味違いのきみと、すれ違ってみたんだ。

西奈 りゆ

薄味と濃い味と。

 そらの家に来るのはもう日常だけれど、空がキッチンでフライパンをふるっているのを見るのは、今日が初めて。

 

 帰り道に寄ってみたらおばさんはいなくて、お昼時だから、最近覚えたチャーハンを作ってくれるという。てっきり、料理なんて欠片も興味がないって思ってたから、意外だった。中華鍋は出てこなかったけど、幼馴染のあたしは、コンロをがたがたさせながら、真剣な顔で米を炒める空の横顔を眺めている。こんな顔してたんだなんて、ちょっと思った。


 ごま油の香りが、リビングまで漂っている。部活はなくなったとはいえ、中学生のわたしたちは、生きているだけでお腹がすく。自分でも恐ろしいくらいに、身体がいろいろなものを欲しがっているんだろうと思う。元運動部で、そういう体質なのかもしれないけど、いくら食べても、太らないし。


 そういうわけで、二人とも受けている選択授業での忘れ物を届けに行くの、本当は面倒だったけど。こうして、空の手料理なんてめずらしいものが食べれるなんて、これはこれで楽しそうでいいじゃん。



(味、薄っ・・・・・・)


 というのが、心の中の第一声で、実際のわたしは、「うん、美味しい!」と、目の前の空に笑顔を向けていた。「そうだろー!」と得意げな空の笑顔は、わたしの本音を犠牲にしている。こういうときに水を差すと、男の子ってけっこう傷つくんだよね。それか、不機嫌になるか。空は、どっちかっていうと、傷つくタイプ。

 だからわたしは、美味しそうに正確に三口食べてから、思っていたことを訊いてみる。


「これ、味付けどうしてるの?」


 すると、向かいの席で同じチャーハンをはぐはぐと食べる空が言った。


「味? 卵とごま油と、塩コショウ」


「え? だけ?」


「だけ」


「素とか、使わないの?」


「いらね。味、濃いもん」


(あー・・・・・・)


 思い出した。空の家は、お父さんが空が小さい頃糖尿病になり、お母さんが作り分けが面倒だと言うので、一家全員、お父さんに合わせた健康食、つまり、薄味設定なのだ。


 対して、わたしの家は、お母さんが海外暮らしが長かったせいか、基本的に味が濃い。日本食は、味が薄すぎて合わないとまで言っている。我が家で喜ばれる日本の食べ物なんて、刺身かお寿司くらいだ。焼き魚とか、煮物とか、そういうものは、年に何回か出てくる、かもしれないという、そんな程度だ。


(これ、大変かも・・・・・・)


 そう思った瞬間、余計な想像が浮かんで、わたしは慌ててそれを打ち消した。そんなわたしの内心を知らず、空が何かを言った。


「何?」


「いや、俺らも卒業だなって。紗紀さき、✕✕南高校だろ? もしかしたら」


 手元の水をくぴりと飲み込んで、空は続けた。


「当分、会わないかもしれないな。俺たち」


「・・・・・・そう、かもね」


 何でそんなことを言ってしまうんだろう。本当にそうなってしまったら、どうするんだろう。伝えたことがないから、分からない。でも、わたしの気持ちを、知りもしないで。


 その日空は、自転車を押しながら、家まで見送ってくれた。夜どころか、夕方でもないのに。


「あ、メジロ。見えた?」


「ん。マジで目の周り、白いのな」


「ね」


 あの白い花は、桜か梅か。枝と花の間を、小さな鳥がたくさん、行きかっている。自転車の前輪が石に乗り上げ、がこんと音を立てた。


「あのさ」

「あのさ」


 お互いの声がかぶって、「何よ」と訊いたけれど、なぜか空はそれ以上応えてくれなかった。ただ不機嫌そうに、前だけを見て自転車を押していた。

 その沈黙につられて、だんだんわたしも話すのを止めてしまった。



「応援してる」


 空に背を向けて、玄関の扉に手をかけると、後ろからそう言われた。振り返ると、少し頬を染めたきみが、俯いていた。なぜだろう。すごく、すごく。


 泣きたくなった。


「うん」


 だから、それだけしか言えなかった。それ以上言うと、声がみっともなく震えてしまいそうで。そんなわたしの目を、不意に空は真っすぐに見返した。

 そして見せたのは、今までで一番優しい笑顔だった。


「元気でな」


「うん」


「じゃ」


 短く言って、空は自転車に乗ってしまった。少しの間背中を見せて、角を曲がって見えなくなった。


(ありがとう、またね・・・・・・)


 忘れ物をしたのは、わたしなのかもしれない。

 けれどわたしたち、もう。



「薄い!味がしない! 不味い!」


 いつまで経っても変わらない味に、いつも通りの文句を言うと、「じゃあ、作らせるな!そして、喰うな!」と言い返された。


 せっかく中華鍋まで買ったのに、味付けがごま油と塩コショウのみで、あとはとき卵と米を炒めただけ。そのスタイルは、十五年経っても何とまったく変わっていなかった。更新もされずに。


 もし、偶然に意味があるというなら。


 いつか、伝えられるだろうか。あのとき伝えられなかった、あの言葉を。濃い味のわたしから、薄味のきみへの、恋の行方は。


 そのときは、たぶんきっと近い。




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味違いのきみと、すれ違ってみたんだ。 西奈 りゆ @mizukase_riyu

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