それぞれの憧れ、才能、目指す道

「おい……魔法使い、一旦休憩しよう」


 街の外れで、ラルドは魔法使いに剣を教えることになった。魔法使い連中は体を動かすことについては苦手だと思っていたのだが――――この男は思いのほか身のこなしが素早く、呑み込みも早く、なかなか筋がいい。

 それを伝えると、赤髪の男――魔法使いは、息を切らせながらも、目を輝かせる。


「それ、本当か?」


 真っ直ぐにこちらを見る魔法使いの目の光に、ラルドはやられそうになり、思わず目を逸らす。

 多くの魔力を持った魔法使いの瞳は、光に満ちているというが――この男の瞳には、ギラギラ……とまで言えるほど、この街で数々の魔法使いを見てきたラルドの目から見ても、尋常でない輝きがあった。

 そしてその瞳の色は、少々変わった色をして――――。


「けどよぉ、やっぱり、お前には敵わねぇよ。その剣さばき、何て言えばいいんだろうな、本当に身軽というか、無駄が一切ないというか……これ、誰に教わったんだ?」

 魔法使いの言葉で我に返ったラルドは、その質問に答える。

「俺は……死んだ親父から、剣の全てを教わった」

「へえ。じゃあ親父さんも剣士……だったなら、同じ用心棒家業で、お前が後を継いだってクチか。でもこれ、用心棒の剣技って感じじゃねぇような……俺は剣に詳しくないから、間違ってるかもしれねぇが……」

「ああ、親父は………」

 ラルドは次の言葉は言ってはいけない、と思いつつも、不思議とこの男の前では、言葉がするりと滑り落ちてしまう。

「……実は、昔……海賊だったそうだ。俺が生まれてからは、足を洗ったと聞いているが」

「! 海賊だって⁉」

 魔法使いは勢いよくこちらを振り返る。しまった、罪人が親族にいると話してしまったようなものだ、と焦るラルドだったが――――返ってきた反応は、意外なものだった。


「海賊こそ、俺の憧れの存在だぜ! 仲間と一緒に自由に航海して世界中を回って――まだ魔道学院に縛られた身で、自由を求めてる俺からすると、そういうのに、ずっと憧れてんだ」

 ラルドはそれを聞いて呆れる。

「は? 海賊なんてこの辺りの砂漠のハイエナどもと同じ、賊の一種だろ。海の上にいる時は自由でも、捕えられりゃ罪人……だろ。自由なんてものあるかよ」

「ま、簡単に捕まるようなヤツならそうなるけどな。しっかしいいよなぁ、父親が海賊だなんてよ……」

 ラルドの人生の汚点の一つ――であると思っていた、海賊の身内がいることについて、ひたすら羨ましがる魔法使いに、ラルドは驚きのあまり、何も言い返せずにいる。


「俺の親父は……海を隔てた南の街で、商工業かなんかの実業家をやってる。昔っから、つまんねぇ家だと思ってたぜ。おれは家の仕事を継ぎたくなくて、魔道でも何でも身につけられるものは身につけてやろうと思って、ここに来た。跡継ぎは……まあ、親父に似て生真面目な弟がやってくれるだろう」

 実業家だなんて、金に困ることもなさそうな、堅実な家柄――魔法使いの話を聞いたラルドは、正直そっちの方が、自分の苦労を重ねた生い立ちよりも羨ましい、と思った。


 だが、憧れや希望というものは、人によってそれぞれ、千差万別なのだろう。自分とは何もかも真逆のこの男の存在で、ラルドはようやくそれに気づかされた。


「じゃあ……魔法使いになりたくてここに来たわけじゃないのか。そんな変なヤツ、聞いたことがないな」

「ああ。俺は……昔から、海賊に憧れてるんだ。今ここで魔法を学んでるのも、海賊になるために必要で……学んだ魔法を駆使して、俺だけの海賊団が作れないか……と、考えてるところだ」

 魔法を使って、海賊団を作る――突拍子もないことを言いだす魔法使いに、ラルドは再度驚かされる。


「……海賊の身内を持つ身としては、正直お勧めしないが……。いいのか? 自分の家族に被害が及んでも」

「そりゃあ、決して捕まらないようにする。そのための対策も十分に考えるさ。それに、俺は新しく家族なんてものを作る気もないしな。独り身ってのが身軽で一番だぜ」

 まあ、魔法の才能があるのなら……それに、この男ならば……追っ手から逃げおおせることも可能か。魔法使いの言葉に、ラルドはそう思わされた。


「その時は、お前も、剣士として俺の船に乗らないか? ……なーんて、賊を退治してる仕事をしてるお前に言う話じゃないよな?」

 男は冗談めかしてそう言う。ラルドも、正直海賊になる気はない。だが一方で、この男について行くというのも――少しは、面白いかもしれない……といった、満更でもないような気持ちもあった。

