キラキラ

かなぶん

キラキラ

「たっだいまー!!」

 玄関を開けるなり、元気よくそう言ったのはルームシェアをしている友人のめぐみ

 休日をだらだら過ごしていた亜澄あすみは、これまでの空気感をぶち壊すソレに驚きつつも、慣れた調子で出迎えた。

「おかえりー。ご飯は食べてきた?」

「ううん! だから色々買ってきた! 亜澄もどうせまだでしょう?」

「お、ラッキー」

 靴を脱ぐよりも先に、惣菜が入った袋をスーツケースの隣に置いた友人は、強行軍と言って良いスケジュールを終えたにも関わらず、ウキウキで荷ほどきを始め出す。

「ちょいちょい。そこで広げたら後で面倒になるでしょう? とりあえず靴脱いで手を洗って来なよ。荷物は居間に持ってってあげるからさ」

「ええっ!? 手、洗わないとダメ!? 握手できたんだよ!?」

「……ダメに決まってるでしょ。ライブから一切洗っていない手って、公共の迷惑を考えなさい」

「手袋してるじゃん!」

「関係ない。それに、それなら余計にもう洗っていいでしょう? どうせもうアンタの菌塗れで、アンタの推しの痕跡は残っていないって」

「そんなっ」

「……訂正。アンタの手の汚れは手遅れだけど、推しとの思い出はしっかり残っているんだからいいじゃない」

「それはもちろん! 手の質感とかー、温度とかー、握られた感触とかー……って、誰が汚れていて手遅れよ!」

 言いつつも、言われたとおり靴を脱ぎ、手袋を脱ぎがてら洗面所へ向かう姿に、亜澄は荷物を回収しつつ「どっからどう見ても手遅れでしょ」と呟いた。



 改めて荷ほどきを始めた愛を視界の端に、惣菜を温め直したり、盛り付けたりしていく亜澄。惣菜の内容はほとんど晩酌用だが、二人揃って夜は控えめな食事内容であるため、不満点は特にない。それどころか、中々バラエティに富んでいて好ましい。

 問題があるとすれば、明日は各々仕事があることくらいか。

「ま、陽の在る夕方からなら上出来ってところか」

 そんな風に呟けば、

「ん? なんか言った?」

 聞こえないと思っていた位置から聞きつけた愛が、カウンター越しに台所を覗く。

 荷ほどきの最中だというのに耳聡いのは、思い出話がある証拠だ。

「んーん。ちょっと、惣菜のチョイスに力入ってんなーと思って」

 近からず遠からず、そんな感想を述べたなら、愛がニッと笑った。

「それはもう、あんな素敵なステージ見せられちゃねぇ? 余韻に浸りたくなるってもんでしょう? お財布の寂しさなんか気にしてらんないって!」

「おいおい。給料日直後の台詞にしちゃ不穏すぎませんか? 泣きついても貸さないからね? この惣菜はいただきますけれども」

「そんなー……まあ大丈夫大丈夫! それよりもさ、聞いて聞いて! 今回のステージの何が素晴らしかったってさー――」

 そこから始まる愛の推し語りオンステージ。

 愛が今回参加したライブは、愛の推しのグループだけというよりも、所属する事務所規模のライブだった。だから抽選チケットが当選した時、愛は喜びつつも、まだ事務所の諸先輩たちには及ばない推しの参加がどれくらいあるのか、不安もあるのだと言っていた。

 それでも、一目ぐらいは見れるだろうと向かったステージは、思いの外良かったらしい。周りの熱量も手伝って、実はあまり知らなかった別グループが出てきても、大いにはしゃげたようだ。

 もちろん、推しのいるグループならなおさらである。

 サプライズだった握手も加わったなら、完全に飽和状態。

 そこへ来て、更に愛の気分を最高潮まで押し上げたのは、アンコールの場面。


「凄かった! 本当に、凄かったの! なんかもう、事務所の先輩たちの歌がヤバくてさ。だから、きっとこれはもう、彼のグループは後ろにいるんだろうなって思ってたんだけど、途中で急に前に出てきて! 凄い、トリ感が凄かったのよ! もう、トリの降臨、ううん、大トリの降臨ってくらい!!」

(たぶん、その後も同じ事務所の人たち出てきたんだろうけど、そこが完全にピークだったんだろうなぁ)

 一度話し始めたら止まらない愛の語りをBGMに、料理をテーブルに広げ、始めた晩酌まがいの夕飯。それでも止まらない愛の話に心の中でつっこみを入れつつ、一方的な聞き手に徹する亜澄は、終始楽しい気分を味わっていた。

 これという対象のいない亜澄にとって、これだけ思いを寄せる相手がいる愛の話はとても面白く、楽しくて。

 憧れのある人に憧れているのかもしれない。

 そんなことを思いつつ、今日も今日とて憧れのお裾分けを享受する。

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キラキラ かなぶん @kana_bunbun

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