わたしを生かしてくれたのは、推しでした。~『アイドルを推すのがオシゴトです!』前日譚~
長月そら葉
運命の足音、その前日譚
「キャーッ」
「陸明ー!」
「天真、かっこいい!!」
普段聞くことのないような黄色い悲鳴と賑やかな雰囲気。映画館って、こんなに騒がしく熱い空気が流れる所だったっけ。
「……凄い」
「急に誘ってごめんね、
そう言って隣の席で手を合わせる親友・
今日は、冬香ちゃんの推しアイドルグループのライブの日。現地ではなく地元の映画館にいるのは、そこで生配信を見られるから。
――一緒に行こうって言ってた人が行けなくなったの。よかったら、一緒に来てくれないかな? お金は出すから!
そんな誘いを受けたのは、ライブの一週間ほど前のこと。わたしは特に用事もなかったから、二つ返事で引き受けた。
お金は出すって冬香ちゃんは言ったけれど、中学生のお小遣いでライブの参加費はかなりキツいとわたしは後で知ることになる。どうやら、お年玉とか推し活用のお金とかを使ってくれたみたい。後々、わたしはお礼に冬香ちゃんの推しのグッズをあげたんだけど。
何より、冬香ちゃんが貸してくれたCDのアーティストの歌とパフォーマンスに興味があったから。
けれどまさか、こんなに熱狂的な場所に放り込まれるとは思わなかったけれど。
『みんな、今日は楽しんでくれてるかな!?』
『配信で見てくれてるみんなも、楽しんでるかー!?』
画面の向こうで、アイドルたちが声を張り上げる。キラキラと眩しいその笑顔に目が
その瞬間、周りの席からは「はーい!」という黄色い声が飛ぶ。わたしの隣の冬香ちゃんも同じで、彼女の推しの色である青に点灯させたペンライトを振っていた。
『改めて、自己紹介するよ! ボクは
中世的な見た目の陸明さん。柔らかい表情と物腰、そしてまさに王子様といった優しい笑顔が、多くのファンを獲得している理由だと冬香が熱弁していた。ちなみに、瞳の色は青色で、メンバーカラーも青。冬香ちゃんの推しはこの人だ。
「陸明様ーッ」
ブンブンとペンライトを振る冬香を横目に見てから気付いたけれど、このスクリーンにいるお客さんたちがほとんど青色のライトをつけている。さっきまでもう一人の色をつけていた人も。これは、本当にびっくりした。
「みんな、色を変えるんだ……」
「そういう人が多いよ。あ、次は赤。よかったら、陽華も変えてみて」
「う、うん」
冬香の勧めに従って、カチッとペンライトの色を変える。すると周囲からも、たくさん同じ音がした。
『じゃあ、次はボクの弟に自己紹介してもらおうかな!』
『おう。陸明の弟、
天真と名乗った青年が腕を突き上げると、一斉にペンライトが揺れる。わたしも釣られて、ペンライトを振った。
天真さんは、中世的な見た目の陸明さんとは反対に、引き締まった細身の体躯のらしい人。髪の色も陸明さんの薄茶色とは違い、真っ黒だ。
――かっこいい。
日本人らしからぬ真っ赤な瞳に射抜かれた気がして、わたしは思わずペンライトを握り締める。どうしてだか、天真さんから目が離せなくなった。きっと、現場のカメラさんの腕が良いんだろう。そう思うことでしか、気を逸らせないくらいに。
『次の曲は、俺たちのデビュー曲! 盛り上がって行こうぜ!』
天真さんが言うと、前奏が響き始める。この曲知ってる、と思ったわたしはわずかに身を乗り出した。
『聞いて下さい。――『生々流転』』
陸明さんが曲名を言うのと交代で、天真さんが歌い始める。アイドルらしいポップなリズムで紡がれる曲と歌詞を全身で浴びながら、わたしは初めてDesturutaを知った頃のことを思い出していた。
❀❀❀
Desturutaを知るより少し前から、わたしはクラスでいじめの標的にされていた。
きっかけなんてわからない。きっと些細なことで、いじめるのに丁度良いのがわたしだったんだろう。
