味違いのきみと、すれ違ってみたんだ。
西奈 りゆ
薄味と濃い味と。
帰り道に寄ってみたらおばさんはいなくて、お昼時だから、最近覚えたチャーハンを作ってくれるという。てっきり、料理なんて欠片も興味がないって思ってたから、意外だった。中華鍋は出てこなかったけど、幼馴染のあたしは、コンロをがたがたさせながら、真剣な顔で米を炒める空の横顔を眺めている。こんな顔してたんだなんて、ちょっと思った。
ごま油の香りが、リビングまで漂っている。部活はなくなったとはいえ、中学生のわたしたちは、生きているだけでお腹がすく。自分でも恐ろしいくらいに、身体がいろいろなものを欲しがっているんだろうと思う。元運動部で、そういう体質なのかもしれないけど、いくら食べても、太らないし。
そういうわけで、二人とも受けている選択授業での忘れ物を届けに行くの、本当は面倒だったけど。こうして、空の手料理なんてめずらしいものが食べれるなんて、これはこれで楽しそうでいいじゃん。
※
(味、薄っ・・・・・・)
というのが、心の中の第一声で、実際のわたしは、「うん、美味しい!」と、目の前の空に笑顔を向けていた。「そうだろー!」と得意げな空の笑顔は、わたしの本音を犠牲にしている。こういうときに水を差すと、男の子ってけっこう傷つくんだよね。それか、不機嫌になるか。空は、どっちかっていうと、傷つくタイプ。
だからわたしは、美味しそうに正確に三口食べてから、思っていたことを訊いてみる。
「これ、味付けどうしてるの?」
すると、向かいの席で同じチャーハンをはぐはぐと食べる空が言った。
「味? 卵とごま油と、塩コショウ」
「え? だけ?」
「だけ」
「素とか、使わないの?」
「いらね。味、濃いもん」
(あー・・・・・・)
思い出した。空の家は、お父さんが空が小さい頃糖尿病になり、お母さんが作り分けが面倒だと言うので、一家全員、お父さんに合わせた健康食、つまり、薄味設定なのだ。
対して、わたしの家は、お母さんが海外暮らしが長かったせいか、基本的に味が濃い。日本食は、味が薄すぎて合わないとまで言っている。我が家で喜ばれる日本の食べ物なんて、刺身かお寿司くらいだ。焼き魚とか、煮物とか、そういうものは、年に何回か出てくる、かもしれないという、そんな程度だ。
(これ、大変かも・・・・・・)
そう思った瞬間、余計な想像が浮かんで、わたしは慌ててそれを打ち消した。そんなわたしの内心を知らず、空が何かを言った。
「何?」
「いや、俺らも卒業だなって。
手元の水をくぴりと飲み込んで、空は続けた。
「当分、会わないかもしれないな。俺たち」
「・・・・・・そう、かもね」
何でそんなことを言ってしまうんだろう。本当にそうなってしまったら、どうするんだろう。伝えたことがないから、分からない。でも、わたしの気持ちを、知りもしないで。
その日空は、自転車を押しながら、家まで見送ってくれた。夜どころか、夕方でもないのに。
「あ、メジロ。見えた?」
「ん。マジで目の周り、白いのな」
「ね」
あの白い花は、桜か梅か。枝と花の間を、小さな鳥がたくさん、行きかっている。自転車の前輪が石に乗り上げ、がこんと音を立てた。
「あのさ」
「あのさ」
お互いの声がかぶって、「何よ」と訊いたけれど、なぜか空はそれ以上応えてくれなかった。ただ不機嫌そうに、前だけを見て自転車を押していた。
その沈黙につられて、だんだんわたしも話すのを止めてしまった。
※
「応援してる」
空に背を向けて、玄関の扉に手をかけると、後ろからそう言われた。振り返ると、少し頬を染めたきみが、俯いていた。なぜだろう。すごく、すごく。
泣きたくなった。
「うん」
だから、それだけしか言えなかった。それ以上言うと、声がみっともなく震えてしまいそうで。そんなわたしの目を、不意に空は真っすぐに見返した。
そして見せたのは、今までで一番優しい笑顔だった。
「元気でな」
「うん」
「じゃ」
短く言って、空は自転車に乗ってしまった。少しの間背中を見せて、角を曲がって見えなくなった。
(ありがとう、またね・・・・・・)
忘れ物をしたのは、わたしなのかもしれない。
けれどわたしたち、もう。
※
「薄い!味がしない! 不味い!」
いつまで経っても変わらない味に、いつも通りの文句を言うと、「じゃあ、作らせるな!そして、喰うな!」と言い返された。
せっかく中華鍋まで買ったのに、味付けがごま油と塩コショウのみで、あとはとき卵と米を炒めただけ。そのスタイルは、十五年経っても何とまったく変わっていなかった。更新もされずに。
もし、偶然に意味があるというなら。
いつか、伝えられるだろうか。あのとき伝えられなかった、あの言葉を。濃い味のわたしから、薄味のきみへの、恋の行方は。
そのときは、たぶんきっと近い。
味違いのきみと、すれ違ってみたんだ。 西奈 りゆ @mizukase_riyu
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