知との遭遇

アイス・アルジ

知との遭遇(20XX年宇宙の今昔物語)

 これは、山茶花さまの自主企画への物語。今昔物語巻第二十七「桃園の柱の穴より指し出づる児の手、人を招きたる語 第三」と巻第二十八「近江の国の篠原の墓穴に入りたる男の語 第四十四」を合わせた翻案作品です。


            ■


ⅰ)火星


 人類は火星に居住基地を建設した。太陽系へ進出するべく、新たな宇宙時代を迎えようとしていた。

 

 そんな時、火星から27万km離れた周回衛星軌道に、黒い立方体の物体が発見された。それはまるで、クラーク氏のSF小説「2001年宇宙の旅」に登場するモノリスの様であった。たちまち一大ニュースとして報道された。かつて火星に存在した知的生物の衛星だとか、高度な異星人が人類に残したメッセージだとか、どこかの国のスパイ衛星だとか、フェイクニュースや陰謀説まで、あらゆる憶測が広がった。しかしその存在は現に事実であり、重大な出来事に違いなかった。その物体は「モノB」と名付けられた。


 国際的な調査計画が立てられ、火星基地から無人の調査衛星ロケットが打ち上げられた。衛星は多くの周波数で画像を撮影した。その物体の色は真っ黒で、全く光を反射しない。今まで発見されなかったのは頷ける。材質や目的、いつから存在しているのかも不明だ。人工物に違いないと思われるが、熱や電磁波の情報はなく、活動を示す兆候は観測されなかった。調査衛星は慎重に接近した。近くで観測すると、一辺が10mの完全な立方体であった。表面には傷一つない。その角の一つに、先端が切り落とされたかの様な三角形の穴が見つかった。この立方体は決まった一面を常に火星に向けており、三角形の穴は常に右下の位置にあった。火星と交信するため? あるいは、火星を監視するためだろうか? いずれにしても、モノBの軌道と回転が正確に調整されている証拠だ。何らかの知性が関係していることに間違いないだろう。また、この穴が入り口となっているのでは? ここから内部が観測できるかもしれないが、今回の調査衛星には十分な装置がなかった。


 第二次調査が計画された。今回はあの穴の内部調査を行うため、調査衛星には小型飛行装置「フライ」が複数個、積み込まれていた。

 フライ1が穴に向かった。穴に近づくと、穴の様子を撮影し画像データを送信した。穴は内部へ続く開口部のようだが、深さは確認できない。フライ1はゆっくりと穴に入った、映像が途切れる。入り口から1mほど入り、内部を撮影し外に戻った。そして調査衛星にデータを送った。内部は真っ暗で、肉眼では何も見えない、あらゆる周波数による解析によっても、中は空洞のようだ。その後も繰り返し内部撮影を試みたが、それより奥へは入れなかった。障害物の確認はできず、理由は不明だった。モノBは侵入者に対し、何らかの妨害活動をしているのかもしれない。

 やがて、フライ1は故障した。フライ2により穴への侵入調査を進めたが、同じように故障してしまった。やはり、モノBは妨害活動をしている可能性が高いと判断された。原因が判明するまで、調査は中断された。これまでに得られたデータだけでは原因は分からなかった。モノBが活動しているとすれば、何が起こるか分からない。これまでの調査で得られた情報だけでも、詳細な分析には時間がかかる。方針が決まるまでは、遠巻きに経過を観察するだけで、接近調査は中止された。



ⅱ)地球


 地球から月の間の四分の三あたり、28万km離れた周回衛星軌道に、「モノB」と同じ物体が発見された。まるで地球を観察しているかの様だ。今回も立方体の角にある「穴」は、地球から見て右下の位置になるように、軌道と回転が調整されていた。なんの活動も見られなかったが、穴から覗かれているようで、人類には警戒心が生まれた。異星人により地球侵略のために送り込まれた、などと言う噂も流れた。破壊すべきとの計画も検討されたが、どの様な反応があるか予想もできない。