「はは……ま、気が向いたら……な。だが、今はもう少し、俺はここでこの仕事を続けようと、今日は思えたからな……」

「ええ? そりゃまた何でだよ。正直、この街でいいのか? 確かに仕事は多そうだが……魔法使いが優遇されて、正直、用心棒にとっては居心地悪いだろ。その剣の腕がありゃ、俺のいた、南の大陸とか……他の場所なら少しは待遇がいいかもしれないぜ?」


 ラルドはそれを聞いて考える。自分は、他の場所に行きたいのか――――その答えは、考えがまとまる前に、自然にラルドの口から出た。


「それでも俺は……ここで続けるつもりだ。砂漠も、魔道の街ってのも、この場所も……正直、嫌いじゃない自分がいるからな」

 魔法使いは黙って話を聞いていたが、やがて納得したような表情を見せる。

「なるほど……お前、魔法使いになりたいんじゃなく、魔法ってやつが好きなのか。剣の使い手は、大した理由もなく魔法を嫌悪するってことも多いのによぉ。変わったヤツだが……お前のそういうとこ、俺はいいと思うぜ」


 その言葉を聞いて、ラルドは気づく。自分はこの魔道の街が、魔法が、好きだったのか、と。

 そしてこれまで散々、自分も魔法を使うことができれば、と考えてしまうほどに執着心があったのだが、それは自分が魔法使いこなすことを本当に望んでいたわけではなく、ただの、ないものねだりだったのだ――――と。


 だから今では、魔法の才の無い者を――自分のような用心棒を見下すような魔法使いには、例え魔法が使えるとしても、なりたいと思わない。――――もちろん、目の前にいるような魔法使いなら、別なのかもしれないが――――。


「そーいやさっき、俺の剣、なかなか筋はいいって言ってくれたよな。でも、いくら練習しても、お前には及ばない……それは俺にもわかる。お前みたいな根っからの剣士には敵わない、ってな」

 魔法使いはラルドにそう言って、照れくさそうに笑みを見せる。

 自分は剣士で、砂漠の用心棒だということ。それはこの街では見下される対象であることから、そう言われても今までは喜べなかったラルドだが――――今はそう言われて、素直に嬉しく思えた。そうだ、自分は剣士――父親から剣術を受け継いだ、剣の使い手なのだ、と。


「だから俺は、根っからの剣士のお前とは別の道を行く。とりあえず今は引き続き、自由の少ない多少窮屈なあの学院で、魔道の道を極めるさ。将来、自分のやりたいことのために……今んところ、俺にはこれが、一番向いてるみてぇだし」

 魔法使いはニヤッと笑い、ラルドを見る。

「でも、ちょっとは剣も練習しておくかな。いつかは俺も、お前ほどではなくても使えるようになりてぇし。……なあ。またここに来るからさ、今後も俺に剣を教えてくれないか?」

「……ああ。よくこの辺りをぶらついてるから、仕事中以外なら、いつでも声かけてくれ」

 ラルドはこの魔法使いが気に入ったこともあり、快く引き受ける。それを聞いた魔法使いの瞳が、キラッと鋭い光を放つ。

「言ったな? よーし、約束だからな!」



 魔法使いはその後もしばらく剣の練習をしていった後、ラルドが足を踏み入れることの叶わない――あの魔道学院に帰っていった。

 ラルドは剣を手早く片付けると、砂漠に落ちる夕日を眺めて呟く。


「さーて、明日も仕事か。今日の客をまた、明日は砂漠の外まで送り届けねぇと。あの客の男の子……無事、入学できるといいよな……」


 人によって、憧れも、才能も、目指す道も、それぞれ違う。それに気付いたラルドは、自分のような魔法の才の無い者でも「憧れだ」と言ってくれるような魔法使いの存在を知り――――自分の才能やこれまでの生き様を肯定できるような、どこか勇気づけられる思いがするのだった。




 それからも、ラルドは魔法使いに幾度も剣術を叩き込んだ。それは、やがて魔法使いが学院を去るその時まで、続いたのだった。



 その後の魔法使いの消息はラルドの知る所ではないが―――― 一方のラルドは、今も変わらず、砂漠の用心棒をしている。

 しかし、ラルドの実直な仕事ぶりは、時間が経つにつれに徐々に評判になり、ラルドはあの時よりも暮らしに余裕もできて、やがて家庭を持つこともできた。

 今では用心棒仲間たちと協力して、自分たちの用心棒集団を持つようになる。そのため、一人だけで護衛に赴くような危険もなくなり――――そして、魔道学院で何か方針でも変わったのだろうか。最近は魔法使いに見下されるといったことも少なくなったようだ。


 そして、あれから十年が経とうとする頃――――ラルドは街で、不思議な噂を耳にするようになった。有り得ないと思うような、眉唾ものの、とある奇妙なの話だったのだが――――。


「だが……あの男ならば、やりかねない……かもしれないな」


 ふっ、と笑い、ラルドはそう思うのだった。



『砂漠の用心棒と赤髪の魔法使い』 完


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砂漠の用心棒と赤髪の魔法使い【KAC20252】 ほのなえ @honokanaeko

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