とある五人囃子の逆襲~カクヨム愛の劇場~

いずも

雛壇の禁忌 〜逃げた囃子は還らない〜

「なぁ、雛人形が飾られる期間って知ってるか」

「なんだいうたい、藪から棒に」

「いいから答えろよ、ふえ

「そうだな……節句、つまり3月3日の雛祭りの日の前後1~2週間ってところじゃないか」

「まぁ、一般的にはそれくらいだよな。じゃあ、雛人形が飾られる期間は?」

「……1日」

「正解」

「それも24時間じゃなくて、当日の朝に飾ってその日の夜には片付けるから正確には半日だな」

「あまりにも短すぎると思わないか。こんな一瞬箱の外に出されただけじゃ、姫様の美しさは伝わらない」

「そりゃあ、そうだけどさ」

「――俺、姫様を連れてここを出ていこうと思ってるんだ」



 それは雛祭り当日の朝。

 ひな壇飾りの下段に飾られた五人囃子、左から順に太鼓、大鼓、小鼓、笛、謡と並ぶその末席二人のやり取りだった。


「そんなのお殿様が許すわけ無いだろう!」

「姫様には話をつけてある。最近の殿様は傍若無人な振る舞いが多くてほとほと困るって愚痴をこぼしてたからな。俺が一肌脱ごうってわけさ」


「しかし、お殿様に見つからず連れ出すなんて無理――」

 笛が言葉を紡ぐ刹那、男雛が担架で運ばれる。その顔は普段の彼から想像もつかないほどに青ざめて、いや黒ずんでいた。

 謡が右手の扇をパチンと鳴らす。隠した口元からは笑みがこぼれていた。


「お前、まさかっ」

「この計画は一年前からすでに動いていたんだぜ」

「一体何を……一服盛ったとでもいうのか?」

「そんな危険なことをしなくても、もっと簡単なやり方がある」

 そう言って彼は懐から白い菱餅のような何かを取り出した。薄っすらと水色の模様が描かれているようにも見える。

「これ、シリカゲル」

「おまっ、湿気が天敵の俺たちにとって乾燥剤は命綱のはずっ……!」

「おかげで殿様のきれいなお顔がカビだらけだ。今頃ガーゼにくるまれて手術中ってところか!?」

 謡は扇をぴしゃりと閉じて、視線を上げる。その先には麗しき姫君が一人。

「さあ、この時を待ってたぜ……!」


 自身の身長ほどの段差などなんのそので謡は雛壇を登っていく。

 当惑の表情を浮かべる三人官女、自慢の太鼓や鼓を鳴らし鼓舞する他の五人囃子、倒れるぼんぼりを躱し散らばる雛あられを蹴り飛ばして目指すべき頂へ。彼は全身全霊をかけて姫君の元へ馳せ参じる。

 後少し、もはや手を伸ばせば彼女の十二単の裾に触れられるところまで辿り着いたところで暗雲が立ち込める。


 太陽が隠れ、雷音が鳴り響く。

 まるでこの世の終わりのよう。

 一体何が起きているのか、彼には知るすべもない。ただ、愛しい人の手を掴むために断崖絶壁のような雛壇を登っていた。

 黒き暗雲から光が差し込んだように思えた紫電一閃、轟音と狂飆きょうひょうが雛壇を襲う。


「ぎぃゃぁあーーーっ!!」

 声の主は謡だった。伸びのある、とても良い声だ。

 その頭が、体が、まるで猫の肉球に――否、神の見えざる手に振り払われたかのように全身が宙を舞う。

 頭部は切断され、太陽を隠した黒き暗雲から覗き込まれる金色の瞳がそれを捉える。ザラザラとした拷問器具に乗せられ、ギロチンが如く巨大な牙が謡の顔を押し潰した。もはや助からないことは誰の目にも明らかだった。

 あまりの早業に他の誰も声を上げる暇すらなく、長い沈黙が支配した。



 雛祭りは滞りなく行われた。

 男雛は無事に顔の汚れを拭き取って戻された。五人囃子が一人欠けたという事実は悲しいことではあるが、しかしそれが中止する理由にはならなかった。やはり神様には敵わないようだ。


 そして例年通り、その日の夜に雛人形は仕舞われる。

 年に一度の晴れの舞台というのは一瞬であり、だからこそ美しい。


 仕舞われた箱の中、笛はもう居ない謡を想う。

「ああ、あいつは……幸せだったんだろうか」

 彼が見た謡の最期は姫へ危害が及ばぬように自らの身を呈して彼女をかばう後ろ姿だった。表情こそ読み取れないが、恐らく笑っていたのだろう。扇で口元を隠したくなるようなものではなく、清々しく晴れやかな顔だったのではなかろうか。



 不意に、か細い指先が笛の顔をなぞる。

「ああ、一人、逝ってしまった」

 五人囃子は定期的に死傷者が出て入れ替わる。

 理由はわからない。

 一番地面に近いからネ……神の犠牲になりやすいだとかお内裏様に近づきすぎた巨人の足に踏まれるだとか真偽不明の都市伝説が蔓延っているが正確なところは誰も何も知らない。


 そんな都市伝説の一つに「見えない指で艶かしく顔をなぞられるような感覚に襲われると、その五人囃子は数年のうちに姿を消す」という噂がある。

 一体誰が噂を流しているのか、なぜ五人囃子限定かなど疑問は尽きないが、誰も深追いしない。この指先の虜になってしまい、快楽のために言われるがまま成すがままに行動してしまうようになるからだ。


「貴方……そう、笛の使い手ね。その笛はどんな音色を奏でるのかしら。楽しみね」

 彼はその声に聞き覚えがあった。しかし、もはや何も考えられずにいた。


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