 国際組織会議の結果、調査の実施が決定された。前回と同様に「フライ」による内部調査が開始された。穴へ侵入しようとしたフライは、前回に増して完全に破壊され穴から吐き出された。この結果には非常に驚かされ、国際組織に緊張が走った。モノBは何らかの武器を持っている可能性が高まった。これ以上刺激することは、人類に損害をもたらす結果を引き起こすかもしれない。今後、いかなる接触も禁止された。


 この出来事は、異星人の存在証明と言えるのだろうか? あの火星での最初の出来事が、いわゆるファーストコンタクトだったのか? その真意が、解き明かされる日は来るのだろうか? 人類は監視されている様な、不安な気持ちに取り付かれてしまった。監視を続ける以外どうする事もできなかった。



ⅲ)熱帯林


 熱帯の森林に住むサルたちにとって、きびしい季節、乾季が訪れていた。木々の葉は枯れ、食べ物を見つけるのが難しくなる。そればかりか、サルたちは苛立ち、近くの群れとの争いも増える。そんな時、あるメスザルが見たこともない物を発見した。一辺が30cmほどの四角い黒い箱状の物体である。メスザルは警戒の声を上げた。すぐさま、ボスザルが走り寄って来た。ボスザルは警戒しながら、その箱に近づいた。さらに近づき、そっと指を触れた。なんの変化もない。鼻を近づけ匂いを嗅いだ。すると果物のような良い匂いがした。

 ボスザルは箱を持ち上げると、その角に穴が開いているのを見つけた。恐る恐る腕を差し込んで中を探った。そして中身をつかんだ。手を引き抜こうとすると、握った拳がひっかかり抜けない。慌てて腕を振ったが、箱は手を捕らえたままで腕が大きく揺れただけだった。ボスザルはパニックになり、残った手と足も使い、抜こうとするが、握った手に力が入り窮屈になるばかりだった。キーキー叫びながら、腕を力いっぱい振り回した。すると箱の角が自分の頭にあたった。その角は頭に深い傷を残し、ボスザルは気絶して倒れ動かなくなった。

 周りでは、どうすることも出来ずに、群れのサルたちが見守っていた。 数匹のオスザルが集まって歩み寄った。このうちの二匹が、ボスザルを引っ張った。気絶したため拳が緩み、箱から手が抜けた。やがてサルの群れは平静を取り戻したが、二度とこの黒い箱に近づく事はなかった。



ⅳ)砂漠


 太陽は西寄りに傾き始めたが、空は青く宵の明星はまだ見えない。三日月だけが白さを増してゆく。なだらかな起伏のある煉瓦色の砂礫の中、連なって進む動物らしき景、それ以外は動くものはない。

 十字軍の遠征隊が、むなしい戦を終え、故郷へ帰るため砂漠を彷徨さまよっていた。この隊で生き残った騎士は少なくなり、帰りの食糧は尽きかけていた。すると一人の騎士が黒い家を見つけた。一辺が6mほどの立方体の家だ。西日を受けて東側に影が伸びている。の騎士は馬を降り、この家に近づいた。ここの日陰で休もうと、そのうえ、何か食べ物を奪うことが出来るかもしれないし、酒や女にあり付けるかもしれない。

 間近で見るとさらに奇妙な家だ。壁は真っ黒く、窓も煙突もなく、東寄りの角に三角形の穴があるだけだ。穴は暗く中の様子は見えない。敵の要塞かもしれないと警戒心が沸いた。騎士達は次々と馬を降りて、西日を浴びながら顔を見合わせた。の騎士は一人、剣を抜き穴に近づいた。その気配を察した騎士達も剣を抜いて居並んで身構えた。さらに穴に近づいた彼は振り向くと、目配せし剣を振った。の騎士は握った剣を穴の中に、さっと差し込んで様子をうかがった。そして、かがんで中を覗き込んだ。すると光の矢が、彼の頭を射抜いた。倒れる刹那、遠征隊が、この戦で殺した大勢の回徒兵の顔が浮かんでは消えていった。今はいない、その顔は思いのほか穏やかに見えた。



ⅴ)闇の洞窟


 火星の砂の大地の上に、一台の探査車が止まっている。一人の初老の地質研究者が、急な斜面を下り、露出した断崖に向かって荷物を背負い慎重に歩いてゆく。足取りは、どこかぎこちない。かねてから興味を抱いていた地層がある場所だ。探査車からは500mほど離れているが。予報では、今日は天気が穏やかで気温も比較的高く、マイナス5℃前後の気温 が続くはずだ。危険は無いだろう。

