年に一度のひな祭り部

藍沢 理

ひな祭り部の大騒動

 毎年三月三日、我が校のひな祭り部は唯一の活動日を迎える。三百六十五日のうち、たった一日だけが我々の存在価値だ。


 ただ、私は固まっていた。プリンターの前で。


「あやか! パンフレットできた? 展示会まであと一時間よ!」


 部長の大河原おおかわらさんが体育館から駆け寄ってきた。今年の「第七十二回ひな祭り展示会」は校長も来るらしい。


「あのね、プリンターが……壊れてて……」


 言い訳に部長の目が細まった。


「去年も同じこと言ったわね」

「偶然です」

「三年連続で? 四百部、手書きよ!」

「無理です死にますパワハラです!」

「死なないわ。腱鞘炎になるだけ。あと私のパワハラはもっと厳しいわよ?」


 激論の最中、印刷室に一年の田中が顔を出した。


「あやか先輩、これ預かってたやつ」


 彼女の手には、昨日コンビニで印刷したパンフレット。

 あ、昨日刷って田中に預けたの、忘れてた!


「よかったー。それ私に――」


 部長はパンフレットを奪い取り、ペラペラとめくる。


「……あやか、なにこれ?」

「パンフレットです」

「違う、これ!」


 部長が指差した五ページ目。そこには私が描いたイラストが載っていた。一昨日必死に仕上げた、史上最高の雛人形イラスト。


「これがイラスト? その前に、パンフに載せるって聞いてないわよ」

「え? 昨年も描いたじゃないですか」

「去年はさりげなかったけど、今年のはひどすぎる」


 イラストをじっと見る部長の横顔が青ざめていく。


「こ、これ、緻密すぎて人間の死体に見える……写真じゃないわよね、これ」

「スーパーリアリズムです」

「いやいや、なに言ってんの? 犯罪よ! 殺人現場みたい!」


 部長は震える手でスマホを取り出した。


「校長先生? すみません、今日の展示会、中止にしていただけませんか? え、事件です」


 三年間ひな祭り部で頑張ってきた集大成の日。こんな形で終わるとは。


「警察? いえ、まだです。被疑者はイラストだと言ってますが、明らかに殺人現場の写真でして……」


 部長はパンフレットを握りしめながら、もう片方の手で必死に私の口を押さえる。


「日本人形のイラストならまだしも……いえ、刃物は使ってないと思います……おそらく鈍器でしょうね」


 三年間で初めて、本気で部活を辞めようと思った。

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年に一度のひな祭り部 藍沢 理 @AizawaRe

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