忍者アヤメはなんでも盗める

黄黒真直

忍者アヤメはなんでも盗める

「ハーッハッハッハ! さらばだ、スコットランドヤードの諸君! “天使の涙”は、この怪盗ターマイトが頂いていく!」

 大英美術館の上空に、白い気球が浮かんでいる。白熱電球の光が夜空に浮かぶその姿を照らす。白い仮面を付けた男が気球にぶら下がり、大粒の宝石を手に笑っていた。

 地上では警官たちが怒声を上げ、混乱に陥っていた。馬に乗って走り出すも、いつの間にかに酒を飲まされていた馬たちは、まともに走ることができない。

 野次馬に紛れて空を見上げながら、アヤメは目を輝かせていた。なんて鮮やかな手口! あの技術を盗めば、パパとママを殺した男に、仇討ちできるかもしれない!


――1年後。

「どうだ! あたしの腕を認めたか、師匠!」

 アヤメは勝ち誇った顔で、目の前の怪盗ターマイトを見上げた。

「いや師匠じゃないし、そんな状態で言われてもね」

 寝起きの目をこすると、ターマイトの視線が床に転がったままのアヤメに向けられる。

 アヤメの体はいま、壁につながったロープに縛られていた。トラップにうっかり触れてしまい、拘束されたのだ。大人の体型を想定したトラップだが、女の特徴が全くない子供体型でもしっかりと捕縛している。ターマイトのアジトには、この手のトラップがごまんとあった。

「しかし、ちょうどいい。君とは一度じっくり話したいと思っていたんだ」

「お給料のことか? 気にしなくていいぞ!」

「そんなわけあるか」ターマイトはナイフを片手に、アヤメの前に座る。「君はいったい何者だ? 例の“怪盗殺し”か? 返答次第で、このナイフのターゲットが君かロープかが決まる」

 ターマイトの目は本気だった。アヤメは、初めて間近で見るターマイトの素顔に興奮していた。

「あたしは忍者だ!」

「忍者? なんだそれは」

「日本の怪盗みたいなものだよ。あんたらと同じで、どこへでも忍び込んで、何でも盗む。あたしは、パパとママを殺した仇討ちをするために、あんたに弟子入りしたい」

「俺は殺しはしないが」

「知ってる。だけどあんたの技術は、暗殺にも役立つはずだ」

 ターマイトは、アヤメとロープのどっちを切るか、まだ悩んでいるようだった。

「っていうかあんた、いつもと口調が違うな。本当にターマイトか?」

「当たり前だろ。普段からあんな口調で喋れるか。あれは仮面をつけているときだけ……普段と違うキャラを演じることで、素性がバレるのを防いでいるんだ」

「なるほど、勉強になります!」

「学ぶな学ぶな。技術を盗むな」

 ターマイトはアヤメの忍者装束をまさぐった。彼にとって初めて触る服のはずだ。構造がわからず、まごついていたが、その手をぴたりと止めた。

「お前、女だったのか?」

「ぎゃーーっ、すけべーーっ!!」

 アヤメは暴れるが、ターマイトのトラップはしっかりと彼女を捕えて離さない。

「服見ればわかるでしょうが!!」

「こんな服、お前以外に着てるやつを見たことがないんだよ」

 ようやくターマイトは服の構造を理解した。そして、中から小刀や手裏剣を次々と発見する。

「なんだこれは。やっぱりお前、俺を殺しに来たな?」

「違うって! あんただって、護身用の銃くらいは持ち歩くだろ?」

「それはそうだが……」

 ターマイトはしばし悩んだあと、振りかぶったナイフでロープを切った。アヤメはニコニコしながら立ち上がった。

「ありがとう、ターマイト。一番弟子として頑張るよ!」

「誰が弟子にすると言った」

「便利だと思うけどな。スケジュール管理だってしてやるぞ。明日の夜はスラムで依頼人に会うんだろ?」

「そんなことまで知ってるのか」

 アヤメはにっこり笑う。

「忍者は情報だって盗めるんだ!」


 イギリス全土に現れる、数多の怪盗たち。のちに大怪盗時代と呼ばれるこの時代において、ひときわ輝く存在がいた。その名は怪盗ターマイト。どれだけ厳重に警備しても、ほんの少しのほころびから侵入してくる様は、まさにターマイトシロアリのようだった。

 産業革命によって現れた新興都市、通称ニューロンドン。その片隅にあるスラム街と繁華街が接するわずかな区画。そこは、繁華街から落ちてくる金を目当てに、ならず者が集まる地域だった。

