オオトリの兄貴
七倉イルカ
第1話 オオトリの兄貴
兄貴、すんまへん。
すぐに戻るつもりやったんですが、ちょっと電話が長引いてしもて。
ちょ、兄貴。そないに怒らんといてくださいな。
い、痛た! 痛た! いや、もう、ホンマ堪忍したってください。
これ、この通り。反省しとりまっさかい。
兄貴の拳骨は、ホンマ体の芯まで響くんですわ。
笑いごとちゃいまっせ。
それより、これ、見てくださいな。戻るときに、厨房回って、持ってきたんですわ。
痺鯰権左衛門。有名な地酒でっせ。
いや、違いま。兄貴に飲んでもらおう思て、わしがオーナーに言うて、仕入れてもうたんですわ。
いやいや、これは、わしから、オオトリの兄貴へのプレゼントでっさかい。
はい。いつも世話になってますから。気にせんとってください。
い、痛いですって。
喜んで殴るとか、やめてくださいよ。
これ新しいコップです。
注ぎまっせ。
こぼれんように……。はい。
一気に、いったってください。
……さすが兄貴でんな。いい飲みっぷりですわ。
ほんのりと辛味がありまっしゃろ。
兄貴好みの味と思うんですが……。はい。ああ、喜んでもろて良かったです。
もう一杯。はい。注がせてもらいます……。
……どうぞ。
は? わしですか?
いや、わしは、こっちのビールで十分でんがな。
わしごときが兄貴と同じ酒を飲むとか、おこがましいですわ。
わしにとって、オオトリの兄貴は特別な人でっさかい。
痛た! そんな意味とちゃいまんがな。
あれですわ。あの、なんて言うたらええのか……、そう、あこがれの人です!
わしは、兄貴にあこがれとるんですわ。
ウソちゃいますて。
わし、ウソは嫌いでっさかい。
兄貴が話してくれた武勇伝。あれに惚れたんですわ。
駱駝組の本部に一人で乗り込んだ話。あれは凄かった。
ポン刀一振りで、何人病院送りにした言うてましたか……。
そう、十五人!
三十からの組員が詰めてる本部に乗り込んで、暴れに暴れ倒して十五人も病院に叩き込んだとか、惚れへん極道はおりまへんで。
チャカ、弾いてきたヤツもおったんでっしゃろ。
兄貴は不死身でんな。
あと上州の穴蝦蛄の組長に詫びを入れさせたって話。
元プロボクサーのハンマーシャーク・鈴木を半殺しにした話。
それに、海外マフィアのボン・ボンサクのグループが木曾の狸穴に縄張りを作ろうとした時……、そうそう、貉沼抗争の話でんがな。
あれも、白鼻芯組の組長に頼まれた兄貴が裏で動いて、ボンサクに手ェ引かせたって話、してくれましたがな。
いやあ、惚れますわ。
黒螻蛄組と紅毒蛾組が一色触発になったとき、あれも、オオトリの兄貴が間に入って、手打ちに持っていったって言うましたな。
黒螻蛄は若頭、紅毒蛾は組長の実弟、それぞれ相手の組に殺られてもうて、どっちも収まりがつかん状態やったのに、どうやって説得したんかと思たら、兄貴、こう言うてくれましたがな。
言葉はいらん。わしが拳骨みせたら、どっちの組長も目ェ伏せて白旗上げよったって。
凄いわ。惚れますわ。あこがれますわ。
オオトリの兄貴が来たら、みんな「トリの降臨」や言うて、ビビりまくって逃げ出す言うてましたがな。痺れまっせ。
そやけど兄貴、聞いてくださいよ。田螺や馬陸、筏虫やらが、兄貴の話は、全部デタラメや言いよるんですわ。
こら、許せまへんで。三人とも、いっぺんガラさろて、徹底的にヤキ入れなあかんのちゃいますか?
へ? ほっとけ言いまんのか?
勝手に言わしとけて……。
さすがは兄貴。器が大きいでんな。
そやけど、わしも兄貴の武勇伝、兄貴の口から聞くだけで、一回も見たこと無いっちゅーのは寂しおます。
いやいや、疑ってるわけやおませんて。
それでね、兄貴。今、蟋蟀組と穀象組がモメてるの知ってますか?
はいはい。それですわ。南葉の一等地のテナントビルの件ですわ。
五億の不渡りが出てもうて、どっちの組にも死人が出てますやろ。
あれ、誰が絵を描いたんやという話になってますやん。
わしね、蟋蟀のところに電話して、白紙の委任状を取りつけて、穀象の組長に流したんは、オオトリの兄貴やとチクッたんですわ。
いや、いやいや、待ってください。
最後まで話しを聞いて下さいよ。
兄貴は無関係なことは知ってますて。わしのデタラメでんがな。
蟋蟀? もちろんブチ切れてましたで。
ガタガタぬかしてきよったから、オオトリの兄貴の後には、穀象組がついとんねや、いつでも掛かってこんかいって言うてやりましたわ。
ほんで、次は穀象の事務所に電話して、似たようなこと言うてやりました。
はい。そうですわ。兄貴のバックは蟋蟀組や言うてね。
分かってま、分かってま。
兄貴は一匹狼や言うことは、分かってま。
そないに、興奮せんでもよろしがな。
蟋蟀も穀象も、兄貴のこと、目ェ剥いて探し回っとったんでっせ。
ほんで、ほら、わし、さっき電話してきた言いましたやん。
あれ、蟋蟀組と穀象組に電話したんですわ。
オオトリの兄貴やったら、この店におるぞ言うてね。
今頃、どっちの組も、ようさん若いの連れて、こっちに向かって来てると思いますわ。
兄貴、どないしました? ああ、武者震いでんな。
さすが兄貴。根性座ってまんな。
どないしました?
ヒタ? ああ、シタでんな。舌。
舌が痺れて、うまくしゃべられへんと。
それ痺鯰権左衛門のせいですわ。あの地酒に、ちょこっと薬をね。
ああ、大丈夫ですわ。毒とちゃいます。
舌と喉が痺れて、うまくしゃべられへんようになるだけですから。
はは、兄貴がべしゃりも上手いことは、わしが一番よう知ってま。
せっかくお膳立てしたのに、相手を気遣って、話し合いで終わらせようとしたら、そらつまらんでっしゃろ。
いや、わしは見たいんですわ。
あこがれの兄貴の伝説でんがな。
兄貴が拳骨みせて、それだけで、相手が白旗をあげるんを。
力量が分からんと、掛かってくるようなことがあったら、それでもよろし。全員半殺しにして、病院送りにしたったらよろしがな。
おお、来よりましたで。
ドアけ破って入って来よった。
蟋蟀か、それても穀象かいな?
わしは、そろそろ、カウンターの後ろに隠れさせてもらいます。
はい。そこで、しっかり見ときますさかい。
期待してまっせ。相手をビビらせるオオトリの兄貴の伝説。
トリの降臨。
オオトリの兄貴 七倉イルカ @nuts05
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