秋穂ちゃんの雛人形

まさかミケ猫

秋穂ちゃんの雛人形

「わぁ! 綺麗な人形!」


 わらわを見ながら無邪気に喜んでいるのは、まだランドセルを背負っている年頃の女の子だった。


「お兄ちゃん。このお人形さんどうしたの?」

「あぁ、人から譲ってもらったんだよ。すごく綺麗だろう? それで、秋穂が雛人形を欲しがっていたから、ちょうどいいかなと思って」

「え……えぇぇ! じゃあ、この子は私のお雛様にしてもいいの?」


 秋穂という名の女の子はずいぶん嬉しそうだが、事実は違う。


 兄と呼ばれる少年は中学生くらいの歳だろうか。彼は妾をゴミ捨て場から拾ってきた。そしてチクチクと裁縫をして衣装を作り、破損部分の補修なんかを器用におこなって、妾を雛人形に仕立て上げたのである。

 もっとも、そういう背景をわざわざ妹に伝えないのは、ちょっとした心遣いだろうが。


「ずっと欲しかったんだ……私のお雛様」

「そうだろうね。毎年折り紙で作るのもそれはそれで楽しかったけど、やっぱりちゃんとしたのが一つ欲しいと思ったんだよ」

「ありがとう、お兄ちゃん! わぁ、この子すごく美人さんだねぇ。髪飾りも衣装もちょっと独特だけど、雰囲気とすごく合ってるし。ねぇ、さっそく飾ってもいいかなぁ」


 そうして、妾は狭いアパートの一画を陣取って飾られることになった。


 以前はとして怖がられていたというのに、場所が変われば扱いもまったく変わるものだ。まぁ、この生活がいつまで続くかは分からないが。


 ◆


 人形というのは、人間の模造品である。

 本来であれば命の宿らぬ無機物も、人に見立てて扱われていくうちに自我を持つのは、ある意味で当たり前のことだ。例に漏れず、妾も薄ぼんやりとした意識を持ったまま、最初の持ち主となる女の子と出会うことになった。


「あら、薄気味の悪い人形……わたくしは着せ替え人形が欲しいと申したのに、何をどうしたら日本人形が届くのかしら。どうせまたお爺様のご趣味の押し付けでございましょう」


 持ち主の女の子と会ったのは、その一回きり。

 どうやら妾は誕生日プレゼントとして贈られたようなのだが、彼女はお気に召さなかったらしい。そのまま大きな屋敷の倉庫にしまわれ、日の目を見ることがないまま長らく無為な時間を過ごした。


 倉庫から妾を取り出したのは、一人の男だった。


「婆さんが言ってた人形ってこれだよな。確かに薄気味悪く見えるから、画面映えはしそうか。あとは何かエピソードを盛って、演出でカバーすれば――」


 そうして、妾は男の手によって、「呪いの日本人形」として一躍有名になってしまった。


 曰く、放っておくと勝手に髪が伸びるだとか。捨てられてもいつのまにか家に帰ってくるだとか。日によって表情が変わるだとか。そんなわけはないと、ちょっと考えれば分かるだろうに。

 妾を「恐ろしい怪異」に仕立て上げて面白おかしく紹介することで、男の作ったテレビ番組は大人気となったらしい。


――本当に人を祟ることができたらと、何度願っただろう。


 しかし残念ながら、ただの人形に過ぎない妾は無力だった。本来ならば女子の健やかな成長を祈って作られたはずの妾は、男の虚栄心を満たす道具として、様々な人間に心無い言葉を浴びせかけられた。


 ブームがひとしきり落ち着くと、妾は好事家の手を次々と渡り歩くことになった。


「ほう、これが例の呪いの日本人形か」

「恐ろしいな。強い怨念を感じる」

「持ち主が次々に死んでいると聞くけど」

「やだ、捨ててきてよ。気味が悪いわ」

「よし。次の動画は呪いの人形がテーマだ」


 時代が移り変わっていっても、人間なんてそうそう変わるものではない。

 最終的に妾は、何やら「動画配信」というもので飯を食っている男に妙ちきりんなネタにされた挙げ句、用済みとなって雑に捨てられることになったのだ。


 ゴミ捨て場で天を仰ぎながら、腹の底にグツグツと沸き立つような怒りを覚える。


 あぁ、妾はなんのために生み出されたのだろう。

 人形職人が一生懸命に目鼻を彫り込んだのは、人々に恐怖を与えるためだったのか。人手を渡り歩くたびに怯えられ、貶されるのは、この顔貌が悪いのか。それなら、最初から生み出さなければ良かっただろうに。無力な妾が、いったい何をしたというのか。


