21.そのまま死ぬしかない

 看護師が見舞いの品を持って彼の病室を訪れた。

 壁の計器が示す数値を確認しながら彼に声をかける。


「ハギワラさん…?起きてますか?」


 問う声に、閉じた瞼の下の眼球が動いた。

 彼は薄く目を開けた。

 薬の影響で朦朧としている。

 眼だけで看護師の姿を追うが、ぼんやりとした姿しか見えなかった。

 彼は条件反射で腕を枕元に持って行って眼鏡を探す。

 その動きで看護師は、サイドテーブルに置いてある眼鏡を彼に掛けた。

 補正がかかって看護師の姿が分ったが、頭の中はかすみかかり思考がフワフワしてまとまらない。

 覚醒した事で胸の奥からの断続的な痛みを感じ、呼吸が浅くなる。

 それを感知した計器から彼に、麻酔が追加で点滴された。

 麻酔は直ぐに効いて呼吸が安定したが、意識は朦朧としたままだった。


「先程お見舞いの人が来られて、こちらをお見舞いに、と」


 看護師は何かが入っている手提げ袋を彼の目線の高さまで持ってきた。

 タイジが弱々しい手つきで中身を確認しようとしたので、


「代わりに開けますね?」


 と確認すると彼は浅く頷いた。

 袋から出てきたのは何も書かれていない無地の四角い箱だった。

 看護師は袋をサイドテーブルに置いて、彼の目線の近さでその箱を開け、その中身を彼に見せた。

 それを見て彼は、細いかすれた声でその物の名前をつぶやいた。   


「…ト…レ…メース…」


 それは超長距離型星間探索船の小型模型だった。

 戦争の為に竣工されず消えた宇宙船。

 かすみかかった頭の中で、色々な記憶が浮かんでは漂い消えては混ざり合う。


 設計図…低い女性の声…アルファルド…青と緑とアンバーが混ざった美しい瞳…心の深くを見つけ出してくる言葉…「もう大丈夫」…子ども様な笑い顔…抱き上げた時の重み…体温…手の感触…


「…マチ…」


 ずっと会いたかった。

 ただ、会いたかった。

 彼の目尻から一筋涙が流れ落ちる。

 けれど妻が居た。

 こういう自分では会いに行っても、昔の様に彼女を苦しめるだけだと分っていた。

 だから行かなかった。

 けれど、一度だけでも声を聞きたかった。

 名前を呼んで欲しかった。

 次から次に沸き上がる思い。悔いと恋慕があふれる。

 心拍が少しずつ上がって行った。

 それを鎮静させる為に鎮静剤が点滴される。

 思いも記憶も全て眠りの中に沈められていった。

 何もなかったかのように。


                            ふたつ 片一方

                                おわり


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 10:00 予定は変更される可能性があります

ふたつ -片一方- 谷行 寂知 @jYakuchi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