「小娘」

「アヤメだ」

「アヤメ、ついてくるのは勝手だが、はぐれても責任取らないからな」

「わかってるって」

「それから、これをつけておけ」

 アヤメが渡されたのは、赤い仮面だった。

「これは?」

「顔を隠すんだ。アヤメの顔がバレたせいで、俺が捕まる可能性がある」

 ターマイトは懐から白い仮面を出した。それを被ると、

「ハーッハッハ! さぁ行くぞ、小娘。依頼人はこの先だ!」

 と言って颯爽と歩き始めた。アヤメも慌てて仮面をつけ、小走りになった。

 この地域で顔を晒しているのはみなスラム街の人間で、繁華街の人間は全員顔を隠している。二人の仮面姿も、繁華街側の人間としてごく自然に溶け込んでいた。

 ターマイトが声をかけたのは、素顔の女だった。いや、その厚化粧は仮面といっても過言ではないほどで、わずかも肌が見えなかった。逆に体の方は、胸と下腹部を頼りない布で隠しただけで、ほとんど裸に近い。アヤメは恥ずかしくなって、両手で顔を隠した。

「やあ、そこのレディ」振り返った女に、ターマイトは続けて言った。「『今夜は寒くなる。金をやるから、今すぐ家に帰るんだ』」

 すると女は、唇の端に笑みを浮かべた。

「わかりました。どうぞこちらへ。ご主人様がお待ちです」

 女が先導して歩き、アヤメ達がついていく。

 二人は、廃墟同然のアパートメントに連れていかれた。通された一室だけは妙に綺麗にされていて、部屋の真ん中の椅子に仮面をつけた男が座っていた。

「た、ターマイトか!?」

「いかにも」

「そ、そっちの娘は? あんたはソロ怪盗だって聞いてたが?」

 ターマイトはアヤメをちらりと見たあと、大笑いした。

「ハッハッハ。なあに、ちょっとした協力者さ」

 アヤメはムッとして、ターマイトの服を引っ張った。

「協力者じゃない。弟子だよ」

「それで、依頼内容は?」

 ターマイトはアヤメの抗議を無視した。

「ニューロンドンのオクトーバー通りに、エリオットという男がひとりで住んでいる家がある。そこから、ポセイドンの首飾りと呼ばれるネックレスを盗み出して欲しい」

「ほほーう。聞いたことはあるぞ。15世紀に作られた骨董品だな。大粒の真珠がいくつもあしらわれたネックレスだ」

「さすがだな、その通りだ」

「報酬は?」

「一千万ポンドだ」

「ハッハッハ! ずいぶん高いな。そんなに重要なものなのか?」

「話さないといけないか?」

「話す必要はないさ」

 ターマイトはそう言ったが、依頼人の男は結局話し始めた。

「あれは元々、我が一族に伝わるものだったのだ。それをエリオットが奸計をめぐらせ奪い去った。我々は何としてもあれを取り返し、一矢報いなくてはならない」

「期限は?」

「可及的速やかに頼む」

「オーケー。五日くれ。一日でも遅れたら報酬はなくて構わない」

「わかった」


 それから三日、ターマイトはエリオットの屋敷を調べつくした。木とレンガでできた豪邸で、オクトーバー通りの中では最も大きい。何者かに狙われている自覚でもあるのか、そこかしこにトラップが仕掛けられていた。

 エリオットについても調べた。典型的な資産家で、金を増やすために後ろ暗い組織とも協力しているようだ。

 そして怪盗を嫌い、“怪盗殺し”を絶賛していた。もっともそれは、大半の資産家の特徴だ。

 怪盗殺しとは、数年前から急に現れた連続殺人鬼だ。怪盗ばかりを狙い、何人もの大物怪盗を殺してきた。神出鬼没で、スコットランドヤードも手を焼いている。もっとも彼らにしてみれば、さらに手を焼く怪盗を減らしてくれるとあって、そこまで本気で捜査をしていない様子だったが。

 四日目、ターマイトはいよいよエリオット邸への侵入を決行した。

 アヤメはついてこなかった。そもそもこの三日間、彼女は一度もターマイトの前に現れなかった。ターマイトからアヤメに連絡する手段もないし、する義理もない。もし同行したければそのうち勝手に現れるだろうと考えて、ターマイトは仮面をつけた。

 エリオット邸には実に多くのトラップがあった。ターマイトのアジトよりも多いほどだ。もし一つでも作動させてしまったら、ターマイトはよくて逮捕、悪くて死亡するだろう。

 それでもターマイトにとっては楽な仕事だった。トラップの間にあるわずかな隙間を縫うように、まるでシロアリのごとく突き進む。大英美術館での仕事に比べれば、何倍も簡単だった。

(おかしい。あまりに簡単すぎる)

