麻里子を月に連れてって
https://kakuyomu.jp/works/16818093083219434074/episodes/16818093083219473325
こんにちは、今回は「元神童」にチャレンジしてみました。まさかミケ猫です。
先日から #匿名短文元神童企画 という企画に参加していたのですが、元神童マイスターである本庄さんが「みんな作品解説しようぜ」とおっしゃっていたので、ここぞとばかりに自作語りをさせていただければと思っています。隙あらば語っていくスタイルです。
本作は実はちょっと悩んだんですよね。
というのも、麻里子ちゃん視点だと天宮くんはずっと凄い人って感じになるので、本企画で求められている「元神童」感をあまり強くねじ込めないかなぁと思ったんですよ。なので、正直得票は微妙かなぁなんて思いながら、まぁ今回は書きたいように書いちゃおうかなと思って書き上げたわけです。そのあたりも最後あたりに語れたらと思います。
あ、でも順位は4位/39作品だったので、だいぶ健闘したんじゃないでしょうか。
さて、いくつか要素を解説していきますね。
◆私を月に連れてって(Fly me to the moon)
ジャズの名曲ですよね。もちろん本作はこれを意識して取り込んでいます。
たしか八雲さんあたりには伝わっていたと思うんですが、要は「月が綺麗ですね」のような婉曲的な愛の表現なんですよ。たぶん曲を聴けば「あーこれかー」ってなる人は多いと思います。で、気づいてくれる人がいたらいいなぁ、くらいの感覚で仕込んでみました。めっちゃ素敵ですよね。
In other words, hold my hand.
In other words, baby, kiss me.
◆麻里子ちゃんから見た神童「天宮くん」
麻里子ちゃんから見た天宮くんは、とにかく何でもできる、憧れの凄い人。まさに神童です。
しかも、麻里子ちゃんはなかなか落ち込んじゃう状況に置かれていますからね。みんなから「太っていることを弄られる」という状況に、強く言い返せずに苦笑いで乗り切る。彼女はそんな弱い自分自身が嫌になってきていて――そうして悩んでいる時にただ一人、麻里子ちゃんを気遣って寄り添ってくれたのが、天宮くんだったわけです。
天宮くんは麻里子ちゃんにとってヒーローで、キラキラしている。でもそんな彼が、月を見上げて、今にも消えてしまいそうな顔をしている。地球を捨てて、月で暮らしたいって言うけれど。一人で暮らすのは寂しくないのかな。
そう思って胸が切なくなった麻里子ちゃんですが、彼女は自分に自信がありませんからね。とてもじゃないですが、「すきです」とか「そばにいるよ」なんて直接的な自己主張はできない子なので。それでも、胸の内にあるどうしようもない感情の塊を、どうにか吐き出そうとした結果が。
「ねぇ、天宮くん。私を月に連れてって」
こうなったわけですね。
麻里子ちゃんなりの、あの時点でできる精一杯の気持ちの伝え方だったんだなぁと。麻里子ぉぉぉぉぉ!
◆天宮くんから見た「麻里子ちゃん」
これは作中ではほとんど描写していない部分で、これを作中に出そうか出すまいか、めちゃくちゃ悩んだところでもあるのですが。天宮くんの苦悩や、どのように「元」神童だったのか、それが麻里子ちゃんによってどう変わったのか、なんかのバックストーリーが実はありまして。
まず天宮くんは、何でもできる少年です。
勉強もできる、スポーツもできる、容姿も整っていて、性格も良い――となった時に、彼が周囲からどのような目で見られるか。これは他の企画作品でも似たような状況の神童がいましたよね。人間は「異物を排除しようとする」なんて習性がありますから。羨望や嫉妬、謂れのない中傷、勝手に期待されて落胆されたり、揶揄されたり。変にすり寄ってくる人がいたりもします。天宮くんのご両親だって、周囲から色々なことを言われたんでしょう。
「最近では、頭が良い代わりに精神的に異常がある、なんて言われたりもするんだよね」
天宮くんはこれでも、かなり言葉を選びながら麻里子ちゃんに心情を吐露しています。実際はもっとえげつない言葉を浴びて、両親も「こんな奇妙な子が育つのは両親の教育のせいだ」のような陰口にずっとピリピリしている。そんな状況なんですよね。
実はもうこの時点で、天宮くんは神童ではなくなってしまっているんです。もう人間社会の全てが嫌になって、何もかもを捨てて逃げ出したくなっています。
「僕はいつか、月に住みたいんだ」
これは、夢じゃなくて逃避です。
具体的な目標でもなく、ただただこの地球から逃げ出したくて、誰とも関わらなくていい場所に行ってしまいたい……そんな、彼なりの弱音でした。
