第3話 儀式の日

 意味が分からなくて、私は瞬きをした。


「あの……そちらの式場、『シングルプラン』がありますよね。新郎分はキャンセルしますし、ゲストも呼びませんが、日程はそのままで『シングルプラン』に変更してください」

 

 私は驚いた。

『シングルプラン』とはつまり、結婚式ではない。


 いつかは結婚を夢見る女性。

 もしくは逆に、生涯独身と決めて、少しでも若いうちに美しい姿を残しておきたい女性。

 あるいは既に他の式場でパートナーと挙式をしているが、十二単じゅうにひとえに憧れのある女性など。


 そういった女性向けに、この式場は『シングルプラン』を用意している。


 挙式も披露宴も無いが、十二単に身を包み、祓いの儀式と幸福祈願の儀式を受けられる。

 基本プランに含まれるのは女雛、女官役のスタッフ、近隣から派遣される神職の方、そしてカメラマンの4名のみだ。


 祓いの儀式と、幸福を祈る儀式。

 確かに、今の彼女には必要な儀式かもしれない。


「婚約破棄は、とても、とても悔しいですが……私はここから、新しいスタートを切りたいんです。協力していただけますか」


 彼女は大人しそうに見えて、意外に芯の強い女性だったようだ。彼女なりにをつけて、前に進もうとしている。

 

「……それでも一部、キャンセル料は掛かってしまいますが、構いませんか」


「はい」


 彼女は迷いのない澄んだ声で答えた。






 3か月後。


 この式場で一番小さな会場。

 垂髪すべらかしを結い上げ、春らしい桜色の唐衣からぎぬを纏い十二単姿となった和田様が、女官役から盃を受けている。


 気になったので、つい様子を見に来てしまった。

 カメラに映るといけないので会場後方からこっそりと様子を見る。


「御園さんも来てましたか」


「あ、佐山くん」


 佐山くんが音を立てないように入ってきて扉を閉めた。


「やっぱり、気になっちゃってね」


「僕もです」


 そして二人並んで儀式の進行を見守る。

 今は神職の方が祝詞を唱えているところだ。俯いた和田様を斜め後ろから盗み見る。

 

「しかし……普段は化粧っ気なかったけど、あんなにきれいな人だったんだね」


 仕事柄、和田様と初めて会った時からおそらく化粧映えするタイプじゃないかと思ってはいたが、まさかここまでとは思っていなかった。


「本当にそうですね……。十二単も、すごくよくお似合いです」 

  

 神秘的な瞳、玉のような白い肌、美しい所作。まるで、小さなサナギが世にも美しい蝶になるところを見てしまったような気分だ。

 彼女を手酷く振った高梨様はきっと、彼女のこんな一面を知らなかったに違いない。


 祝詞は朗々と響き、粛々と儀式は進んでいく。



 ひなまつりの起源は古い。

 平安時代に上流階級の女子の間で行われた『ひいな遊び』という紙人形のままごとから始まり、厄を人形に移して水に流す払いの行事『流し雛』と合わさって『ひなまつり』が生まれたと言われている。


 しかし、この頃はまだ祓いの儀式としての色が強い。室町時代には三月三日に日付が定まり、江戸時代になると宮中行事にもひなまつりが取り入れられた。


 この頃には庶民にも広くひなまつり文化が広まっている。そして江戸中期には、女の子の赤ちゃんの誕生を祝う『初節句』の文化が加わった。


 ひなまつりはそうして、女の子の厄を引き受け、幸せを願うお祭りへと変化していったという。



 今日の儀式は、彼女にとってはみそぎとも言える。ここで自分の中で区切りをつけて幸せに向かっていけるなら、こういうのもありかもしれない。


 私は目を閉じて、彼女の幸せを後ろから静かに祈った。


 


「……さて。私は次があるから戻ろうかな。佐山くんは?」


「僕も次ぬいぐるみ持ちなんで行きます」

   

