アンチクライマックス ケース#2 スター・マン 1

川内 祐

第1話 Girl's Day

“Light up the candles. Burn the lamps. Put the peach blossoms in a vase.”

 霧深い春のロンドン。深夜を過ぎて顔を出した月も、白い厚紙を切り取ったような薄っぺらさしか感じられない。

“The quintet play music for today. Happy, Merry girl’s day.”

 その白い欠けた月に淡く浮かび上がった影が、少女の首をテムズ川に転がした。

「おヨメにいらしたネイサマによくニたカンジョのシロいフェイス。フェイス、カオ、顔」

 音もなく転がる小さな頭を見ながら聞き慣れぬ唄を歌う者は、溢れてしまいそうになる笑いを押し殺して首を飲み込む水の音を真似た。

「ドボン!」

 波紋が消えるまで川面を見ていたその者はひと言呟いてもと来た道へと歩き出した。

「さぁ、空でスター・マンが待っている。次の子供を踊らせなきゃ」


「それは残念ね、ジェイ。本当の空気の重さって、頭の上にゴリラ三頭分あるって知ってた?」

 英国国家犯罪対策庁NCAの捜査官、アマラ・メアリー・バーネットが度々捜査協力しているMI6のジェイの背中に向かって言うと彼の頭を軽く上から押し付けた。

「ディテクティブ、それは質量の話だろ? 重さじゃない」

「あなたが先に私の『空気が重くて耐えられない』って愚痴に言い返したんじゃない」

「『ヘヴィーだ』なんて、バック・トゥ・ザ・フューチャーのセリフじゃあるまいし」

 ジェイの苦笑混じりの指摘に、アマラは一瞬膨れたがすぐに得心した顔で頷いた。

「そうそう。日本でその映画のミュージカル公演があるって見たから頭に浮かんだのかも」

 ずっとアマラの言葉を背中で聞いていたジェイも、歩みを止めて空を見上げた。

「へえ、日本でね。ディテクティブ、やっぱり今回の犯人は日系人か、日本に関わりの深い人物だと言う話は間違いなさそうなのかい?」

「正直まだなんとも言えないかな。何しろ今はどこも日本文化で溢れてる。あの首のない遺体の並べ方だって、深い意味はないのかもしれないよ。私と一緒で、たまたまウェブで見かけたから真似たとか」

 つい先ほど終えた捜査会議。死体の一部を遺棄した現場写真をジェイは思い返して即座に首を横に振った。

「意味は必ずある。単独犯だろうが、複数犯だろうが、組織犯罪だろうが、十人分の胴体を階段に並べるだけでも重労働だ。そもそも、ディテクティブだってそこに重要な意味があると考えたから日本の情報を会議中だってのにかき集めていたんだろ?」

 十人分の胴体は、階段の上から二体、三体、五体と並べられ、さらにその下にはあかりの灯されたランプがふたつ。蕾をつけた桃の枝が花瓶に生けられていたのも無意味ではなさそうだった。

「ガールズ・ディ、だったか」

「ええ。三月三日。女の子の成長を願う日。オリジナルは中国みたいだけど、あの人形を飾るスタイルは日本でできたみたい」

「三月三日に対する中国と日本との違いはなんだ?」

 目的地に着いたジェイは、アマラの方を振り返って訊いた。アマラの手にはスマートフォンが握られている。アマラはジェイの質問に答えようとスマートフォンを操作しかけたが、途中で止めてジェイを睨んだ。

「あのね、私はあなたのAIアシスタントじゃないのよ、ジェイ」

 続けてジェイの行動に対して不満をぶつけようとしたアマラだったが、振り向いたジェイの背後にいた人々が上げた大きな声に遮られた。

「ありました、頭部です。三、四、いや、もっとあります。ですが」

 その頭部は人間のものではなかった。マネキンだ。スチール製のマネキンの頭部。それがテムズ川の底から次々に引き揚げられた。その数九個。

「ひとつ、足りないじゃないか」

 その事態に、頭部捜索に関わる全ての捜査員が取るべき行動はひとつしかないと即座に動き出していた。それは、捜索範囲を下流に広げること。

 そして見つかった最後の頭部は、完全に白骨化していた。


to be continued...


第2話 夕暮れに変わる街

https://kakuyomu.jp/works/16818093094641126321/episodes/16818622170755046737

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