喉をさすった。

「夜ふかし、してたの」

「うん」

「布団にもぐって、絵を描いてたの」

「ほう、それは、すごいと思う。どんな絵を描いていたの?」

 幼女は、髪の毛をいじってもじもじと恥ずかしそうに言った。

「漫画のまねみたいな……」

 これはデリケートな話だ。

 砂漠のような口から唾を無理やり飲み込んだ。

「一つ聞いておかなければいけないことがある。君は——」

 幼女が割り込んで言った。

「——美香」

「……美香は仲直りしたいの?」

「それは、半々」

 その意味が分からなかった。

 目で理由を言うように催促した。

「多分だけどね、夜ふかしだけが原因じゃないと思うの」

 あぁそういうことか。

 これはちょっと面倒だな。

「わかりたくなかった」

 俺は黙って聞いていた。

「お母さんなら」

 沈黙が作られた。

 沈黙は元来嫌いではない。

 なぜかってさほど仲良くないやつは沈黙を嫌い無理矢理話つなげようと頑張る。

 それを観て面白いと感じる人間だからだ。

 今回作られた沈黙には、生産性の無い時間を作るものではない。


 生産性の果てに作られた底の見えない大きな崖みたいなものである。


 今この子はその崖に頑張って一人で橋を架けようとしているようなものだろう。

 そして、このまま行けばその橋は崩れる。


 俺は渇いた唇が引っ張られるのを感じながら、口を開いた。

「俺が仲介して親御さんを説得するという手がある。これは九十五パーセント成功する自信がある」

 美香は眼を見開いてこちらを向いた

「じ、じゃそうすれ——」

「——だが‼」

 美香はびくりと肩を揺らした。

「しかし、それ背負うには責任が重すぎる」

「でも、それで解決するんでしょ」

「だめだ」

 この子はまだ自分の主張を堂々と親に伝える勇気を持っていない。そしてこの問題は子の子自身で解決しないと後々が面倒だ。

 だから今日がその大きな舞台になるはずだ。

「手伝うだけなら、それならできる。やるかやらないかは君次第だ」

 俺はおもむろに席を立つ。

 美香は訝しげに首をかしげている。

「その前に俺の問題を解決するのが先だ」

 俺は美香についてくるよう言って、さっきまでいた自販機に向かった。


 先ほどの自販機前へと舞い戻ってきた。

「まずは、先ほどまでの俺の努力の途中結果を話そう」

 美香は興味なさそうな顔をして自販機の横に座っている。

「二択にまで絞った。言うぞ」

・果汁10%オレンジジュース

・抹茶コーヒー

 二択に絞ったが答えはもう出ていた。

「誰かさんのせいで、ありえないぐらいのどか湧いたからな、オレンジジュース一択になっちまったよ」

「何か言った?」

 凄い睨まれた。幼女がしていい表情じゃないだろ。

「まぁ、本当は果汁100%が良かったな。10%っていうのはどういうことなんだよ、残りの90%はどこ行ったんだよ、オレンジジュースってのは————」

「————うるさい! そこまで言うなら自分で作ればいいじゃない! 大体あなたを信用して待っているのに全然考えてもないじゃない! 私の……」

「ん? 今なんて」

「だからもう考えてもいいんじゃ」

「違う、もっと前だ」

「? 何か言った?」

「行き過ぎている。その後の最初に言ったこと」

「そこまで言うなら自分で作ってみなさい?」

「——それだ」

「え?」

 美香に才能があって、それを何らかの形で形にして親に見せでもしたら続けさせるだろう。だがそれは余りにも確率が低い。だがそれでも入賞したりしたら少しは認めるはずだ。

「美香」

「な、なに!」

「漫画を見せてくれ」

「へ?」


 —後日

 俺はSNSにこう打ち込んでいた。

〈小学生を対象に漫画を募集します。ジャンルは問いません! 自分が情熱をかけて作った作品の応募をお待ちしております。優秀賞には五千円と賞状をお送りします。〆切は五月六日までです!〉

「よし」

 後は、賞状を制作しないとだな。面倒だなぁ……。

 文句を言いつつも俺はせかせかと働いていた。

 昨日の出来事からあまり時間は経っていない。

 あの後、結局どんな結論を出したのか?

 簡単だ。

 自分で自作の賞的な感じの機会を作る。そしてそれに応募してもらう。

 たったそれだけ。

 だがこれだけ聞くとまるで一つの作品、美香の作品を優遇するみたいに聞こえるがそうではない。

 じゃあどうするか?

 それはこの応募が一人であればいい。この応募期間、これ〆切今日までなんだ。

 つまり、必ず美香は賞状をもらう。まあそれは今から俺が作るんだけどさ。

「ふぅーーー」

 俺は伸びをして窓から外を見た。

 さんさん照りの太陽がこんにちはしている。

 今日も暑くなりそうだ。そう思い、冷蔵庫にお茶を取りに行こうとした時に外で動く影が視界の端に見えた。

 子供が元気そうに走っていくのが見えた。

 それを確認すると俺は郵便箱に向かった。

「ん? なんだこれ」

 中には数枚の紙の束と缶ジュースが入っていた。

 紙の束は確認せずとも分かるがこの缶はなんだ……

「100%オレンジ————抹茶コーヒー⁉ なんじゃこれ」

 あいつなんてものを見つけやがった。

 それを見て俺は不思議な気分だった。

 だってなぜだかニヤニヤが止まんないのだもの。

 そのニヤニヤを嚙み砕いて俺はそのブツを開けて飲み干した。

「ゴクッ、ゴクッ、……うげぇ」

 あの野郎、落としてやろうかな。

 俺は再び上がった口の端を無理矢理戻して作業に戻った。

 不思議だよ。

 だってゴールデンウイーク最終日なのに何故だか寂しいと全く感じなかったからな。

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