《短編》想いを花にのせて
コウノトリ🐣
遠くでも繋がっている
正月、まだ日が昇る前の早朝。
冬の早朝ということもあり、吐く息は白く、手袋をしていても指先がじんじんと冷えている。空にはまだ星がいくつか瞬いていて、境内の石畳は霜でほんのり白くなっている。木々の枝に積もる雪が街灯の光を反射して、ほんのりと青白く輝き幻想的な光景を生み出している。
奏よりも早く神社に着いた小春は参道から外れた位置にある焚き火で暖をとりながら、周りを何の気なしに眺めた。
境内では初詣の人たちがちらほらと歩いている。彼らも小春たちと同じように初日の出を神社の階段を登った先にある高台で見ようとしている人たちだろう。
「明けおめ〜♪」
陽だまりのような顔を浮かべて駆けてきた奏に「明けましておめでとう、来年もよろしくね」と小春は微笑と共に答えた。
「こちらこそ、三学期もよろしくね」
気にしない人の方が多いだろう。ただ、小春には奏が来年と言わずに三学期と言った違和感を無視できなかった。
「三学期だけ?」
奏の言い間違いを揶揄うように小春は背の高い彼女の顔を見上げた。
「来年から違う学校だからね」
それでもさっきの言葉はおかしい。引っ越しすることを言ってくれなかったこと以前に……
「中二になっても会えるよね?」
「気軽には会えないけど、大きな休みで会えないこともないかな」
奏は小春の問いに首を傾げつつ、返答する。進学してからは会うことがなくなりそうな予感が小春を襲う。心無しか奏の編んでくれた首につけている毛糸のマフラーが風を通して寒い。
「連絡はし合おうね。いつから引越し――決まってたの?」
「言ってなかったけ? 親の都合で一学期の途中から」
心に空いた小さな喪失感に気取られないように小春は口角を上げて笑顔を取り繕った。そんな気も知らないで奏は何事もないように答える。小春はただ、無機質な冷たい石畳を見下ろした。
「ほら♪ 早くしないと日の出に間に合わないよ♪」
いつもより明るい奏の声が投げかけられ、手袋をした手を拝殿の奥にある階段の方へと引っ張られる。元気づけようとする奏の声は小春の気持ちを前に向かせることはできなかった。
ただ、奏の妙に陽気な雰囲気に当てられると小春は彼女に自身の心を理解してくれることを期待しても仕方がない。そんな思いに落ち着くことが多い。
「ハァー、遊びに行くから街の案内よろしくね」
「小春ちゃんを案内できるようにしておくね」
奏は跳ねて花が咲くような笑顔を向けて小春の両手を取った。彼女の笑顔を見ているとインドアだと自認している小春でも本当に会いに行けるような気がしてくる。
小春は彼女に毒されている気がするもその変化を少し心地よく感じる。
「早く階段登らないと間に合わないよ」
小春は両手を取ってプレゼントしたマフラーを使ってくれて嬉しいとか、会いに来ようと思ってくれてありがとうと興奮している彼女を顔を背けながらも先に進むように促した。
奏の無邪気な感情表現は小春に取って少し面映ゆかった。
もう少しで会いにくくなる友人と話すべき内容というのも分からないが、奏が引っ越すと分かっても階段を登る間、彼女たちは意味のない会話を楽しんだ。階段を登りきる頃にはちょうど空も淡い赤に染まり始める。
「良いタイミング」
先に来て談笑をしていた彼らも山から覗く日の出を見ようと食い入るように眺めている。この世界から音が消えて、破るのが畏れ多く感じる静寂がこの場を支配する。
ゆっくりと山の端から太陽が顔をのぞかせる。最初は頼りなく滲んでいた光が、じわじわとその存在を強め、空を藍色から淡い紅色に染めていく。
凍てつく空気の中、静かに差し込む光が、まるで長い夜を越えた私たちの心をも照らしていくようだった。
「小春ちゃん、来年もよろしくね」
遠くを見つめ、噛み締めるように言葉を紡いだ。他にも言いたいことは沢山あった。それでも出てきたのはこの言葉だった。引っ越すことが決まってから、二度と会わないなら試してみようと明るく振る舞ってみることにした。
教室で本を読んでいた大人しい奏が急に変わったのを見て周りの反応は冷たかった。そんな時に出会ったのが小春だった。
「なんでもう一回?」
小春が不思議そうに改めて言い直した奏を見る。
「秘密♪ 拝みに行くよ」
奏は微笑むと他の参拝客より早く降りようと小春の腕をとる。「早くない?」と小春が聞くのもお構いなく、「並ぶの嫌でしょ」そう言うと階段を降りるように腕を引いて促した。
