アンチクライマックス ケース#2 スター・マン 5

川内 祐

第5話 導く光

第1話 Girl's Day

https://kakuyomu.jp/works/16818093094640948261/episodes/16818622170371800546


§


「灯りをつけましょぼんぼりに。お花をあげましょ桃の花。最初が肝心だよね。ここはそうね “Light up the candles. Burn the lamps. Put the peach blossoms in a vase.” なんてどうかな? メロディに乗せても不自然じゃないでしょ?」

 暦の上では春とはいえまだ冷え込む三月の夜。布団に潜り込みうつ伏せの格好でパソコンのキーボードを叩きながら女が少女に尋ねている。

「うん、ノット・バット。悪くないよ」
「悪くない、ね。まあいっか」

 続く歌詞も鼻歌で歌いメロディを確認しながら歌っている女の姿を、それを微笑みながら見ている少女。そしてその二人を空から見ている自分自身。それらを更に高い空から見ている人物は、はっきりとそれが夢だと認識していた。

「春の弥生のこの良き日、天下無双の我が斬る」

「何、お母さんその変な歌詞? ほんとおっかしい、お母さ」

 笑いながら言う少女のセリフはそこで途切れる。そしてその身体から吹き出す血飛沫を観測者が浴びると、空間が歪み、狂気が津波のように押し寄せた。いつの間にか母親だったはずの女の顔も自身の顔に変わっていた。

「No、なんでだメグ。Uh. Don’t! Don’t co, comんじゃねぇ。Fucくそが」

 暗闇に沈んだ空間の中で観測者がボソボソと口にしている。フードを被った頭が揺れる。ゆっくりと揺れていた頭が、徐々に状態を揺らし始めた。

「消えろっ!」

 観測者がそう叫ぶと、同じ空間の中から話しかけてくる声が静かに観測者の耳に届いた。

「おいJ、聞いているのか? お前に言っているんだ」

 Jと呼ばれた観測者は、自分が夢の中で叫んだことも忘れ去り、現実の中で答えた。

「悪いね、K。疲れて眠っていたよ。もう一度頼む」

「やれやれ、いい加減にしろよ」

 その二人のやり取りを離れた所からほぼリアルタイムで見ていたアマラが眉根を寄せた。

「これってどういうこと?」

 モニターに映し出された赤外線映像の意味を、アマラはその解を持っていながら理由が見えずそう口にした。その場にいるもう一人、ギルモアも同様に首を捻っている。

「何のための人形だ?」

 人形。円卓に座った五人のうち、二体には体温がなかった。その二体の黒い影は、共に右手に持ったボイスチェンジャーを首に押し当てた形のまま動かない。

「ボイスチェンジャーはこの人形たちも喋っているように見せかけるためでもあるのか。ジェイは知っていて教えなかったのか、それとも知らなかったのか」

 ギルモアの推測にアマラは反応しない。アマラはアマラで、別の理由を想像しているのだ。

「人形になっている二人は他の三人のうち誰かに殺された?」

 アマラはそう言って、前回のKの言葉を思い返していた。

「KはJに対して『血を見る』って警告していましたよね。もしかしてKが他の二人を」

 アマラが推測している間に、モニターの中には不穏な空気が流れ始めていた。

「『言葉を覚えたてのガキでも間違えない』とか言っていたな、貴様」

「俺がか? ふんっ、他の誰かと間違えているんじゃないか?」

「いいや、間違うわけがねえ。ハッキリとこの耳で聞いていたんだからな。宇宙からの声も聴いた! 誰にも邪魔はさせねえ!」

 円卓に座っていた二人が立ち上がって、今にも互いに掴み合いそうな勢いだ。

「ギルモア司令官! 流石にこれはっ」

 マズい流れなのではないのか。アマラのの悲痛な叫びはモニターの向こうへは届かない。ジェイにこちらの声は聴こえていないのだ。たまらずアマラは部屋を飛び出そうとしたが、ギルモアはそれを止めた。

「ディテクティブ・バーネット! 彼らの居場所は知らないだろう? どこに行くつもりだね」

「そんなの、どうにかして探してみせます!」

 制止の声も聞かずドアに手を掛けたアマラに、ギルモアは続けた。

「車を飛ばしても一時間はかかる。無駄だ!」

 アマラはその言葉を待っていたかのように、冷静な顔でギルモアへ振り返った。

「やっぱり。ギルモア司令官は電線のドラゴンの集会がどこで行われているのか知っていたんですね。そしてきっと妖精王の正体も知っている」

 ドアに手を掛けたままでギルモアを鋭く見据えるアマラに、ギルモアは嘆息して頭を掻いた。

「そしてこの事件は茶番ね。私はあなたたちの思うようにダンスはしない!」

「それは違うぞ、ディテクティブ・バーネット。踊っているのは君じゃない」

 そのギルモアの言葉の直後、モニターから気合いを発する声が轟いた。そして椅子の倒れる音、何者かの深く息を吐く音、床に人間だった物が崩れ落ちる音。全ての音が静まってから数秒後、ボイスチェンジャーを通さない生の音声が流れた。
「血を見ると言っただろう、J。まあ、もう何も聞こえやしないだろうが」

 聞き覚えのある声に、アマラは震えた。


「ケン・シブサワ」

 アマラがその名を呟いた瞬間、黒い画面に白い人影が映っていた赤外線画像が一瞬真っ白になった直後に、通常の映像が充分な光の下で映し出された。床には夥しい量の血液の筋を引きずって、フードごと切られた男の首がカメラを睨みつけていた。

「Jがっ!」

 アマラがモニターに向かって駆け寄り、日本刀を持った手をだらりと下げているケンを見てその場に膝をついた。

「そんな。私たちの目の前で、こんなこと」

 アマラが涙ぐむ一方で、ギルモアは安堵の息を吐いていた。

「危なかったな」

 そういったギルモアの視線は、首を無くして床に転がるJの身体、その右手に握られているベレッタに注がれていた。サイレンサーからは僅かに白煙が確認できた。

「無事か? X」

「冷や汗は出たけどね。血はどこからも出ていないようだよ」

 ケンからXと呼ばれた男は、マントを脱いで自身の身体を確認した。そして、カメラに向かって手を振ってみせた。モニターに映るのはアマラが見慣れた笑顔。憎たらしい程に無邪気なジェイのおどけた笑顔だった。

「死んじまったが、まあ、一件落着だろ? フェアリー・キング、アンド、クイーン」


 事件から一ヶ月後、日本の頭文字であるJを名乗っていた男の素性を隠したまま事件の概要が報じられると、基本的に銃を持たないイギリス警察だが実は侍が配備されているらしいと噂になった。

 そんな新聞の記事を面白くなさそうに閉じて、アマラは砂糖がたっぷり沈んだエスプレッソのダブルを一気に喉に流し込んだ。

「何をそんなに怒ってるんだい? ディテクティブ」

「どうしてJから盗聴マイクを仕掛けられているって、私にだけ教えてくれなかったの?」

「ああ、俺が会議室から出るまでディテクティブを引き留めたギルモアのアレのことか」

 アマラは面白くなさそうに頷いた。

「ロンドン警視庁に行って面倒な捜査の協力を依頼しろ、なんて命令しなくても、ジェイがいない時に説明してくれてたらいいじゃないの」

「いやあ、でもディテクティブは演技が下手だからね。賢明だったんじゃないかな」

 ハイスクールの演劇でロミオとジュリエットの間に立つ木の役だった自分を思い出し、アマラはテーブルに突っ伏した。

「全てが上手くわけじゃないさ。だけど、俺たちはいつだって仲間だからね。いつだって支えてやるよ」

 どうやら事件のことで悔いていると勘違いしているらしいジェイをそのままに、アマラは口の中に残る甘い砂糖の香りを静かに飲み込んだ。


アンチクライマックス ケース#2 スター・マン 了

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