陰口やわざと大声で言われる悪口、意図的な仲間外れ、日直などの仕事の押し付け。どれも些細な事だったのかもしれないけれど、中学に入って間もないわたしには十分過ぎるほどの凶器だった。
挙句、お手洗いで密かに泣いていた時にはドアの隙間からバケツで冷たい水を浴びせられた。笑い声が去って行くのを聞きながら、声も出せないで泣きじゃくったのも覚えている。
そんなある日、一人での帰宅の途中。何を思ったのか、わたしはとあるCDショップに立ち寄った。とりたてて音楽が好きだとか、好きなアーティストがいるとかということはなかったのに。ぼんやりと店内を歩いていた時、ふと聞こえて来たBGMがDesturutaの『生々流転』だった。その歌詞が心の突き刺さって、不覚にもその場でしゃがみ込んでしまった。
「……何処か痛いの? 立てないの? 大丈夫、陽華?」
「……っ。とう、か。ちゃん?」
声を殺して泣くわたしに声をかけてくれたのが、冬香ちゃんだった。
それからわたしたちは一緒にいることが増えて、わたしは少しずついじめられなくなっていった。もしくは、悪口を無視するスキルを手に入れたのかもしれない。
冬香ちゃんの好きなアイドルを教わったのは、初めて出会ってからすぐのこと。是非聞いてみてと渡されたCDを家でイヤホンをして聞いて、驚いた。あの時BGMで聞いたその曲だったから。
「Desturuta……」
CDジャケットには、アイドルスマイルの二人の青年。もっとたくさん聞いていみたい、とわたしはそれから何枚かのCDを冬香ちゃんに借りた。それがまさか、配信とはいえライブを見ることになるとは思わなかったけれど。
❀❀❀
『――時は巡り、もう一度』
『そう願うきみとボクの時間』
『二度とないから、きみの手を取りたい』
歌うDesturutaの二人の声は本物で、それに大興奮のファンも本物。その中で、たぶんわたしだけだと思う。ただ涙が流れて止まらなかったのは。
そうか、わたしはこの歌声に支えられて死なずに今生きているんだ。唐突にわかった。あの時CDショップに寄らなければ、わたしはきっと……。
「冬香ちゃん」
「ん? どうかしたの?」
ライブの後、夕食を一緒にファミレスで食べていた時のこと。マシンガントーク並みにライブの感想を話す冬香ちゃんの声を遮ったわたしに、彼女は首を傾げてみせた。目の前のオムライスを、二人共半分も食べていない。
ライブ終了時、まだ涙が引いていなかったわたしを無言で抱き締めてくれた親友は、今もわたしの言葉を待っていてくれる。
「あのね」
「うん」
「わたし……天真さん……好きかもしれない」
「ほんと!? 嬉しいっ」
きゃーっとわたしの手を自分の手で包んだ冬香ちゃんは、キラッキラした目でわたしのことを見つめて笑った。
「これから、一緒に推し活しよ! 一緒に応援出来る友だちになってくれたら、もっと嬉しい!」
「……わ、わたしも。冬香ちゃんに教えてもらわなかったら、きっとDesturutaを知らないままだった。わたしも、冬香ちゃんと推し活したい」
「ありがとう! これからもよろしくね、陽華」
あの時CDショップに入らなければ、Desturutaの曲に出会うことはなかった。そして、今目の前で笑ってくれている、親友ともこうやってもっと親しくなることはなかったのかもしれない。
わたしを生かしてくれたのは、そのきっかけをくれたのは、間違いなくDesturuta。だからずっと、推し活を続けていくと思っていたんだ。
――まさかその後、わたしの運命が大きく動き出すとも知らないで。
―了―
わたしを生かしてくれたのは、推しでした。~『アイドルを推すのがオシゴトです!』前日譚~ 長月そら葉 @so25r-a
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