 断崖の近くまで来たとき、突然砂嵐が襲ってきた。赤茶色い雲の壁が、ものすごい勢いで向かってくる。彼はあわてて隠れることが出来そうな岩に向かったが、岩影に入る前に砂嵐に巻き込まれた。猛烈な砂の勢いに倒され、あたりはほとんど見えなくなった。なんとか顔を上げると、目の前の岩に穴が開いているのが見えた。彼は這うようにして穴の前まで進んだ。穴は突き出た角にあり、きれいな三角形だ。自然の岩にしては奇妙だったが、急いで穴の中に避難した。


 穴の近くは砂が吹き込み、中の様子はよく見えない。少し奥に進み、荷物の中から取り出したライトを点けて周囲を見回した。中は真っ暗で、一辺が6mほどの立方体の部屋のようだ。彼は呼吸を整えると、さらに奥へ進んd。ほぼ中央まで来た。足元に吹き込んだ砂以外は何も無いようだ。

 その時、何者かが近くに居るような気配を感じた。身がすくんで動けない。気配のするほうに静かに顔を向けたが、何も見えない。ライトを向けようとも思ったが本能的に、刺激するのはまずいと思い、ライトを消した。目が闇に慣れてくると、獣の眼のような僅かな光が見える。静かに荷物を下し、前に抱えた。身を守るような「武器」は持っていない。火星では武器など必要ないのだ。彼は、そうっと後ずさりしようと足を動かした。その瞬間、閃光に目がくらみ気を失った。

 床の上に倒れた彼の周りに、亡霊のような人影が現れた。弓矢を構えた古代人、ローマの戦士、十字軍の騎士、鎧兜を付けた武士、軍服に身を包んだ兵士など、などが次々に彼を取り囲んだ。やがて戦車や戦闘機が現れ、ミサイルが飛び交った。そしてキノコ雲が沸き上がり、全てを消し去った。彼は暗闇の中に一人残され、その身を獣の様な何者かに差し出した。



ⅵ)知の未来へ


 地質研究者は、息苦しさを感じて目を覚ました。幻を見ていたのだろうか。頭が痛い、彼はこの出来事を冷静に考えた。そうか酸素不足だ。彼は残量計を点灯させた。もう「0」を指している。急いで探査車に戻らなければ。彼は出口に戻ろうとしたが、真っ暗で方向が分からない。落ち着いて考えようと、少ない酸素を深く吸い込んだ。彼は手に持っていたはずのライトを探した。あたりを手で探ると、何かに手が触れた。顔を近づけ、フェイス窓のほのかな明かりを頼りに目を凝らした。そこにあった物は、見覚えのある円筒形の物体。酸素ボンベだ。しかしなぜここにあるのか? どうして……構うことはない……、彼は濁り始めた意識の中で、酸素ボンベを交換した。簡単なはずなのに、なかなか給気菅の口が繋がらない。ああ……ボンベが逆だ……。

 新鮮な酸素が彼の意識を巻き戻した。彼の知性は生まれ変わったかの様に、すっきりと再生した。フェイス窓の明かりでも十分に、砂に残った足跡が確認できる。彼は自分が残した足跡をたどって、出口へ向かった。

 

 地球という揺り籠から、過酷な宇宙空間に巣立った人類にとって、生きるために必要なものは、「武器」ではなく「知」だ。彼の足取りは入って来た時とは違い、確かだった。三角形の穴、出口から差し込む光は、火星の空にしては妙に明るく青く輝いていた。そこは出口であり、未来への入り口でもある。その光は手招きする様に、人類の行く先を照らしていた。


            ■



 後書き:初めての翻案小説です。難しいかと思っていましたが、始めてみると思いもよらず、さらさらと書き進むことができました。このレベルで翻案と言って良いのか、翻案として成り立っているか、少し不安です。今昔物語の翻案のみならず、クラーク氏の「2001年宇宙の旅」のオマージュともなりました。感謝。

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