「君は透明なビー玉のように綺麗だから」
そんな彼にとって、麻里子ちゃんとの交流は癒やしだったんですよね。
のんびりした性格の彼女は、彼に対して特に嫉妬をするでもなく、変にすり寄るでもなく、ただ天宮くんに「すごいねぇ」と無邪気に言っているだけ。ただそれだけのことが、彼にとってはこれ以上ない癒やしの時間だったんだと思います。
そして。
月に行きたいという天宮くんの現実逃避に、麻里子ちゃんが告げた言葉こそが。
「ねぇ、天宮くん。私を月に連れてって」
これになるんですよ。
それでね。
「私、強くなるよ。誰から何を言われても、大丈夫な人になる。頑張って痩せて綺麗になるし。勉強も頑張ってさ、月でも役立つ知識を身につけるよ。だから」
麻里子ちゃんは透明なビー玉のようにキラキラとした心で、天宮くんの「神童性」を信じている。
そして、他の人間の欲にまみれた汚い感情ではなくて、本当に純粋に、側にいたいと思ってくれているのだと天宮くんは知ったわけです。
「ん。分かった。月に行こうか。一緒に」
この瞬間、天宮くんの「逃避」が「目標」に変わったわけです。それと同時に、傷つき疲れ果てていた「元神童」が「努力する天才」へと生まれ変わったわけですね。そう、実はここだったんですよ、彼のターニングポイントは。
◆麻里子ちゃんの努力
麻里子ちゃんは、食べることが好きです。まるまると太ってしまうくらい食べることが好きで、甘いものが好きですし、脂っこいものも好きですし。
しかも彼女の両親もあまり麻里子ちゃんに厳しいことを言わないんですよね。それもあって、彼女のセリフも「一生懸命に愚痴を吐いてるつもりなのに、なんかのほほんとしている」という雰囲気になってしまうわけです。
そんな彼女は、痩せて綺麗になるために運動を頑張り始めます。そして、食べるものに気をつけ始める。これは、両親にも事情を説明して協力してもらったりして、彼女なりに色々と調べたりして頑張っていくわけです。
小学校を卒業し、中学、高校と進学していくにつれて、痩せて綺麗になっていく麻里子ちゃんはけっこうモテます。が、天宮くん以外は眼中にない麻里子ちゃんは、普通にガン無視で将来のことを考え始めます。大学では、何か月面生活で役立つような研究をしたいなぁと。
それで。彼女は既に自分のダイエットを成功させて、栄養学についてはそれなりに知識があり、かなりの興味も持っていると。なので、彼女は「月面での食事」をテーマにして大学で卒業論文まで書きます。
時を同じくして、天宮くんが月面への人類移住計画を具体化させていっていますから、食品メーカーなんかも宇宙食の開発部門を立ち上げている。麻里子ちゃんはそこに就職して、日夜研究に勤しんでいたわけです。
さて、しばらくすると月面移住の募集が始まり。
麻里子ちゃんは、働いている会社の後押しを受けながら、天宮くんのもとに向かうわけです。ちなみに、麻里子ちゃんの所属する会社の社長は、就職の面接の時に麻里子ちゃんの事情を知って、めちゃくちゃ応援してくれていたりします。完全に蛇足なので本文には一切出てきていませんが。
それで、本作の冒頭に繋がるわけですね。
◆天宮くんの努力
天宮くんは、月への移住を具体的に考え始めます。しかしそれには、日本の学校制度の枠に収まっていては無駄に時間がかかってしまう。ということで、アメリカに移住して飛び級するわけですね。
これは天宮くんの家庭環境にも良い影響を与え、ご両親は日本にいる時よりも比較的穏やかに過ごせるようになりました。もちろん、あちらはあちらで様々な問題はありますが、天宮家には自由の国の方が肌に合っていたようです。
さて、天宮くんは工学系の勉強を中心に頑張ることになります。そして、最終目標は月面移住なので、その過程で必要になる要素技術をどんどん生み出していっては、特許をめちゃくちゃ取って、世界的な有名人になっていくと。
冒頭、麻里子ちゃんが宇宙船の中でネットワークに接続して動画を見ているのだって、天宮くんが量子通信デバイスを実用化したからなんですよね。地球から月までの距離で光通信をしようとすると片道1.3秒もかかるのは通信インフラとして致命的だと考えた天宮くんが、それを実用化しちゃったわけです。天才か。
月面開発についても「自己増殖型機械で人類の居住区画を広げていく」みたいな設計思想の建築装置を作ったみたいですね。水、空気、光になんかについても人類が暮らせるような環境を保ち、農作物なども養液栽培をベースにした農場設備を整え、肉類も人工培養のような形で生産して供給して……やっぱり天才か。
まぁ、そういう技術的なあれこれは設定だけ色々と考えてあるんですけど、本文中に盛り込む隙はまったくなかったので、私が一人で盛り上がっていたわけですね。はい、こういうのが好きなんです。
