魔法少女卒業宣言

マポン

少年少女


「私、卒業する」

「知ってる。つうか今、真っ最中だろ」


左隣の坊主が光る。それは、まるで、


「俺ら、今日で高校を卒業――」

「魔法少女、卒業するの」

「……は?」


星の飛び散る、魔法のステッキのよう。


なんて、ね。


ひゅるりと冷たい空気が過ぎる。

修繕されたばかりの講堂に、左胸に桜の造花を携えた生徒が整列する。総数だけで見れば成人式を思わせる。地元で有名なマンモス校ならではの圧巻の景色。

その門出を毎年見届ける校長が、いつにも増して張り切って話をするのはごく自然のことだろう。

相槌を打つように嗚咽が響く。誰も彼も特別感あるムードにあてられている。


ただ唯一、最後列を除いて。


場末の席に座る坊主頭の男子生徒は、呆れた目を向けている。至って真面目に式辞を聞いているふうの私に。


「ま、まほ……?」

「魔法少女」

「アニメの話?」

「私の話」

「はあ……」


坊主頭が大げさに傾いた。


「ごめん意味わからん」

「だから、魔法少女、卒業するんだよ」

「いやだから魔法少女って何」


冗談かと聞かれ黙って見返せば、ちがうのかと自己完結した。絵に描いたような混乱具合。記念に写真におさめたいが、残念、スマホは教室だ。


「マホウショウジョ……」

「うん」

「ど、どこが?ふつうじゃねえか。ふつうの女子高生だよ。今日までだけど!」


どれだけ荒らげても式は問題なく続く。最後列はとんでもなく影が薄いようだ。

遠くのステージの上に豆粒のような校長がぽつんと佇む。スモールライトを当てたらあんな感じなんだろうか。


「言えるもんなら言ってみろよ、どこが魔法少女なのか」


どうせ無理だろうと言わんばかりの態度のわりに、飄々とした私を横目でチラチラ窺っている。

その丸っこい頭はおそらくパンク寸前。

私の頭の中もせっかくだからいっぱいにしてみようか。フィルムのテープを引っ張り出すように今までの自分を振り返ってみる。


「んー……たとえば」

「た、たとえば?」

「悪者退治とか」

「悪者?って、それ去年の話だろ。学校に乗り込んできた変態ストーカーを、得意の合気道で瞬殺したやつ」


あのとき技名までばっちり告げながら繰り出した技を、左隣の彼が思い出しがてら軽く真似る。遊び半分な掌とは裏腹に表情は険を帯びていて、私はひそかに笑んだ。


「私が歌うとみんな眠っちゃうのも魔法かも」

「それは歌うまいだけ。オペラ調なのがずりい」


ふと拍手が起こった。ステージから校長が捌ける。話の終わりを聞き逃してしまった。少し、後悔。

左から遅れて手を打ち鳴らす音が落ちた。その軽快さのある音は、傘を弾く雨とよく似ていた。


続けて登壇した少女が、お手本さながらに一礼する。私たちの後輩にあたる現生徒会長だ。

顔を上げ、白い用紙を開く。そして言葉を発するよりも早く泣き出した。

湿っぽい空気に笑いが生まれる。がんばれ、と誰かが言う。少女も笑った。

送辞──晴れやかな春風を予感させる美声が、天井まで吹き抜ける。毎週朝会で聞いていた、あの声だ。


「ステッキひとつであの子の恋を叶えたこともあったなあ」

「ステッキつうか傘な?梅雨入りしたくらいか、用意周到に折り畳みも持ってたから貸してやったら、なぜかあいつは男と相合傘して帰ってそのままデキちまった」

「今じゃ学校一ラブラブよね」

「ああいうのをバカップルっつうんだよ。みんなしておもしろがって応援してさ」


いつも朝会で堂々と前を見据えていた少女の視線が、今は最後列からでも一目瞭然なほど泳いでいる。

最前列、マッシュヘアの彼に、純粋な心ごと持っていかれていた。彼のほうも、箱ティッシュを持参し、しかもすでに全部消費済み。本当にお似合いだと思う。


「私だって街に行けば応援されちゃうよ」