「そうなんだ。そういえば、この前怒られたんじゃなかったっけ? ぬいぐるみ持ち苦手?」


「あー、それ……。いや、あれはぬいぐるみ関係ないんですよ」


 佐山くんはばつが悪そうに頭を掻いた。

 

「顔に出た僕が悪いんですけど、前の日に彼女に振られまして……」


「あー……なるほど」


 例え自分の恋愛が上手くいかなくても、私たちは毎日幸せな新郎新婦のお手伝いをする。

 結婚式は一生に一度の大切な行事だから、どんな時でも心を込めて新郎新婦のために尽くすつもりだけれども、心がつらくなる時があるのは私にも少し分かる。


 神職の祝詞はまだ続いていたので、ついでに佐山くんの幸せも心の中で少し祈っておいた。和田様のための儀式だけれども、神様もちょっとくらいならオマケで聞いてくれるかもしれない。


 そして、私たちは会場から出ると再び静かに扉を閉めた。



 


 そして、さらにその1年後。


「……で、なんでこうなった」


「そうですよねえ~」


 ここはプランナーと新郎新婦が打合せする際に使う部屋だ。

 片側の壁が一面ガラス張りになっていて、窓の外の桜の木の隙間から、ところどころ春のあたたかい日差しがテーブルに差し込んでいる。

 

 四人がけのテーブルのこちら側に私、傍らにPC。

 テーブルを挟んで反対側に座るのは、なぜか照れくさそうに頭を掻いている佐山くん。そしてその隣には、なんと和田様が頬を赤らめて俯いている。


「実はあの儀式の時に僕、彼女に一目惚れしちゃって……。帰りに声をかけて連絡先交換して、まあ色々あって僕たち結婚することになったんですよ」


「そんなことある?! てか、言ってよ! 付き合った時点で」


「いや、ちょっと恥ずかしくて……。でも、結婚するって決まって、式は絶対ここで御園さんにお願いしようって二人で話してたんです。彼女が新たなスタートを切ることのできた思い出の場所でもありますし。ね」


「はい」


 和田様も微笑みながらこくりと頷いた。


 思い出の場所。

 そんな風に思ってくれていたのか。


 正直、彼女にとってここが嫌な思い出の場所になってしまっているのではないかと思っていた。

 きちんと切り替えて、いい思い出として上書きできているならとても嬉しい。


 しかし、婚約破棄の物語を読んでいたら本当に婚約破棄が起きて、和田様と佐山くんの幸せを一緒に願ったら本当に二人がまとめて幸せになってしまった。

 私、もしかしてなんか不思議な力ある? いや、そんなはずはないか。あったらどうしよう。


 それとも、ひなまつりの神様の仕業だろうか。ひなまつりの神様、なんているかどうか分からないけれど。


「ちなみに……共通の友人から、高梨は例の彼女と離婚したって聞きました。なんか両方浮気していて相当な修羅場になったとか……」


「え、そうなんですか」


 ざまあみろ、ゲス野郎!

 って普通に口に出して言いそうになったけどギリギリ我慢した。私えらい。


 まあ、和田様がそんな男と結婚していなくて本当によかった。


「……で、担当プランナー、引き受けてくれます、よね?」


 和田様が少しはにかみながら聞いてきた。


 今日の彼女はナチュラルメイクで、表情は以前よりも柔らかく、明らかに以前高梨様の隣にいた時よりもきれいになっていた。佐山くんとはいい恋愛ができていることが窺われる。


 窓の外の桜の木は、冬の間は葉も落ちて見上げる人もいなかった。けれども春を迎えた今は、もう少しで満開を迎えようとしているようだ。きっと今年も美しく咲いてくれるだろう。


「もちろん。絶対いい式にしますよ」


 私は二人にニッと笑いかけた。

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『ひなまつり型挙式』専門式場hinaブライダル 水帆 @minaho_ws

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