さて、そんな天宮くんはもちろんモテモテだったわけですが、彼の心の中にいるのは麻里子ちゃんだけですからね。恋愛関係はガン無視して突き進んでいきまして。やがて周囲も「あ、こいつは恋愛しない奴なのか」という理解が広まっていきます。
そんなわけで、ついに彼は月面への移住という偉業を成し遂げるに至ったわけですね。
◆二人の再会
実は二人とも、自分の思いは一方通行かな、なんて思っていたりしました。
麻里子ちゃんはやっぱりちょっと自分に自信がないので、世界的な天才になった天宮くんが自分を見てくれるのか、覚えていてくれるのか、実はちょっと不安だったりします。それでも、天宮くんとの約束を胸に月面にやってくるわけです。
天宮くんも、麻里子ちゃんが本当に月に来てくれるとは思っていなかったんですよね。なにせ子どもの頃の約束です。天宮くんにとっては大切でキラキラとした思い出ですが、麻里子ちゃんにとっても同じかどうかは分からないですから。
さてさて、めちゃくちゃ美人になった麻里子ちゃんが自己紹介をした時の、天宮くんの感情をね、想像してやってくださいよ。ふふふふふふふふ。
「……綺麗になった、ね」
「なんか言わせちゃった感じ?」
「そんなことないよ。本当に、綺麗だ」
それで、何を言うでもなく二人は近づいていって。
In other words, baby, kiss me~♪
いやぁ、もうこれは最高でしょ。
ちなみに天宮くんは「天才だが異性関係に欠陥を抱えている」と世界中の人に思われていて、麻里子ちゃんは「美人過ぎる宇宙食研究者」として界隈で有名だったりするので、この二人のこれはもう、世界的な大ニュースになってしまうわけですが。
麻里子ちゃんは、あの日、月を見上げて消えてしまいそうな顔をしていた天宮くんの横に立てた。
天宮くんは、自分の現実逃避を目標に変えてくれた麻里子ちゃんが、本当に月まで来てくれた。
もうそれだけで、二人は幸せいっぱいなわけですね。良かったね。私も胸がいっぱいです。
◆ところで、どうしてこの作品を麻里子ちゃん視点で書いたの?
というところですよね、問題は。
いや、企画の趣旨を考えるなら、天宮くんの心情にフォーカスして、その苦悩や変化を見せていく書き方もあったと思うんですよ。そっちの方が良かったって言われても「そうですよねぇ」としか言えないですし。麻里子ちゃん視点では、どうしても「綺麗な天宮くん」の面しか書けません。だって天宮くんは、自分の苦悩を麻里子ちゃんに叩きつけたりしない奴なので。
それでも、私が本作を麻里子ちゃん視点で書いたのは。
【それじゃあ、天宮くんを救いきれないなぁ】
という一点ですよね。これに尽きます。
いやぁ、短編作品として切り取れるのって、この世界のほんの一部じゃないですか。それで、読者の皆様の心の中にいる天宮くんが、救われるかなぁって部分をどうしても考えちゃったんですよね。
天宮くん視点で短編を書いてしまうと、麻里子ちゃんの真意が分からないじゃないですか。月に来た彼女が、本当に昔の約束を覚えてるのかもしれないし、単に成功者になったから擦り寄って来たのかもしれない。読者によっては、麻里子ちゃんが悪女になっちゃって、バッドエンドを想起しちゃうかも……みたいにはしたくなかったんですよ。100%全力で天宮くんを救うぞって作品にしたかったので。
ただ、ここをもう一捻りして、天宮くんの苦悩なり救済なりを見せられる作品にできたんじゃないかというのが、今回一番の反省点ですね。考えていけば、やり方は色々あったなぁと思うので、それは今後の企画参加の中で色々とチャレンジしていければと思います。また面白いのが書けそうだぞぉ。
ということで、私としては天宮くんに絶対救われてほしかったので、まっすぐな心で月までやってくる麻里子ちゃんを書きたいなぁと思って、彼女の視点から作品を綴っていったわけでした!
と、概ねこんな感じで語りたいことは語れたかなぁと思います。
というわけで、せっかくの機会なのでめちゃくちゃ自作語りをしてみました。お楽しみいただきありがとうございました。また次の匿名企画お会いしましょう! だいたいどこにでも出没しますので!
#匿名短文元神童企画
https://kakuyomu.jp/works/16818093083205335474
麻里子を月に連れてって
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【連載中】
ドキッ♡ヤクザだらけの異世界転生〜仁義もあるよ〜
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