赦しを乞うて

 修と麗の前では、とても不思議な光景が繰り広げられていた。


 火を焚くことを嫌ったカッパ達が、火を焚いた囲炉裏の前に座り、カッパ達から見て真正面側に氷漬けになった徒花が置かれていた。


 カッパ達と徒花は無言で睨み合い、話し合いをするという雰囲気ではなかった。


 そもそも徒花は氷漬けになってしまっているのだから、目を動かす事はできても口を聞くことはできない。


 すきま風の吹き込む家屋だったから、一酸化炭素中毒になる心配はないと修は理解していた。


 締め切った室内、修の額からは滝のような汗が流れていた。



 まるで、サウナのような環境に修はリタイア寸前だったが、麗は汗一つかかず、涼しげに行く末を見守っていた。


「あのさ、ちょっといいか?もう二時間はこの状態な訳だけど、お前たちはテレパシーみたいなので会話したりしているわけ?」


「いんや、ただ見合ってるだけだ」



 カッパのリーダー格である、敵対的なカッパが睨み合ったままの姿勢でそう答えた。


「あー、そうだろうな。なんとなくそうなんだろうなとは思ってたよ。お前が話し合いをするって言うからここまで徒花を連れてきてやったんだぞ?少しは話したらどうだ?」

 

「おらほ達は口下手だ」


 修は呆れて思わずため息をついてしまう。

 ここに徒花を連れてくるように言ってきたのもカッパ達であれば、話し合いをしたいと言っていたのもカッパ達なのだから。


 敵対的なカッパの後ろに座るねじり鉢巻きのカッパがかわりに口を開く。



「んだから、こうしておらほ達は火さ体を晒しているんだ」


「どういう意味があるんだよそれに?」


「おらほ達は体さ、乾くのが苦手だ。へば、死んでしまうっちゃ」


「だったら、なんでそんな事をするんだよ?」


「おらほ達なりのけじめだ」


 カッパ達はとても不思議な事を言った。

 徒花に殺される仲間をなくす為に、自らの命をかけていると言うのだ。

 それでは本末転倒ではないかと修は考えていた。


 しかし、麗はそうではないようで……


「なんとなくわかるような気がします。

 あなた達は徒花さんに赦されたいのですね。仲間の命を守りたいと言うわけではなくて、自らの命を捨ててでも」


「んだ」


 ねじり鉢巻きのカッパは麗の問いかけに賛同して一つ頷く。


「ぜんっぜん意味がわかんねー。殺された仲間の事はどうも思わないわけ?お前たちは」


「なんも思わねえな」


 修はその答えに首を捻る。この話し合いになんの意味があるのか。


 仲間を捕って殺さないように訴える為の場なのだとばかり修は思っていたから、そうではない事に憤りを覚えたからだ。

 

 妖怪については修は深く理解しているつもりだった。


 修にも、妖怪の、大天狗の血が流れている────とはいえど、人間に近い性質を持つ修と純血の妖怪とではかけ離れた精神性を持っているのだ。


 妖怪や怪異、妖魔なんかとは人間が分かりあえる日は来ないのだろう。そう修は心の奥深くで思った。


 そして、修は少し考える。


 あの大天狗なら、この場をどう収めにかかるのだろうかと。


 ────────


「まったくわかんねえや。俺に妖怪や怪異の考えがわかるはずもない。理解できてしまったらその時、俺はもう人間側じゃないんだろうな」


 自らに流れる血がいつか覚醒し妖怪に、怪異に染まる日がくれば、理解する事もできるのかもしれないが、そんなのは修の望むところではない。


「修さん。どうしたんですか?」


「変に理解しようとするのはやめだ。嫌な奴の顔が浮かぶ」


「嫌な奴?」


「誰でもいいだろ。知らないほうが良いこともあるんだ」


「……はい」


 それ以上、麗は深く追求はしない。そのかわりに麗は修の疑問に答えた。


「修さんはカッパさん達がなんでこんな事をしているのか理解ができないんですよね?」


「ああ。わかってたまるかってんだ」


「昔話、聞かせてもらいましたよね」


「ああ。徒花が妖魔になってしまう前、どんな生涯を送ったのかって話だったよな。少し同情しちまうよな」


「修さんはんですね」



「どういう意味だ。それじゃあ、麗は違う解釈をしたっていうのか?」


「はい。カッパさん達は徒花さんを妖魔にしてしまったこと、そのものを後悔しているんじゃないでしょうか?」


「ますます意味がわからないんだけど。徒花が妖魔化してしまったのは、村の人間達に対する恨みからじゃないのか?カッパがどう関係しているんだよ」


「はい。それもあるとは思います。でも、それよりもカッパさん達が人間たちと融和して、村で人間的な暮らしをしていた事が赦せなかったというのが、徒花さんが徒花さんたる根源だと思うんです。その証拠に、カッパさん達は捕まえられて、人の口に運ばれる。どちらも恨んでいたというのは間違いないとは思いますよ」


「それはなんとなくわかるよ。どちらにも復讐をしようとしていったって事だろうよ。体よく」



「そこが少し違うと思うんです。話を聞く限り、徒花さんは村の人間。自分を裏切った者の子孫達には決してカッパを食べさせようとはしなかった。それはなぜでしょうか?」



「そんなのはわかるわけないだろ。それを理解してしまったら、もうこちら側ではいられなくなってしまう」


「それでいいんです。理解なんかしなくていいんです。そうなっているんだと。そういうものなんだと納得すればいいんです。数式だってそうじゃないですか。完璧に理解して、定理を使っていますか?」


「まあ、それはそうなんだけどさ、麗、いったいお前は何者なんだ?」


 修は麗という人間に少しの恐怖を覚え始めていた。

 何も力は感じないとは言え、普通の人間ではないということは嫌でも理解していた。


「私……ですか?わかりません。でも、たぶん、普通の人間ですよ」


 修を見る麗の目は、酷く冷たい物のように見えた。

 まるで、人外である修を、自らとは違うと言い放つように。


「鏡ってやつか。うん。わかった。それで納得することにするよ。まだ俺はこっち側でいたいからな」


「はい。それがいいと思います」

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天宮城堂のあやかし話 さいだー @tomoya1987

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