【KAC20251】妖の里のひなまつり

内田ヨシキ

妖の里のひなまつり

 ここは人里離れた、妖怪の里。


 異国から遊びに来た妖精たちと、生まれたばかりでまだ幼い妖怪の子どもたちが仲良く交流しています。


 冬も終わりに近づいたある日、羽の生えた西洋妖精ピクシーがひらりと舞い降りました。


「ねえねえ、『ひなまつり』ってなあに?」


「『ひなまつり』?」


 そこにいたのは幼い妖狐のコンと、唐傘おばけのガシャです。


「空から見たらね、人間たちが楽しそうにしてるの。なんか『ひなまつり』って言ってたけど、あなたたちなら知ってるでしょう?」


「う~ん?」


 コンは困ったように首を傾げました。コンは去年の夏に妖怪になったばかりで春を迎えるのは今年が初めてです。人間たちの春の催しなど、まだわからないのです。


 一方、ガシャは自信満々に答えました。


「おれ、わかるぜ。人間はなんでも飾るのが好きだからな。年末なんか、でっかい木を飾って、『くりすますつりぃ』とかって呼んでるんだ。だからきっと『ひなまつりぃ』も、なんかでっかい木に、『ひなま』を飾るんだ」


「じゃあ『ひなま』ってなに?」


「……なんだろう」


 ピクシーの再度の問いかけに、ガシャは閉口してしまいました。


「なになに、何の話?」


 そこに西洋妖精の小人、ブラウニーがやってきました。


 事情を聞いたブラウニーは、なるほどと頷きました。


「誰も『ひなまつり』がわからないなら、ぼくたちで答えを探してみようよ」


 こうして4人の妖怪と妖精は、人里に繰り出して『ひなまつり』の正体を探りに行ったのです。


 とはいえ人間に見つかったら大事おおごとです。慎重に身を隠しながらの探検です。


 ピクシーは空から偵察。小さなブラウニーは、あちこちの家屋の隙間から侵入して。


 コンは人間の子どもに変身して人混みに紛れ。ガシャは、忘れ物の傘に擬態して。


 それぞれに覗き見て、聞き耳を立てて、人間に見つかりそうになったら大慌てで逃げ出して。


 やがて4人は再び集まりました。


「なんかでっかい階段みたいなのに人形をたくさん並べてた!」


「赤い布が敷かれてたね!」


「あと『ひなあられ』っていうお菓子を食べてたわ」


「なんでも『おひなさま』ってやつがいるらしい」


 4人は顔を見合わせて口々に集めた情報を語りますが、結局、最後には揃って首を傾げます。


「なんのお祭りか、よくわかんなかったね」


 コンは耳を垂らして言います。しかしブラウニーは首を横に振りました。


「うぅん、でもお祭りなのはわかったんだ。大きな階段や人形、お菓子がなにを意味してるのかわかれば……」


「それなら、ぼく、わかるかも」


 コンは耳を立てて顔を上げました。


「神社とかでもそうなんだけど、尊いものは高いところに置かれるんだ。だから大きな階段があるってことは……」


「あの階段の上には、なにか尊いものがいるってことかな?」


 そこでピクシーが、はいはーい、と手を上げました。


「いるんじゃなくて、来るのよきっと! あたしの国でも降臨祭ってやるもの。きっとあの階段は、神様や精霊様が天から降りてくるためのものなのよ」


 ブラウニーもうんうんと頷きます。


「そういえば、赤い道は神々が通るものだって聞いたことがあるよ」


 ガシャもピンときました。


「おれが聞いた『おひなさま』は、神様だったのか!」


「きっと『おひなさま』の降臨を願う儀式が『ひなまつり』なんだね!」


「『ひなあられ』はきっと『おひなさま』へのお供え物だね」


「じゃあ、あの人形たちはなんだろう?」


「きっと人間たちの代わりにお祈りしてるのよ! だって普通とは違う、儀式みたいな服装をしてたもの!」


「みんなで楽しそうにしてたから、きっと『おひなさま』はいい神様なんだね」


「お願いとか聞いてくれるのかな?」


「おれたちも『ひなまつり』をして、『おひなさま』に会ってみよーぜ!」


 ガシャの一言に、他の3人も頷きました。


 さっそく4人は倒木を積み上げて階段を作ってみました。


「赤い布がないわ」


「染料でもあれば、ぼくが作れるんだけどなあ」


 ピクシーとブラウニーは困ってしまいましたが、コンとガシャは「大丈夫」と笑います。


「代わりをやってくれる子を連れてきたよ!」


 コンとガシャが連れてきたのは、黒雲の妖怪『赤舌』です。その大きな口には、赤々とした長い舌があります。


 その舌を、赤い布の代わりに階段に敷きました。ちょっと雰囲気は異様ですが、形にはなりました。


 お供え物として、お菓子の代わりに木の実や果物を用意します。


「お人形たちはどうしようか?」


「お人形は人間の代わりにお祈りしてるんでしょ? だったらぼくらが自分たちで祈ればいらないんじゃないかな?」


「黙ってお祈りしてるだけじゃ、『おひなさま』は先に人間たちのほうに行っちゃうよ。おれたちのところに来たほうが、もっと楽しいって思ってもらわなきゃ」


 ガシャの提案に、みんなは再び湧きました。


「じゃあ踊ろう!」


「歌おう!」


 4人は用意した階段と赤舌の上で、楽しく騒ぎ始めました。


 どんちゃん騒ぎに、他の妖怪や妖精も引き寄せられ、気づけば里のみんなが総出で楽しむ大宴会に変わっていきました。


 そんな宴会も終わって、翌朝。また4人は集まりました。


「『おひなさま』、こなかったねー」


「やりかた間違えちゃったのかなぁ」


「そもそも、これが『ひなまつり』じゃなかったとか……?」


 う~ん、と少し唸りますが、そんなことは、みんなころっと忘れて笑顔になります。


「でも楽しかったね!」


「うん! また来年もやろーよ! あたしたちの『ひなまつり』」


 こうして、妖怪の里では3月3日に人知れず、毎年ちょっと間違った、けれどとてもとても楽しい『ひなまつり』が開催されるようになったのでした。

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