三月節供
青切 吉十
女雛男雛の白き面差死ねといふ
三月三日は、桃の節句だったが、女っ気のない我が家には関係のない行事だった。
うちは、中学生のぼくと大工の祖父、それに父親の三人暮らしだった。しかし、父はあまり家に帰って来なかったので、実質は、ぼくと祖父のふたり暮らしであった。父が外でどういう生活をしているのかは知らなかったし、興味もなかった。
夕飯時、テレビには、どこかのショッピングモールの大きな雛人形が映し出されていた。
その日の晩御飯は、唐揚げとサラダだった。
「うちは、気をつけないと野菜を取らないから。こういうとき、お母さんがいればいいんだが」
我が家では、ぼくの母親の話は何となくタブーであったから、祖父の口から母のことが出るのはめずらしかった。
おぼろげな記憶だが、ぼくには妹がいたはずである。いまごろ、桃の節句を祝っているのだろうか。お母さんと妹の姿を思い浮かべてみた。すると、顔のぼやけた母娘が雛飾りの前に立っている姿が思い浮かんだ。
そもそも、桃の節句とは何なのだろうか。食事をすませ、自分の部屋に戻ったぼくは、電子辞書を開いた。
ブリタニカによると、本来、この日は、人形を神の形代とみなし、
それが変化して、江戸時代から、雛人形を飾るようになったとのこと。なるほど。
ついでに、現代俳句歳時記を見てみると、柏木史和が次の句を読んでいた。
女雛男雛の白き面差死ねといふ
どういう意味だろう?
その後、勉強をしていると、酔っぱらった父が帰って来た。
一通り、ぼくの勉強の邪魔をしたあと、自分の部屋に引き上げて行った。本当に迷惑な存在だ。
勉強をする気をなくしたぼくは、すこし早いが寝ることにしたところ、なかなか寝付けなかった果てに、奇妙な夢を見た。
川辺に多くの人が集まっており、幼い頃のぼくはその中心にいた。
なまえを呼ばれて上を向くと、顔のぼやけた女の人がぼくの頭をなでた。そして、「よく、勉強をするんだよ」と言った。ぼくは黙ってうなづいた。
それから、その女の人は、女の子の手を握りながら、川の中へ入って行った。流れが速くて、ふたりはすぐに消えてしまった。
ぼくも後を追おうとしたが、父に止められた。
三月節供 青切 吉十 @aogiri
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