憧れの果て

コラム

***

俺は、あのインフルエンサーに憧れていた。


彼はすべてを持っていた。


金、名声、そして人々の尊敬。


オンラインサロンを運営し、彼の言葉には何千人ものフォロワーが熱狂していた。


俺が生まれ育った団地では、そんなものは夢物語だった。


薄汚れた壁、壊れたエレベーター、夜になると響く怒鳴り声。


それが俺の現実だった。


幼い頃、俺は母と二人で暮らしていた。


父は俺が物心つく前に家を出て行った。


母は昼も夜も働き詰めで、俺を育てるために必死だった。


だが、彼女の疲れた顔を見るたびに、俺は自分が重荷なのだと感じていた。


学校では、俺は“貧乏人”と呼ばれた。


クラスメイトの新しい靴やゲーム機を羨ましく思いながら、俺は母が買ってくれた古びたリュックを背負っていた。


俺は、あのインフルエンサーのように輝く存在になりたいと強く願った。


彼のようになれば、誰も俺を見下さない。そう信じていた。


俺は必死に働いた。昼間は工場で汗を流し、夜は資格の勉強に明け暮れた。


睡眠時間を削り、食費を切り詰め、少しでも前に進もうとした。


だが、現実は冷酷だった。


学歴がない俺には、まともな仕事は回ってこない。


面接では“経験不足”と笑われ、職業安定所でいわれた資格を取っても“実績がない”と門前払いされた。


物価は上がり続けるが、会社は給料を上げてくれない。


上司は俺に遠回しに「努力が足りない」と言ってくる。


顔を合わせると態度が急に悪くなる。非正規の俺には、未来なんて見えなかった。


努力は報われる?


そんなのは嘘だ。


俺は、社会の底辺にいる人間には、最初からチャンスなんて与えられないことを思い知らされた。


そんなとき、俺は“特別な仕事”の存在を知った。


ネットの掲示板に書かれた怪しい求人。


報酬は高額だが、仕事内容は曖昧だった。


俺は迷った。


だが、生活費も尽きかけていた俺には、選択肢なんてなかった。


最初の仕事は簡単だった。


指定された住所に荷物を届けるだけ。


中身は知らないほうがいいと言われ、俺は深く考えなかった。


報酬は確かに高額で、俺の財布を一時的に潤した。


だが、次第に仕事はエスカレートしていった。


脅迫まがいの取り立て、違法な商品の運搬。


俺の手は、いつの間にか汚れていた。


俺がそうした道を選んだのは、周囲にも同じように楽して稼ごうとする人間が多かったからだ。


短期的な利益を追い求め、労働の価値を無視する連中。


彼らを見ていると、自分も同じ道を歩むしかないと感じた。


一方、真面目に生きている人々は、ますます報われない現実に直面していた。


努力しても報われず、むしろバカを見るような状況が広がっていた。


そんな社会の中で、だからこそ俺は自分の選んだ道を疑うことはなかったのだ。


そして、ある日。俺は、ある取引の現場で警察に踏み込まれた。


逃げる間もなく、俺はその場で取り押さえられた。


取調室の冷たい椅子に座りながら、俺は自分の人生を振り返った。


母の疲れた顔、クラスメイトの嘲笑、そしてあのインフルエンサーの輝く姿。


すべてが頭の中で渦巻いていた。


彼のオンラインサロンでは、成功者たちが語るエピソードが毎日配信されている。


俺は、その画面を見つめながら、かつての自分の夢を思い出していた。


「努力すれば、誰だって成功できる」


あの言葉が、今の俺には虚しく響くだけだった。


俺は、社会の底辺から抜け出すことはできなかった。


外では警察のサイレンが鳴り響いている。俺の時間は、もうすぐ終わるだろう。


だが、俺は逃げない。


逃げる資格すら、俺にはないのだから。


憧れは、俺を救うどころか、破滅へと導いた。


俺のような人間には、最初から輝きなんて手に入れる資格はなかったのだ。

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