日の出の感動もそこそこに降りた彼女たちは二人並んで陽の差し込み始めた拝殿へと鈴を鳴らして二礼二拍手一礼。拝殿から出てすぐに奏がくるりと体の向きを変える。
「何をお願いした?」
去年が災いがなかったことの感謝を伝えた小春は返答に窮して「秘密」とイジワルをするように答えた。
「私は小春ちゃんが引っ越してから遊びに来てくれるようにお願いしたよ」
「お願いする相手――間違ってる」
「だから今、お願いしてる」
小春に向けて奏は両手を合わせてお祈りをする。拝まれても小春はムズムズして居心地が悪い。
「行くよ――でも、奏もたまにはこっちに来てね」
この言葉を言った瞬間、固まった奏を小春は見逃さなかった。
「めんどくさがらずに来るんだよ」
「そんなめんどくさいなんて思うはずがないじゃない」
そう言う奏の目は宙を泳いでいて全くもって信用性がない。
「分かった?」
「分かった――せっかく来たんだし、おみくじをしようよ」
彷徨っていた目が捉えたおみくじを引こうと奏は境内を足早に進む。小春は彼女の保護者のような心持ちで奏の後を追った。
「友達同士でせーので見せ合いたいんだよね」
買ったおみくじを開かずにワクワクした面持ちで小春へと駆け寄る。
小春は奏の様子に気づくことなく、受け取ったおみくじを開く。その動きに合わせるように奏も自分のおみくじを開いた。奏が末吉、小春が大吉。
「小春ちゃん大吉――おめでとう♪」
「ありがとう」
パチパチと自分のことのように喜ぶ奏より小春は彼女のおみくじの結果を見ていた。
小春は人間関係のところを見て新しい中学での友達と遊んでいて忘れられてしまうことはなさそうだとほくそ笑んだ。
でも、健康が長引くから注意しろって書かれているのは良くない。私が遊びに行った時に風邪を引いていたら嫌だし、奏が苦しむのは面白くない。
「お守り買おっか」
「買お買お――どれにする?」
オーソドックスなものからキーホルダーになりそうなお守りまで色々ある中で二人で同じ蔦の意匠の先に花がついたストラップにした。私が「百合」で奏が「向日葵」がそれぞれ意匠の先についている。
「ねえ、このお守りって何のお守り?」
私の目線に合わせるために、奏は高い身長をかがめて覗き込む。
「知らずに買ったの? 友人関係のお守り。蔦の意匠があるでしょ、友情が永遠に続くようにっていう意味があるの」
「永遠か――私たちが仲良くなってからもう半年以上経つんだね」
「そうだね……」
時間は経つのは早いもので奏が埼玉に引っ越すまでに会うことのできる最後の日を迎えた。
「遅くなってごめん!」
待ち合わせ場所の駅前に奏が駆けてきた。いつものように少し息を弾ませて、小春を見つめる。
「おはよう。待ってたよ」
「小春ちゃんが先に着くの、もう驚かなくなってきた」
「奏が遅いんじゃなくて、私が早すぎるだけ」
何気ない会話を交わしながら、二人は最後の一日を楽しむように街を歩いた。学校帰りに立ち寄ったカフェ、お揃いの文房具を買った雑貨屋、公園のベンチ。思い出の場所を巡るたびに、心の奥がじんわりと温かくなり、それと同時に少しずつ切なさが増していく。
奏が兵庫にいる最後の日なんだからどっか特別なところに行けたらよかったんだけど、特にいつもと違うところに行くことはなくって……二人でいるだけで時間が溶けるように過ぎていった。
「絶対、会いに行くから」
「私もこっちに来るよ」
そう約束を交わしたものの、現実はどうなるか分からない。お互い新しい環境で忙しくなるかもしれないし、時間が経てば、少しずつ疎遠になる可能性だってある。
「……ねえ、正月に買ったお守りを交換しない?」
「別に良いけど……」
交換したらなんとなく私と奏の間で
百合の花言葉は無垢。「無垢=汚れがない状態=健康な状態への回帰」こじ付けだけど、病気には気をつけてね。
そして、今の純粋な心を持った奏でいられるように清らかな人でいてね。
奏から受け取った向日葵のお守りは持っているだけで、彼女の温かさ・元気が伝わってくるように感じる。
「じゃあ、行ってらっしゃい、奏」
「行ってきます、小春ちゃん」
電車の扉が閉まる直前、私たちは少し早いお別れを口にする。最後に奏が小春に向かって何かを言った。音は聞こえなかったけれど、口の動きで分かった。
「またね」
小春はそっと、ポケットの中のお守りを握りしめた。
いつかまた、会える日を願いながら。
《短編》想いを花にのせて コウノトリ🐣 @hishutoria
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます