眠り王子

つばきとよたろう

第1話

 夏目一夜なつめひとよは、その日最後の授業中で眠りに落ちた。眠り姫がかけられた呪いのような深い眠りだった。眉毛の秀でた涼し気な顔立ちの彼は、すーとはーの穏やかな寝息を立てていた。この授業が終わると、火急な用事があった。朝登校して靴箱の前に立った時、LINEにメッセージがあった。放課後、校舎裏に来てくださいと秘密めいた告白が書かれていた。その事を知っているのは、メッセージを送った水谷沙耶と、その親友である裏庭冬子うらにわとうこの三人だけだった。正確に言えばもう一人いる。実花みかアリスもそうだった。彼女には誰も知らない秘密があった。人間に化けている妖精だった。困っている裏庭冬子の机の中に紙片が入っていた。実花アリスに相談すれば、何でも願いを叶えてくれるという。

「ああ、あの子か」

 裏庭冬子は紙片を摘まみながら、実花アリスの人間離れした美しい顔を思い浮かべた。

 水谷沙耶は、裏庭冬子が思うに容姿が可愛く、話し上手だった。水谷沙耶が夏目一夜に告白すると言った時、裏庭冬子は心臓がえぐられる思いがした。なぜなら裏庭冬子自身も彼に思いを寄せていたからだ。だが、友達関係というのは残酷なもので、最初に秘密を打ち明けられた者は、二人の関係を崩さぬようにそれに従わなければならなかった。

「応援するよ。トリの降臨」

 裏庭冬子は白い息を浅く吐きながら、今年最も冷え込んだ日の妖精の舞いに似た降雪を眺めた。

「えっ?」

 その日、水谷沙耶が校舎裏に幾ら待っても、あのくしゃくしゃした寝癖のような髪型の夏目一夜は現れなかった。彼は授業が終わっても、教室で一人深い眠りに就いていた。

「起きないよ」裏庭冬子は言った。

「呪いがかかっているの」実花アリスは言った。

「このまま、ずっと目が覚めないんじゃないよね」

「妖精の呪いを解けば、王子様は目を覚ますよ」

「妖精なんているの?」

「悲しいわ。妖精はその存在を否定されると死んでしまうの」

 実花アリスは、王子様の揺り籠みたいに、教室の小さな席で眠り続ける夏目一夜に口付けした。彼は大きな欠伸と共に目覚めた。水谷沙耶の告白は失敗に終わった。彼女は振られたのだと思った。それには、夏目一夜と実花アリスとが堂々と付き合い始めたからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

眠り王子 つばきとよたろう @tubaki10

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