 きっとこの感情の先に、本当に人を祟るになる道があるのだと思う。しかし……おそらく妾は、そうなる前に「ゴミ」としてこの無為な生涯を終えることになるだろう。

 そうして破裂しそうな感情に、魂がひび割れそうになっている時であった。


「綺麗な人形。これ……どうしてこんなところに捨ててあるんだろう」


 妾を拾い上げたのは、中学生くらいの男だった。

 彼は薄汚れた妾を慎重に抱えると、自分の家へと連れて帰っていった。そして、モバイル端末で色々と調べ物をしながら妾の身を綺麗に掃除し、欠けた部分を埋め、和柄の布の切れ端で衣装を作り始めたのだ。


「実はずっと、妹が雛人形を欲しがっているんだけどね。うちは母さん一人だから、あんまり負担はかけられないと思って諦めていたんだ……でも、君を見つけることができた。君にはぜひ、妹の成長を見守る雛人形になってほしいんだよ」


 妾は男の手によって生まれ変わった。

 妹とやらにも怖がられるのではないかと思っていたのだが、杞憂だったらしい。そうして妾は、何十年の時を経て、ようやく平穏な時間を手に入れることになったのだった。


 ◆


 あれから十数年。

 今日は秋穂が結婚式を行う日で、妾は披露宴の会場に飾られることになった。参列している友人たちは、妾を興味深そうに見つめるが、その目に恐怖の色はまったく感じられない。


「これが噂の日本人形ね……すごく素敵」

「なんだか優しい顔をしてるように見えるわ」

「綺麗ね。見てるだけで温かい気持ちになる」


 妾自身は人形だから、表情なんて変えられない。

 それでももしかすると、人間には妾の感情を読み取るような不思議な力があるのかもしれない。最近はそう思うようになってきた。


『それでは、お色直しも済みましたので、新郎新婦に再度ご登場いただきましょう。皆様、どうぞ拍手でお迎えください』


 そうして、ウェディングドレスから着替えた秋穂が会場に入ってくる。着ている衣装は――。


「あのドレス。人形の着物と同じ柄じゃない?」

「可愛い! 和柄のドレスって素敵!」

「わー、私もああいうの着てみたーい」


 秋穂は妾と「おそろい」のドレスで現れた。

 どうやら最近は、和服をリメイクしたドレスなどというものもあるようなのだが、秋穂はわざわざ妾と同じ柄の布地を探し回ったらしい。


 ちなみに、実際にドレスを手掛けたのは彼女の兄である。今はファッションデザイナーとして大活躍しているという噂を聞いているが、それも納得できる仕上がりになっていた。


「――皆様、ご存知の通りこのドレスは兄がデザインしてくれたものです。それだけではありません」


 秋穂は皆の前で一礼すると、マイクを手に取って嬉しそうに語り始める。


「実は私が小学生の時に、人形を補修して衣装を作ったのも兄だったんです。何も気づいていないフリをしているのは大変でしたが……今となっては笑い話ですね。兄さんがくれた人形は私にとって一番大切な宝物なので、今日の衣装はこれにするってずっと決めていたんですよ」


 そうして、秋穂は穏やかな顔で妾を見る。


 雛人形は、女の子の健やかな成長を願って贈られるものである。そうして見守ってきた子が、こんな風に幸せに結婚する姿を見られるなど、これ以上の喜びがあるだろうか。

 できればこの先も、ずっとずっと、秋穂の幸せを見守っていきたい。今の妾は、そんなことを願っている。

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秋穂ちゃんの雛人形 まさかミケ猫 @masaka-mike

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