樹海にて

船越麻央

スーサイド・フォレスト

 私は樹海にやって来ました。自殺の名所として有名な場所です。今の私にふさわしい。私は計画通り観光客に紛れて樹海に足を踏み入れました。目的はご想像の通りです。

 写真撮影をするフリをしながら樹海の遊歩道を進みました。周囲を注意深く見回してチャンスを待ったんです。そして好機が訪れました。私は遊歩道から立入禁止の樹海に足を踏み入れたのです。私は誰にも見られずに一線を越えてしまいました。


 私は樹海の中を彷徨いました。少しでも奥に行きたかったのです。もはや後戻りは出来ません。ゴツゴツした岩で足場の悪い樹海の中をひたすら奥へ奥へ。

 次第に日が暮れて来ました。間もなくこの樹海にも闇が訪れると思います。私は最期を迎える場所を探しました。

 後悔はしていません。なんの未練もないのです。両親はすでに他界し妹とも没交渉ですし。無断欠勤をしている職場では今頃大騒ぎになっているかもしれません。本当に申し訳ありません。ご迷惑をおかけしました。後はよろしくお願いします。


 日が暮れて寒くなってきました。もう十分遊歩道から離れた場所にいると思います。でももう少し進もうと思います。年に何回か樹海の中を捜索するそうです。私は誰にも発見されたくありません。もし見つかったとしても私がどこの誰か分からないようにしたつもりです。とにかく一人で静かに眠りたいのです。

 少し風が強くなりますます寒くなってきました。しばらくして私はちょうどいい窪地を見つけました。ここならば……ここならば問題なさそうです。私はその場に腰を下ろしました。


 私はリュックから小さな懐中電灯、ウィスキー瓶と紙コップのセット、睡眠薬入りのケースを取り出しました。この日のために準備をしてきました。これで終わりにできるはずです。でも飲むのにはまだ少し早いと思います。私の最後のお願い。もう少しだけ……時間をもらいたいのです。決して先延ばしにするつもりはありません。覚悟は出来ています。私は人生をここで終わりにするのです。


 さて。完全に夜になりました。静かです。ざわざわと木の枝が揺れる音がするだけです。私は夜空を見上げました。なぜか涙が……。何を今さらと自分を𠮟りました。誰も恨まない、何もかも捨てたはずなのに。

 私は幸せだったかもしれません。でも、もう沢山です。いったい何のために生きているのか分からなくなってしまいました。愚痴ってすみません。


 私は睡眠薬をウイスキーで流し込みました。量は十分なはずです。これで終わりです。私は樹海に沈んでいくのです……。


 私は目を開けました。

 私は……生きているのか、死んでいるのか。

 まさか睡眠薬の量が足りず死にきれなかったのでしょうか。

 その時です。


「迷子の子や~」


 女の人の声が聞こえてきました。


「迷子の子や~」


 また聞こえました。若い人の声のようです。


 私は思わずあたりを見まわしました。こんな時間にこの樹海の中に人がいるはずありません。するとどうでしょう、遠くに髪の長い白い服を着た女の人の姿が見えました。


 私の周囲は漆黒の闇です。

 遠くに見える女の人は青白い光に包まれているようでした。その姿はハッキリと見ることができました。ゆっくりと滑るように進んでいます。


「迷子の子や~」


 私は初めて恐怖を覚えました。私は……私は以前にもこの経験をしたことがあるような気がしたのです。デシャブと言うのでしょうか。もしかしたら夢で見たのかもしれません。それにしてもこんな時にこんな所で一体どうして……。


 女の人がだんだんと近づいて来ました。


「迷子の子や~」


 まるで歌うような声です。迷子って誰? 私のこと? 私を迎えに来たの? それとも樹海の中を彷徨う亡霊? 暗黒の深淵の住人でしょうか。

 女の人の顔は分かりませんが、長い髪をなびかせています。まっすぐに前を向いて私の方は見向きもせずに通り過ぎて行きました。


「迷子の子や~」


 間違いありません。前に見た夢と同じです。怖い夢だったので覚えています。その時はここで目が覚めました。でも今日は……。


 そんなことを考えていると、だんだんと意識が遠のいてきました。ようやく薬が効いてきたのでしょうか。私はこのまま二度と目を覚ますことはないと思います。「迷子の子や~」また聞こえましたがもう怖くありません。なぜか心地よくなってきました。私はこの樹海で永遠の眠りにつきます。今までありがとうございました。文章が乱れているようです。乱筆乱文ご容赦ください。本当にすみません。それでは皆さんさようなら……。


 了




  


 

 




 

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樹海にて 船越麻央 @funakoshimao

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