「幼稚園児にな。課外学習で幼稚園に行ったとき、ガチでヒーローショーやったら懐かれたよな。それ以来見かけるたび声かけられて、30分は離してくんねえ」

「私たちの30分は、こどもたちにとっては1分にも満たないんだろうね」

「無邪気にはしゃいでっからな。なんて言ってっか聞き取れねえことも多いし」


とんがった口の先は、ほどなくしてほどけた。彼もたいがい無邪気な人だ。


「私はわかるよ。異世界の言葉だってわかる」

「はいはい、英語とフランス語な。異世界っちゃ異界だけどさ。スピーチコンテストで優勝して、テレビにも出たんだっけ。かっこよすぎだろ」

「……かっこいい?」

「ああ、すごく」


即答だった。

胸ポケットに差す薄紅の花弁が振れる。まがいものであろうとたしかにやさしい香りがした。


「知ってる」

「え?」

「かっこいいでしょ私」


あぁ、しまったな。はじめて声が震えた。


「でもね。それは全部、夢なんだよ」


私も応えなければいけない。

答えを、言わなければ。


「ずっとかっこいい私に変身してた。ずっと、ずっと、夢を見せてただけなの」


社会の縮図のような数の目を気にしないようにしていても圧に感じて仕方がなかった。

上手に、上手に、過ごした。

かっこいいって思われたかった。

隅々までアイロンをかけた制服が、ちっぽけな裸を守ってくれた。


「最初は自分がそれを望んで、かっこよくがんばってたのにね。……だんだん欲が出てきちゃった」

「欲?」

「魔法少女を好きになってくれたように、本当の私のことも好きになってほしいって」


力任せにプリーツスカートを握りしめた。ちょっと痛かった。


「好き、に……?だ、誰に?」

「あなたに」


123と数えて瞳を持ち上げる。

受験の願掛けに刈り上げたのだと自慢げに披露した坊主頭。照明の光を反射させて、私の視界まできらきらさせる。


それは、まるで――。


「え……それってつまり……告白……?て、ていうか、なんか、俺がす、好きって思ってんのは確信してるみてえな言い方じゃ……」

「バレバレだよ」

「え!?」


やばいと焦った彼は自分の口を手で覆い隠した。そのまま一時停止。心肺まで停止してしまいそうで、赤らむ手の甲をちょんとつついた。びくりと血管が跳ねた。


「事細かに言い返せてたのは、私のこと目で追ってくれていた証拠でしょ?」

「え、あ……!?」

「バレバレ」

「い、いや、お、俺は、別にその、あの」

「ふふ」

「……っ」

「そんなあなただから、私は……」


起立、とマイク越しに指示が飛ぶ。順に卒業生が立ち上がる。

ピアノが旋律を紡ぐ。3年経ってもなお歌い慣れない校歌。それは入学したときから決まりきっていたエンディングテーマ。

私は背伸びをして指揮者を探しながら、スカートに寄った皺を無意識に広げていた。

左隣と手がぶつかる。触れる小指に、繋がりを求めた。


「……あのね、私」

「う、うん」

「魔法が解けてもさよならしたくない」


もうすぐ式が幕を引く。

この手で桜を散らす。

制服を脱ぐ。

少女じゃなくなる。


それでも。


「するかよバァカ」

「バカって」

「隣で教えてもらわねえと。魔法少女の素顔ってやつ」


小指をきゅっと握られた。指の腹を擦り寄せ、熱を分け合う。

凛と張らせた背中のほうから力が抜けていった。

歌い終えると涙がこみ上げた。


そうか、これから私は、私になるんだ。



end

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法少女卒業宣言 マポン @amai_ponz

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