 怪盗の勘が、違和感を叫ぶ。

(素人の邸宅だからか? いや違う。この見事なまでのトラップの配置は、どう見てもプロ。これはいったい……)

 その謎が解けないまま、ターマイトは金庫の前に着いた。この中にポセイドンの首飾りがある。

 当然、金庫にもトラップが仕掛けられている。正しい順番で錠前を開けなければ爆発するのだ。ターマイトはこの金庫を造った者に金を渡し、開ける順番を聞いていた。その通りに開けていくと、ついに最後のひとつの錠前も開いた。

 いよいよ、金庫の扉を開ける。

 重い扉を開けると、その中には、様々な装飾品が保管されていた。ターマイトはそこから、ポセイドンの首飾りだけを取り出す。代わりに、自分の名刺とメッセージカードを金庫の上に置いた。

 あとは脱出すれば仕事完了だ。そう思い立ち上がったとき、背後に気配を感じて振り返った。

 そこには、ライフル銃を構えたエリオットがいた。

「いつかその首飾りを盗むやつが来ると思って、ずっと待っていたんだ。だがまさか、ターマイトが来るとはな」

「どういうことだ? 俺はハメられたのか?」

「いいや、違うさ。おい、あんたの依頼主に会わせろ。あの怪盗一族の生き残りにな」

「怪盗一族……!?」

「あいつらは何でも盗む。物でも情報でも命でも。俺はあいつらの協力を得てここまで資産を築けたが、あるときふと気が付いた。あいつらがその気になれば、俺の資産はすぐに盗まれる。だが俺もあいつらの正体を知らない。だから、片っ端から怪盗を殺して回っているんだ」

「まさか、お前、怪盗殺しか!」

「さぁ言え! お前の依頼主はどこの誰だ! 言わなければ殺す!」

 エリオットはすでに何人も殺している。ターマイトのことも躊躇なく殺すだろう。だがターマイトには、彼なりの矜持があった。

「ハッハッハ! 俺様が依頼人の情報を漏らすとでも?」

「なら死ね!」

 エリオットが引き金を引いた。鉛の弾丸が、銃口から飛び出してくる。

 そのとき、平たい物体が飛んできて、弾丸を弾き飛ばした!

「なに!?」

 エリオットが驚く隙に、黒い影がサッと現れ、彼の首を小刀で切り裂いた!

「バカな……ターマイトはソロ怪盗のはず……貴様はいったい……」

 黒い影はターマイトをちらりと見ると、皮肉っぽく言った。

「なあに、ちょっとした協力者さ」

「……ただし、俺様の方がな」

 と、ターマイトは付け加えた。

「どういう……意味、だ……」

 その答えを聞くことなく、エリオットは倒れた。

 黒い影がエリオットの体に触れる。ターマイトは聞いた。

「そいつは死んだのか……アヤメ?」

 アヤメは振り返った。

「うん。協力、感謝するよ。やっと、パパとママの仇が討てた。さ、逃げよう」

 アヤメの後に続いて、ターマイトも屋敷を飛び出す。夜道を走り抜けながら、ターマイトは言った。

「初めからこれが目的だったんだな。エリオット邸への侵入路を俺様に調べさせ、彼を殺す……それがの計画だった」

「ありゃ、バレてたんだ」

「それはそうさ。あの娼婦の女も、依頼人も、君の仲間だ。おそらく兄弟だろう?」

「そんなことまでわかってたんだ」

 ターマイトは仮面を外し、懐にしまった。

「あの依頼人は、君を見て『娘』と言った。仮面で顔を隠していたのに」

「そんなの、服見りゃ女だってわかるじゃん」

「君たち日本人はな。だが我々英国人は、忍者の服なんて見たことがない。だからそれが男の服か女の服かなんてわからない。なのに女だとわかったってことは、あの依頼人は君のことを知っていたってことだ」

 アヤメも仮面を外す。その顔は幼く、体つきも子供そのものだ。たとえ仮面がなくても、少年か少女かわからないだろう。

「依頼人がアヤメの身内なら、連絡係の女もそうだろう。あの厚化粧は、アヤメと似ている顔を隠すためのものだ。違うか?」

「違わないよ」アヤメは即答した。「二人はあたしのお兄とお姉だ。三人で、パパとママを殺したあいつを必ず殺そうって決めたんだ。でも警戒が強くて……」

「それで俺様を利用したわけか」

 アヤメはにっこりと笑った。

「でも、あんたに憧れたのは本当だよ」

「だが俺様は弟子は取らない」

「構わないよ。あたしは勝手に技術を盗む。あたしが立派な忍者になれるまで、協力してもらうからね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

忍者アヤメはなんでも盗める 黄黒真直 @kiguro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

同じコレクションの次の小説